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「どっこいしょっと。ほらほら、アニーもこっちに座った座った」
我が物顔で席の真ん中に腰を下ろす寵。
後ろの席だから横並びに五人くらいは座れるが隙あらば人の中心に居たがるな、こいつは。
席順は、左の窓側からアニー、龍湖、寵、樹、アタシの順に。
「うーん、この場所に居ると、ついアレやりたくなるなー……っと」
「きゃっ!?」「オフッ」
不意に、樹と龍湖の肩を組む寵。
その行動は完全に酒に酔った変態スケベ親父だが、この二人なら『嫌がられない』と分かっててやってる。
まぁ、実際は誰にやっても嫌がられないだろうし、アタシが隣に居てもやってたろうが。
「グヘヘェ……ん? 樹ちゃん、何だか眠そうじゃない? 着くまでの間、眠ってていいよ」
「え? でもそんな、こんな寄りかかった状態で……ああ……でも何だが……安心する香りっす……(ウトウト)」
「よしよし」
「ママァ……(コロリ)」
数秒で落とされ、ズルリと寵の左太ももに頭を預ける情けない樹。
「むっ、樹さんずるいですっ。寵さん龍湖もっ」
「お前もうるせぇから寝とけ」
「スヤァ……(コロリ)」
「wao! これがジャパニーズダブル膝枕ッ。メグムさん、本当に見境い無いデースッ」
前居たバスの中でも同じような事してたのかよ。
「(シー)ごめんねアニー、そういやこの子達と話したかったんだよね」
「平気デース。皆さんとは学校でいつでも会えマスシ。なので今はザクロやメグムと話しマース」
「お前も大概馴れ馴れしいな……、あー、そういや、爺さんにパペットの事、話したのか?」
「ハイッ。画像を送ると『まさにコレだ!』と大変に喜んでマシタッ。今度祖父も改めて海外から『ザクロに』御礼を言いに来るそうデスッ」
「はぁ? な、なんでアタシに? そこは寵に、だろ?」
「ワッツ? メグムからは『ザクロが見つけた』と言われましタガ?」
それは、間違ってはいないが……アタシが寵を睨むと、奴はニッコリ、笑って返した。
「ソレデ、デスネ、ワタシが出来るお返しと言ったら『コレ』しかナクッテ」
スッとアニーが取り出したのが——キツネとクマの二つの【手人形】。
血の気が引いた。
『アニマルズにそっくり』だったんで。
何故ビビったのかは『分からない』。
どうやら喫茶店で見たのとは別物らしいが……しかし、その人形からは確実に【蒐集品】の香り。
「……アニー。それは何だ?」
「これはデスネッ、祖父がアニマルズを想って作った手人形【ポケットアニマルズ】デスッ。昔からワタシと一緒にいる友達デスネッ」
……確かに蒐集品の香りはするも、瘴気は感じない。
不幸を生んで来た蒐集品では無い証左だ。
アニーの祖父は世界的に有名な人形師らしいが、意図してか無意識にか、人一人でこれほど想いの込もった人形を作り出し、蒐集品にまで昇華させたようで……『持って生まれた何か』があるのだろう。
そしてその力は、恐らく、孫の『アニーにも』……。
「ふんふん、で、その手人形がどしたの?」
「ハイッ。そのパペットのお腹のポケットにデスネ(ゴソゴソ)ジャンッ。【タロットカード】がアリマスッ」
——またか。
また、この気配。
子供向けのような可愛らしい動物絵柄のタロットカードだが、これもまた【蒐集品】だ。
手人形と同じく瘴気は無さそうだが……なんでこう、この少女の元に狙ったように集まるのか。
「これは、祖父がアニマルズを探す為に世界を飛び回った際に見つけた、ワタシへのお土産デスッ。そしてナントッ、このパペットを両手に付けたままタロット占いをスルト、『よく当たる』ノデスッ。名付けて、『パペットタロット』ッ」
……ネーミングはさて置いて。
その当たるという占い、アタシは疑わない。
蒐集品には、良くも悪くも、組み合わせによって相乗効果があったりするからだ。
