71
「せんせー、おしっこー」「あたいもー」
「はぁ!? お前らさっき行っただろ!」
「えーん、おもちゃとられたー!」「ぼくのだよー!」
「てめぇら仲良くしろ!」
「おらぁ! (ぴらっ)」「いろけのねーぱんつだなー!」
「ぶち殺すぞクソガキ!」
――風呂から出た後。
何故か今、アタシは【幼稚園】にいる。
寵の野郎、『二時間ちょいここの仕事手伝って。ヤンキーは子供好きでしょ?』なんて言って、エプロンを渡してどっか行きやがった。
幼稚園……とは言ったが、ここは『テーマパーク内』にあるソレなので当然普通では無い。
ガキどもの見た目も『人型』や『獣型』、『スライム』などなど多種多様で。
主にパークで働く従業員家族の為の場所だと説明され、まぁ納得。
「ぼくにも【そらとぶじゅうたん】のせてよー!」
「きみは【はね】あるからとべるでしょー!」
……。
「みてみてー! 【えんちょーせんせー】がもってきたこのしゃぼんだま『なかにはいれる』よー!」
「ほんとだ! こっちでとんだほうがたのしそー!」
……。
「このぺんでいきものをかくと『じっさいにでてくる』んだってー!」
「ばとるさせよーぜー!」
……、凄い光景だな。
ヤベーレベルの蒐集品が、園児の遊び道具感覚で使われてる。
使用した際の副作用など屁でもないガキどもばかりなのだろう。
ここは『そういう』場所なんだ。
「ざくろー!」ドンッ!「ヴッ!!」
さっきからガキどもがしきりにボディに突撃してくる。
普通のガキ相手なら物の数では無いが、相手は魔物のガキ。
本人達はじゃれあってるつもりでも、その突撃の衝撃は10トントラック並。
気を引き締めないと、綿毛のように飛ばされてしまう。
情けねぇ事に、ドリーから貰った花を付けた今の強化状態でもこの有様だ。
冗談じゃなく、このガキどもだけで『他の組織全部』遊び感覚で潰せちまうぞ……。
「んー(すりすり)なんだかざくろ、『えんちょーせんせーとおなじいいにおい』するー」
「意味がわかんねぇんだが……」
「こらみんな。ザクロ先生をあまり困らせない」
「あっ、どりー!」「ようじょばーじょんだ!」「どりんくばーだー!」
同じくエプロンを付けたドリー。
ガキどもと同じような体格だが、その醸し出す風格と余裕ある態度で、一目でガキどもに慕われていると分かる。
視界の外で逃げ出そうとするガキは伸ばした触手で絡めとり、
高い所から落ちたガキは地面から生やした花々で受け止め、
喉が渇いたガキには口から出した(!?)謎の液体を飲ませ……
所々おかしな部分は多いが、立派に先生している。
アタシは強面だから、こんな風にガキ相手に優しくなんて……って、なんで馬鹿真面目に保母してんだよ。
あと一時間ほど相手してやれば約束の二時間は終わりだ。
……果たして身体がもつだろうか。
「ごめんなさいね、ヤンチャな子達ばかりで」
ふわり……絹のように柔らかい声が、アタシを優しく包み込む。
声色一つで相手の心に入り込むこの女性……寵と似たような存在感だがその性質は真逆で、静かに染み込む。
翠色の長髪の、スラリと落ち着いた美人。
この幼稚園の園長なのだと寵には紹介された。
女子大生程の若々しい見た目で園長……まぁ、ここの連中はドリー含め見た目年齢は分からないが。
「でも、まだ一時間ほどしか一緒に居ないのに、随分と溶け込んでいますね。すぐに皆と仲良しに」
「いや、どこが……すか。舐められてるんすよ」
「ふふ、子供は正直ですよ。特にこの子達は人見知りばかり。合わないと思った相手には近付きもしません」
おだてるのが上手い人だ。
柄にもない事を言われ、柄にも無く、少し気分が良くなる。
「……ガキは苦手なんすがね、うるさくって」
「ふふ、子供好きがいい教師になれるとも限りませんしね。かと言って、私にはザクロさんが嫌々相手をしているようにも見えません。強いて言うなら、ヤンチャな弟妹を可愛がる姉、という感じでしょうか」
「……よくわかんねぇっす」
弟も妹もいねぇから、そんな気持ち、分からない。
「せんせーっ」
と。
ひょこひょこ、こちらに走ってくる一人のガキ。
視線は隣の園長に向いてるから、アタシは反応しないでいいだろうと眺めていたが、
「あっ」
