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「この花付けてる限り、また意思とは無関係に変身しちまうのか?」
「開花。慣れれば制御出来る」
「勘弁してくれ……外であんなカッコになったら死ねるわ。外すぞ(スカッ)あ? 無い? お前、外してくれたのか?」
「もう吸収されてザクロの一部になった。太もも見て」
「あ? ってなんだこれ! 花のタトゥーみてぇの浮かんでんじゃねぇか!」
「しゃれおつ」
「外せ! 温泉入れねーだろ!」
やいのやいのと取っ組み合いするアタシ達。
——と。
グニャリと、不意に目の前の景色が陽炎のように揺れたように見えて……
この『前触れ』は、確か——
「あ? 掴み合って何をしとるんじゃ貴様らは」
音も無く漆黒の球体が現れ、中から【一人の少女】が上半身を覗かせた。
瞬間、眠気が吹き飛ぶ。
まるでアンティークドールに命を吹き込んだような豪奢なドレス姿の小柄『銀髪』美少女。
切れ目、尖らせた唇、不満気なオーラ……
気の強い我儘お嬢様、という第一印象だったが……
アタシはこいつを『見た事がある』。
小柄さとは真逆な溢れ出る強烈な存在感。
目を直視出来ない威圧感と高貴感。
声質や香る匂いで思い出す既視感。
何より、今の【暗黒球体】を自ら操ってるような姿から辿り着いた答えは——。
「グラヴィには関係無い」
「相変わらず不敬な根っ子じゃな」
言いながら、少女……いや……魔王グラヴィが、球体から出て来た。
……これが、寵と瓏の母親。
あのドラゴンの真の姿(でいいのか?)がこういう少女体型なのは一周回ってそれっぽい。
「どうせ瓏を迎えに来たんでしょ」
「それ以外ここまで来る理由が無かろう。よっ……少し重くなったな」
アタシの布団の上で猫のように丸まって寝ていた瓏を、ヒョイと抱えるグラヴィ。
その瞬間だけは、穏やかな母の顔だった。
「待ってグラヴィ。そのまま帰るつもり? 瓏と遊んであげた相手に何か言う事は無いの」
「あ?」
「お、おいドリー」
わざわざ引き留めんでも……ただでさえさっきまでアタシの元に竜の宝であり逆鱗があったから、気が気じゃなかったってのに。
「フン。何故我が【駒】なんぞに下手に出ねばならんのだ」
「次その呼び方したら花が咲くまで埋める。母親なのにさっきまでの瓏を見て解らないの? 人見知りな瓏がもうザクロに懐いてる。ザクロを無碍にしたら『瓏が怒る』よ」
「……チッ。痛い所を」
チラリ、グラヴィが面倒くさげにアタシを見て。
「此度の働き、ご苦労であった。望みを言うてみよ。全て叶えてやる」
……『話し掛けられた』?
しかも、子守りをした程度で褒美、だと?
待て。
グラヴィという王は極端なレベルに気難しく、パークの従業員や認めた者ぐらいとしか会話をしないんじゃなかったか?
龍湖も話した事がないと言ってたのに……これも龍湖からの情報だから、実際には気さくな魔王だった?
少なくともその前情報に違和感を持たない程度には、邂逅時、厚い壁がある相手に見えた。
いや……それほどに、プライドや矜持を簡単に曲げられるほどに『瓏から嫌われたくない』のか……?
「おい。王たる我が問うておるのだ。早く願いを申せ」
「え? あー……」
「グラヴィ。ザクロを脅すな」
「そうそう——そも、その子の願いは僕らが請け負ってるからママンに出番は無いよ」
ッ!? 寵の奴、いつの間にこの部屋にっ!
「おはよザクロちゃん」
爽やかに微笑む寵。
……情けない事に、コイツの突然の出現に驚いてるのはアタシだけか。
「つぅかママンよぉ、あんな『弱い魔王』ンとこに送られても瓏ちゃんの修行になんねぇだろぉ? もっと骨のある世界に送れやっ」
「やかましいっ。瓏に傷が付いたらどうするっ」
「過保護過ぎんだろっ。その愛をもっと僕にも向けてっ」
「くどい! 貴様なんぞ息子でないわ!」
「ンだとこのクソババア! 今度瓏ちゃんをメッチャキツイとこに連れてくからな!」
「やってみろ! その前に阻止し貴様を血祭りにあげてやる!」
服の掴み合いを始め喧嘩しだす母子。
さっきまでの気怠げなグラヴィと比べると、こちらが素に見え、寵が気が置けない息子なのだと見て分かる。
母子というより寵が長女な三姉妹にしか見えないが。
「ほらもう用が済んだならさっさと瓏ちゃん連れて帰れよ! しっしっ」
「貴様! 我に向かって犬でも払うように! 言われんでも帰るわ!」
「んー(ゴシゴシ)にーもきょう、うちにくるのー?」
「むっ……起きたのか瓏。で、貴様、勿論瓏の頼みを断らんよな?」
「この前行ったばっかだろっ、今度なっ」
「たわけっ。瓏を無碍にするつもりかっ。夜に来いっ」
「甘やかすなモンペっ」
どういう事情か、寵は家族で同居してるわけでは無いらしい。
グラヴィの『息子じゃない』発言の下りと何か関係してるのだろうか。
遣り取りを見る限り、口では啀み合いつつも仲の良い親子なのに。
可愛さ特化の瓏、圧倒的存在感とカリスマ性のグラヴィ、そして……陰を匂わせる妖艶さの塊である寵。
こうしてこの目で見比べ中身を知った後もなお、一番敵に回したく無いと思う相手は、寵だった。




