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ギャーギャー! キーキー! ゲロロロッ! グゲグゲッ! クキキキ!
そこに一歩踏み入れると、まるで半年前に仕事で行ったアマゾンの様な物々しさ。
命の危険を感じる恐怖の度合いで言えば、比べ物にならないが。
【怪物園】
テーマパークが誇る人気コンテンツの一つで、文字通り、展示された怪物達を眺められるという場所。
【大蛇】、【機械仕掛けのメイド】、【ユニコーン】……
一般客らは様々な怪物達を見られて楽しそうだ。
アタシも、何も知らなければそんな気持ちになれただろう、怪物園に限らず。
寵の奴は、また姿を消した。
『先に行ってる』との事。
「ここに居るのは強い魔物達ばかり」
「……だろうな。少なくとも、このテーマパークでアタシより弱い奴は居ないだろ」
今までに無いレベルの強者がこの場に集まってるのが肌で分かり、空気が激しく暴風のように渦巻いてる感覚。
かと言って、圧迫感や剣呑さは感じないという矛盾。
それほどに【上の者】がこいつらを統括しているのだ。
「強い魔物でないとパーク内で働けない」
城下町の外にうろついてたスライムや角兎らは『弱い魔物』らしい(アタシよりは強い)が従業員になれるチャンスは平等に与えられてるという。
強さと知能の水準に達した者が、晴れて従業員になれるのだと。
「のんびり暮らしてた方が楽だと思うがな」
「強い魔物はグラヴィの役に立つ事が至福とパークで働き。弱い魔物は一日でも早く従業員となってグラヴィの役に立ちたがっている」
「社畜ってんな……お前もそうなのか?」
「ドリーが従うのはプラン様だけ。グラヴィを守る義理は無い。パークは護るけど」
「だとは思ってたが」
テーマパーク且つ魔物の王をさっきから呼び捨てにしてっし。
「良いのか? そんな露骨な態度で、針の筵にならんのか」
「ドリーはプラン様の一部でこの世界の草木の一部。木のさざめきなんてグラヴィは気にしないし周りの魔物も気にしない」
詩的だな。
まぁ、敵意さえ無ければ何も思われないって事だろう。
「――あら。ドリーがその姿で歩いてるなんて、珍しい光景ね」
と。
作業服(怪物園の従業員が着ている)の女が近付いて来た。
炎の様に赤い髪色と瞳を持つ気の強そうな若い女。
……なんだ? この女が来た途端、急に気温が上がったような……じわりと汗が滲み出す。
暑いというより熱い。
目の前に窯でもあるような感覚。
「何か用?」
「別に。珍しいって思ったから声掛けただけよ。その子は?」
「ドリーのムスメ」
「ワケの分からん紹介やめろ」
「ふーん……なるほど」
が、相手には分かったようで、品定めするようにルビーのような瞳でアタシのつま先から頭の天辺までを見て、
「立派に肉付きよく育ったじゃない」
「えへへ」
無表情でのえへへはやめろ。
何の話をしてるんだこいつらは。
もしかして『意味のある会話』なのか?
「ああ、ごめんなさいね。仕事あるから、それじゃ」
アタシと会話する事無く、従業員の女は去って行った。
何だったんだ……。
「今のは鳳凰」
「……鳳凰?」
「朱雀だったり不死鳥だったりフェニックスだったり色んな呼び方がある」
「ああ……それで暑かったのか」
いや、そんな感想はどうでもよくって。
「火属性だから木属性のドリーとは相性が悪い」
「ゲームじゃねぇんだから……、……ここはそれほどの奴が普通に従業員してたりすんのか」
「時間交代制。午前中は『本来の姿』で展示スペースにいた」
「忙しいな……」
しかし、鳳凰って言ったら思い出すのは『あの時』の光景。
「鳳凰は元々魔王軍じゃない。こっちの世界で何千年も生きててある日『悪い組織』に捕まったところを『馬鹿王子に助けられた』」
「当たり前のように寵が絡んでんのか……てか、それだけ生きてて普通に捕まるのかよ」
「長く生きてるとたまに暇潰しで捕まったりする。それから組織を『焼滅』させた後ここに来た。従業員だけどグラヴィに忠誠は誓ってない」
「朝のゴミ捨て感覚で組織を壊滅させやがって」
が、これで一つ確信。
前に調査した『神話生物レベルの蒐集対象に潰された組織』の件、アレは眉唾物ではなく、本当に鳳凰(と寵)の仕業だった。
今更大して驚かない因果関係。
が……さぞやこのテーマパークでも上位の強さなのだろう、なんて、思っていたのに、
「鳳凰も『パークの外の下積み時代』を経ている。すぐに従業員になれたわけじゃない」
「……マジか。何千年も生きてんのに?」
「外の世界のレベルが低いわけじゃない。
狐。兎。鬼。猫。蜘蛛。
魔王軍四天王以上の【妖】も外の世界にいる。奴らは空気のように身を隠すのが上手い。鳳凰は自分を宇宙一と思ってたようだけど結局は穴の貉」
鳳凰レベルで出逢えないなら人間の作った組織なんざには痕跡すら見つけられないだろう。
結局、最後は強さがモノを言う野生のような単純な世界。
……ふと、アタシは訊いてみた。
「寵は、やっぱり強いのか」
ん? すぐに返答があるかと思いきや、ドリーは少し考えるように間を置いて、
「今はよく分からない」
「今は?」
「グラヴィの寵愛を受けた子供だから潜在能力は高い。『三歳の時』には既に従業員を萎縮させるほどの『威圧感』を持っていた。今の実力も贔屓目無しに従業員の水準に達している」
「並、って所か?」
ドリーは珍しく眉を顰めて感情を匂わせ、
「飽くまでドリー達が『知る範囲』。馬鹿王子の実力は『未知数』。相手の力を計れる魔眼を持った蛇王の前でさえ上手く誤魔化せている」
「……何の為にだよ」
「分からない。何故か実力を隠してる。でも一度だけ。ドリー達もグラヴィもプラン様も『驚く事』を平然とやってのけた」
「……何をしたのかはさっぱりだが、強いのは良い事じゃねぇのか。跡取りなんだし問題ねぇだろ」
「問題は。馬鹿王子が昔から【一人の悪い奴】とつるんでる事。唆されてる事。パークを利用して何か大きな事を『成し遂げようと』してる。パークもドリー達もグラヴィですら『手駒の一つ』かもしれない」
魔王だの魔族だのの極悪集団が口を揃えて【悪】と呼ぶような奴が他にもいる、と。
口振りからするに、アタシが想像も出来ないような奴なのは察せる。
「……誰も寵を止めねぇのかよ」
ドリーは答えない。
が、ピタリと足を止め、顔を上げた。
「着いた」