園長に抱きつこうとした直前、何かに躓いたのか足を縺れさせたのか、ガキは勢い良く転んでしまう。
「……ウー」
すぐに溜まった涙は、今にも決壊しそうで――
「泣くな」
「ふぇっ?」
アタシは自然と、そんな声を掛けていた。
チッ、関わるつもりなんて無かったってのに。
「はぁ……お前、今なんで泣こうとした?」
「えっ? こ、ころんだから」
「痛いか?」
「い、いたくない……」
「そうだ。お前らは転んだ程度じゃ擦り傷一つつかねぇツエー身体がある。なのに、中身はどうだ? 泣こうとしたお前のそんな情けねぇ姿、大好きな園長に見られたいか?」
「ぐすっ……(ブンブン)」
「分かってるじゃねぇか。なら、ここで我慢してカッコイイ姿見せたら、偉いって褒めて貰えるぞ」
「ぅぅっ。ながないっ(ズビッ)」
「よし。……じゃ、後は頼んます」
「はいはい」
園長はガキを抱え上げて抱き締め「偉い偉い」と頭を撫でて。
「まぁ、泣けるのは子供の特権ですし、情けない姿でも無いんですがね。大人になると、人前で泣けなくなるので」
そういうのは魔物の世界でも同じなんだな。
「だから君も、泣きたい時は泣いて良いんですよー。その上で、泣いてる子を慰められるカッコイイ子になって下さいねー」
「ヴんっ! ……んっ!」
と――不意にガキは、アタシの頭を撫で始めた。
「……なんでだよ」
「だって――『ないてるようにみえた』から」
なんだそりゃ。
「あらあら。子供は鋭いですからねぇ……これは将来キザな子に育ちますねぇ」
クスクス微笑む園長。
いや、別に泣いては無かったんだが……しかし事実、ドキリと、核心を突かれたような気分にはなった。
「あーずるーい!」「えんちょー、あたちもだっこー!」「【ぷらん】せんせー!」
まるで餌に群がる鯉のように園長を囲むガキども。
「はいはい。ではザクロさん、そろそろこの子達のお昼寝タイムですので、お手伝い、お願いいただけますか?」
「あ、ああ。すぐ行く」
……プラン、だと? 確かその名前って……
「ママ――プラン様は世界樹の女神様」
「うぉっ。急に隣に来るなよ」
ドリーは感情の読めない顔色で、園児に囲まれた園長を眺めている。
プラン……確か、カタログで見た名前で――【プラン・ドリアード・ユグドラシル】、だったか。
このテーマパーク【プランテーション】創設者の一人で、実質パークの園長兼環境システム総監督。
世界樹の女神って事は、つまりはあそこのデカイ樹の管理者で、ドリーの生みの親って意味か。
「【精霊王】。【緑の母】。【大地神】。様々な呼び名があったけれどプラン様は世界樹の『意思』。全ての生命の根源たる世界樹の女神は名の通り世界の【神】『だった』」
世界ってのは、元々居た剣と魔法のファンタジー世界の事だろう……が。
「だった、て事は、代替わりしたのか? 別の奴に」
ドリーは首を振り、
「『負けて神を降りた』」
「……負けた? 戦いに?」
頷く。
「よく分からねぇが、女神だの王だのって言うんだから強いんだろ? プランは」
「プラン様は女神。全ては世界樹から生まれる。ゆえに世界で一番の存在だった。プラン様を下したのは――【グラヴィ・ドラゴ・クイーン】。竜魔王」
何となく、その名前が出ると思った。
このテーマパークの顔であり、寵の母親。
寵と同じぐらい底の見えねぇプランを倒した女、か……竜ってのもあって、ゴツイ見た目を想像してしまう。
「つか、何でその魔王は勝てたんだよ。プランは神、だったんだろ?」
「『当時は』分からなかった。グラヴィを『世界の歪みが生んだ異分子』か『外の世界から来たナニカ』だとプラン様は考えた」
所謂『バグ』的な存在だったり、侵略者だと。
しかし、今は分かってるんだな、負けた理由。
「プラン様はグラヴィに興味を持ち。グラヴィもプラン様を魔王軍に引き入れ。そしてそのグラヴィも――紆余曲折あってこの世界へやって来た」
「なるほどな……しかし、なんでその話を今、アタシにした?」
「多分寵は次にザクロを『グラヴィのとこ』に連れて行く」
「ゲッ」
「二人ともー、早くー」
プランに急かされ、仕事に戻るアタシ達。
早く終われと思ってたここの時間だが、先の事を考えるとまだこっちのがマシな気がした。




