78
5
『【それ】をくちにすると、もうあともどりはできないよ』
……声が聞こえる。
くぐもった声だ。
まるで襖の中から聞いてるような、間に壁があるような。
声の主は【瓏】のようだが……しかし、何か違和感のある『冷たい声』。
『構いません。【この子】が助かるのならば』
これは知らない声だ。
が……昔、どこかで聞いたような懐かしさを覚える声。
と、いうか、本当にどこなんだここは?
意識はあるのに、身動きが自由に取れない。
生暖かい場所で、まるで……。
『そ。でも、わすれてないよね。ひゃくぱーたすかるけれど、そのあとのこと』
『はい、覚悟はしてあります。しかし、きっと……この子はどんな試練も乗り越えられるでしょう』
『どこからそんなじしんがわくのやら。たすからなかったほうが、ぜんぜんましな、ひどいじごくをみるかもしれないのに。ま、ぼくにはひとつの【こま】にすぎないからどうでも(コツン)いた! なにするの!』
『馬鹿王子。生意気言わないの。じゃ——これ食べて。その子はきちんと見守るから』
……今の幼女の声。
もしかして……。
『ありがとうございます……(モグッ)』
直後。
頭上が、日の出のようにパァーっと明るくなって————
「……んっ」
今の……夢、だったのか。
……夢? 寝てたのか? アタシは。
白い天井、消毒液の香り、背中にベッドの感触……
窓の外から差し込む夕陽……
確か、異世界の魔王城に居た筈じゃ……?
「むにゃむにゃ……まー……」
その寝言で、ベッドの上に何か載ってるのに気付く。
それほどに軽い生き物。
「起きた」
「ぅおっ。……んだよ、居たのかよ……ビビらせんな」
ベッドの側で椅子に座るドリーが、相変わらずの無表情でアタシを見ていた。
「何でここに……」
「どこまで覚えてる?」
……落ち着いて思い返せば、少しずつ思い出してくる。




