66
「はーい、皆さんバスの旅お疲れ様でしたー」
長い橋を渡りきり、その先にある小さな島に到着。
「ではこれからテーマパークの入り口こと【五色縄鳥居】というゲートを通って貰いまーす。また少しバスでの移動がありますが、パークは目の前でーす。では、よいしょ……パークの中で待ってますよー」
「ああっ! 寵さん! 龍湖も後ろに!」
「それではー」
寵がバスガイド姿のままバイクに跨り、(龍湖を無視して)発車。あそこに見える『巨大な鳥居』を潜っていった。
「グスン……『にけつ』というやつをしたかったのに……」
「まぁ、龍湖さん一人を特別扱いしないようにしてるんすよ。さ、バスに戻るっす」
一瞬、樹はアタシを見た。
頷くアタシ。
――ここから先は、本格的に『相手の土俵』だ。
本来なら『敵地』と呼ぶべきだが、あちらさんには敵とすら認識して貰えないだろう。
アタシら如きがどこまで自分を保てるか、不安しか無いが……それでも、肚の力は緩められない。
この島……実の所、アタシらは組織で以前来た事がある。
島の反対側にはキャンプ場があり、そこで強化合宿を一週間ほどしたんだが……一切、誰もテーマパークに気付けなかった。
あんなに【デカイ鳥居】が立ってるってのに。
鉄や木製でなく縄で編まれた鳥居……見るからに異様な建造物。
鳥居というものは本来、『別世界とを隔てる境界』だ。
アレを潜れば、その先は……
「ふぅ」
恐れを出すように息を吐き、気合いを入れ直して、バスへと戻った。
再び、この場へと無事に戻って来られるよう、祈る。
――そして、二時間後。
「…………はあぁぁぁ」
ベンチに座り込むアタシ。
「んー? どしたんすか石榴さん、溜息なんて吐いてっ」
「樹……お前は……」
アレだけ、色んなアトラクション周りまくってよく疲れないな。
【異世界テーマパーク】――そのコンセプトに偽りは無かった。
魔法で制御された過激なアトラクション、あまりに普通に店頭に並ぶ特級レベルの魔法アイテム、様々な効果をもたらす奇天烈なフードの数々……
甘く見ていたわけではないが、想像をゆうに越えてくる驚きの連続。
どこぞの国や組織に見つかったら問題になる云々のレベルでは無い、まさに異世界だった。
「疲れたんならこれどうぞっ。何でも、【姫の樹】に咲く【姫の華】から【プリンセスビー】が作った蜂蜜を、ふんだんに練りこんだ【プリンセスソフトクリーム】、らしいっすよ!」
「……大丈夫なのか? よく分からんもん口に入れて……」
どんな効果があるのかも分からんし、『その世界のものを食べたら戻れなくなる』という黄泉竈食ひ(よもつへぐい)なんかに巻き込まれちゃタマったもんじゃない。
だが……既に樹は様々なものを躊躇いもせずにバクバク口にしてる。
アタシだけ逃げるわけにはいかない、か。
警戒しつつ、ペロリとソフトクリームを舐めて――「ッ!?」
直後全身に広がる衝撃、爽やかでフレッシュな甘み、すっと溶ける口触り。
こんなウマいソフトクリームは『表の世界』じゃ生涯出会えない。
沈んでいた気分が少し、晴れた。
「おっ、すぐに効果出たっすね。『髪がキラキラ』し始めて『肌もプリプリ』になってるっすっ。『食べた人をお姫様にする』って看板は伊達じゃないっすねぇ」
「鏡で見せんでいい、気持ち悪ぃ。……お前、満喫し過ぎなんだよ。仕事、忘れてねぇだろうな」
「勿論っすよ! これは色々と体験して情報収集してるだけっす!」
「自分の姿こそ鏡で見ろよ」
よく分からない獣耳アクセ、よく分からない民族衣装、よく分からないブレスレットやネックレス、よく分からないお面……などなど、最早原型を留めていない。
「こ、これも調査っす! こうして身を削って仕事してるんすよ!」
「仕事? どういう意味デス?」
これまた樹と同じ様に全身異世界塗れなアニー。
しかしこいつの場合スタイルが良いしその見てくれから本当のエルフか何かに見えてくる。
……なんやかんやでアタシらの一味っぽく馴染んだが、こいつはこいつで考える事が多いんだよな。
さらっと無意識に蒐集品を二つ操るアニー。
手元に無いだけで、他にもっと持ってても不思議じゃない。
今でこそ目立ってはいないが、うっかりどこかの組織に見つかりでもしたら……その先は考えたくない。
いっそ、事情を話してウチの組織に誘うか? 自分の身を守る術を覚えるだけでも違う。
そも、寵の奴が龍湖のように目を掛けてくれてるとは思うが……一応、後で訊いてみるか。
……お節介が過ぎると、自分でも思う。
自分の事すらまともに出来てない分際で。
「し、仕事というのは……そうっ、喫茶店の仕事っすっ。店を盛り上げる為にここの人気店を調査してるんっすよっ」
「ohー、日本人は勤勉デース」
適当な誤魔化し方しやがって。
「うー……寵さんがどこにもいませーん」
ふらふらと、龍湖はさっきからゾンビのような足取りで男を探している。
「龍湖さん、少しは寵さん離れしないとダメっすよ」
「寵離れ?? おかしな事を言いますね?? 元々龍湖は寵さんと一つだったのですよ??」
「言ってる事が怖いし目がマジっす!」
騒がしい……テーマパークだから浮かれる気持ちも解らんでもないが。
さて……次はどうする? 行きたい場所の目星は付けているが、何をするにも、ここでは【特殊な通貨】を稼ぐ必要がある。
それさえあれば、下手に不法侵入せずとも目的の場所に堂々と居座れるだろう。(下手な侵入はすぐにバレるだろうし)
効率的に、アタシの能力を活かせて、通貨を稼げる場所……
考えながら、カタログをパラパラ眺めていた、『その時』だ。
フッ――と、アタシの目の前に誰かが立って、カタログのページが影で暗くなった。
加えて……パサリ、一枚の手の平サイズほどのデカイ花が、カタログの上に落ちる。
エメラルドの宝石で出来たのような、見た事が無い、翠に透き通る花。
……嫌な予感しかしない。
姿を、確認していいのか?
まるで巨大な岩があるかのように、目の前の奴の圧が凄い。
しかし、威圧感のような敵意は覚えず。
例えるなら『存在感』。
それと、同時に。
何故か『安心する』ような矛盾する感覚。
意を決し、顔を上げる。
カサカサ……
――樹。
樹があった。
いつきじゃなく、一本の木。
なんだ? このベンチのそばに、木なんてあったか?
どうして……アタシはこの木を見て『懐かしい』だなんてデジャヴを覚えてるんだ?




