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「帰すって……今から車で戻っても数時間かかるっすよ? せめて明日にとか」
「問題ない」
言いつつ、ドリーはおもむろにワンピースのスカートの中に手を突っ込み……ゴソゴソ……「あった」 ヌチャリと音を立てながら【腕輪みたいなリング】を取り出した。
「これを使えばすぐに」
「いや待って欲しいっす! 今目の前で口じゃ説明出来ない光景見せられたんすが!?」
「一々騒ぐなよ、この程度今更大したアレじゃねぇぞ」
「石榴さんが慣れすぎっす!」
「これを回す」
ドリーはリングに指を通し、クルクル回し始めた。
すると、次第に『大きく』なっていくリング……というか、気付けば【フラフープ】くらいの輪っかに。
それをペタリ、壁に貼り付けて。
「【どこでもフープ】。寵がグラヴィを騙して作らせたアイテム。くぐればその者が行ったことのある場所にすぐに行ける」
「ギリギリの名前だな、いうほど『どこでも』じゃねぇし」
「そ、それは凄いアイテムっすね……超特級レベルっす」
アタシの行きたい場所は決まっていたし、ドリーも分かっているからここに来たのだろう。
「い、行くつもりすか石榴さん? 大丈夫すか?」
素直に心配してくれる樹は、本当にいい奴だ。
一切事情を話さないアタシに事情を訊く事もなく応援してくれる。
樹の『目的』の協力の為に、ここに残ってもいいかもしれない。
「だから今更なんだよ。今日はもう何度も腹括り過ぎて腹筋バキバキだ」
「いや、よく分からないすけど……気を付けて下さいね?」
「行ってらっしゃい」
「ああ」と二人に返し、フープに体を潜らせた。
「……………………本当に来れたよ」
家だ。
実家のリビング。
さっきまで外は夜だったのに、ここから見える外は明るい。
まだ午前中のようだ。
「……さて」
急ぐ理由も無いが、ゆっくりしてる理由も無い。
というか、ここでのんびりしてたらその輪っかから戻ったその先じゃ数日経過してんのか? 浦島太郎みたいに?
その辺の事情、聞いときゃ良かったな……まぁ、考えるだけ無駄か。
高鳴る鼓動を抑えつつ、寝室の扉を開く。
……お袋は、朝と同じように眠っていた。
懐から、例の小瓶を取り出す。
今まで何度も期待し、何度も裏切られた。
だが今回だけは、謎の信頼感がある。
というか、これでもダメなら心が折れる。
「頼む……」
祈りつつ、小瓶の蓋を開け、中の液体をお袋の口へと流し込んだ。
…………、…………、…………、…………スゥ
「ッッ!?」
まさか、本当に?
浅い呼吸音。
反面、更に煩くなるアタシの心臓の音。
そして——光るでもなく、浮くでもなく、変形するでもなく、ドラマもなく。
お袋は、まるで当たり前の朝の光景のように、目を開いた。