元々二つで一対の蒐集品だったり、持ち主が(意図してかしないでか)相性を良くするような使い方をしたか、で条件は様々。
アニーが両手に手人形を装着すると……『クワッ』……閉じていた目蓋が開いた。
「面白い仕組みデスヨネー」
「いや……仕様、なのか?」
まるで生きてるかのような濡れた瞳。
そしてアニーが装着した途端、血が通ったかのように人形の『気』が増えた。
「それ着けたままカード持つの大変じゃない? 布製だからツルツルしそう」
「不思議とフィットするんデスヨォ。(ぴたっ)ホラ、磁石のようにくっつきマァス。さて、ザクロのこの先を占うんデシタヨネ?」
「いや、頼んでねぇし良い予感しねぇから止めろ」
「デワ……」
アタシの言葉を無視して、クルリ、パペットをこちらに向けて、
『ハジメルyo!』『ケケケ、コウカイスンナジャネェze!』
腹話術のように、両手でワキワキし始めた。
アニーとは思えない別人の声色と、意思があるような生々しい動き。
蒐集品に宿る魂や意思に、使用者が乗っ取られるのは珍しくない。
寧ろそれが普通だ、耐性なんて持ってる方が珍しいから。
だが、今のアニーはニコリと笑ったままで、完全にパペットを『御して』るように見える。
いや『支配』では無い、アニーは『友達』だと言っていた。
つまりこれは理想的な『共存』、完成した人形師。
『ンー? ココジャアカード、ヒロゲラレナイyo!』
「平たい場所が欲しいのかな? んー、あ、そうだ。こうやって龍湖を仰向けに(ゴロン)させてぇ」「んんっ……くすぐったいですぅ寵さぁん……」「はいっ。この子のお腹使っていいよ。デカイおっぱいがちと邪魔だけどね」
『ケケケ、クレイジーナヤツダze!』
ペタペタペタ、龍湖の腹の上にタロットカードが並べられていく。
……つぅか。
「おい寵。ここまでスルーしておいてなんだが、これ止めた方が良いんじゃねぇか? もし、アニーに何か影響があったら……」
「んー? いいんじゃない? 悪い感じはしないし。寧ろ、こういう儀式めいたモノには過程や条件があるから、途中で流れを崩した方が悪い気がするよ」
「オメェが見てぇだけだろ……しらねぇぞ、もう」
まぁ、最悪何かあってもコイツがどうにかするだろ。
で——占いの方だが……このタロット、やっぱ変わった絵柄だな。
本来のタロットカードでは【愚者】や【吊るされた男】が有名所だが……それを思わせるような絵柄が見当たらない。
「絵本のような可愛らしいイラストだね。『動物達が動物園で遊ぶ』様子や『動物達がバーベキュー』してる様はブラックジョークが効いてるよ」
「趣味が悪いイラストにしか見えねぇが」
『ナラビオエタyo!』『ケケケ、ソコノネーチャン、モウモドレネェze!』
脅されてもリアクションに困る。
確か、普通のタロット占いならばここから質疑応答などをしつつカードを選んでいく運びだが……パペットはアタシに何も訊かずパパパっと三枚のカードを適当に取り、こちらに絵柄を見せて来て。
『オワッタyo!』『フェネック、ミミズク、レッサーパンダ……ケケケ、サイコーニ『フキツナケッカ』ガデタze!』
いや、選ばせてくれねぇのかよ、一方的過ぎるわ。
「ふむふむ……フェネックが海に飛び込み、ミミズクが地面に埋まり、レッサーパンダがアライグマと争うイラストか……良いイメージは湧かないけど、どういう意味だい?」
『ギシン、シンジツ、エンカン——ダyo!』
『ネーチャンワコレカラ、ウタガイ、シンジツヲシリ、クリカエス——ッテイミダze!』
「……よく、わかんねぇな」
だが、なんだ? この胸のざわめきは。
虫の知らせ、って言うのか?
良くない結果なのは何となく分かるが……それよりも。
反射的に、アタシは、何故か寵の顔色が見たくなり、首を回す。
寵は、困ったような笑みを浮かべていて。
「凄いな。こりゃあ『本物』だ」
時を操る魔法使いが、占いの成功を、裏付けやがった。