62
「――さて。これは僕の魔法のほんの初歩的技術、初級編だ。次は応用編。まず、このカウンターの上に【六体の人形】があるじゃろ」
……あ?
「わぁー、何というか、特徴的な見た目の人形さん達ですねぇ」
「え!? な、何でここに……? 収容した筈じゃ……」
「樹さん、何か言いました?」
「な、なんでもないっすっ」
「紹介しよう。この子達はアニマルズといってね、昔の海外産白黒アニメのキャラらしい。それはそれとして、この子達には魂がある」
「と、いうと? 『Let's play!』 わ! 喋りました!」
「とある事件で亡くなった子供達の魂が人形に宿ってるんだ。今もこの子達は色んな人と隠れんぼなり鬼ごっこで遊びたがってる」
「それは、悲しいお話ですねぇ。ならば今から遊んでも……おや? 皆さん、寵さんを見て震えてません?」
「遊びに対する武者震いかな?」
「……本能が畏怖してるんだと思うっす」
「まぁ今は遊ぶのが目的じゃない。僕が見せたいのは――『パンッ!』――ここからさ」
「ひぇ! ……び、びっくりしました……急に手を叩いて、どうしたんです?」
「いや、別に手を叩かなくても『出来る』んだけど、『切り替え』は分かりやすく、ね」
「い、一体何を切り替えたんっすか? 訊くのも怖いっすが……」
「あのー、スイマセン。お勘定、よろしいデス?」
「わっ! ほ、他にもお客さんが居たんですねっ。青い瞳とブロンドヘアー……同い年くらいの綺麗な外人さんですっ」
「え? お、おかしいっす……他にお客なんて……」
「ン? ――アッ! そそそ、それはもしかシテ! ア、アニマルズではないデスカ!?」
「その通りだけど、どしたの? お嬢さん」
「ワタシ、ずっと探してたんデス! 当時限定生産されたというアニマルズヲ! ワタシの『祖父』の思い出のオモチャだったらしいのデ……」
「ほう。どういう思ひ出が?」
「……祖父は『孤児院の出』なのデスガ、ある日、殺人鬼が施設に入って来たらしくテ……けれど、襲われた子供は『みんな無事』だったのデス。偶然、胸にそのパペットをかかえていたノデ、殺人鬼の凶刃の身代わりになってくれたのデスネ」
「あっ、ホントですっ。見れば、人形さん達の胸の部分に『刃で刺したような跡』がっ」
「こんな傷さっきまであったっすか……?」
「しかしその事件のアト、パペット達はその姿を消したらしいのデス。施設をくまなく探しても見つからず、警察の者も知ラズ……祖父は『パペットに宿る精が助けてくれて、役目を終えたから消えた』のだと、ワタシが小さい頃、よく話を聞かせてくれまシタ」
「不思議なお話ですねぇ。ならば、ここにあると知ればお爺様はさぞお喜びになるでしょうねぇ」
「ハイ! その様な過去もアッテ、祖父は自身も人形職人となりマシタ。その傍ら、このアニマルズを探しに世界中を周ったようデス。が、何故か他に生産された個体ですら会う事が叶ワズ……けれど、孫のワタシが漸くこうして目にする事が出来たのデスッ」
「へっ、良い話じゃあねぇかぁお嬢ちゃん。よっしゃ、お代はいらねぇ、持って帰んな!」
「エ! よろしいのデスカ!?」
「流石寵さんっ、素晴らしい決断ですっ」
「い、いや……それは危険じゃないっすかねぇ? この子達の中には……」
「樹、よく見ろ。そいつらの中にはもう『何も無い』」
元からただの人形だったかのように、一切の瘴気を感じない。
「アリガトウゴザイマス! 偶然立ち寄った喫茶店デスガ、まさかこんな巡り合わせがあるナンテ……縁とは不思議なものデスネ! アッ! ワタシ、【アニー】という者デス! この街の学園に通ってマス! 後日改めて御礼させて下サイ! これ連絡先デス!」
言って、外人少女はメモに学園名と携帯の番号を書いてカウンターに置く。
どうやらアタシらと『同じ学園』、『同じ学年』のようだ。
今更、驚かない。
――それから、少女が店を出た後。
「さて。今の件、僕が『何をしたか』分かるかな?」
「分かりましたっ。さっきここにあったアニマルズは過去の孤児院から拝借して来た奴ですねっ」
「だから当時見つからなかったんすねっ!」
「いや、そういう意地悪じゃなくてね。もっと根本的なさぁ。ザクロちゃんは分かる?」
ザクロちゃん言うな、馴れ馴れしく名前を呼ぶな。
「……細かい部分は知らねぇが、要は過去の、孤児院での事件を無かった事にしたんだろ? だからアニマルズにガキの怨霊が宿る事は無くアニーなんて存在もこの世に生まれてこれた」
自分で説明していても、おかしな事言ってると自覚している。
コイツがしたのは、『神の所業』だ。
最早、蒐集品がどうこうの次元じゃねぇ。
「そうそう正解ァイ。約束通りナデナデしてあげよう」
「な!? い、いいってっ。つかしたらぶっ殺すぞ!」
「遠慮するなよぉ、お兄ちゃんに任せなさぁーい」
ゆらり と伸びてくる手をら思いっきり払うアタシ。
それこそ加減せず、普通の奴なら『骨折』する勢いで。
払った、筈だった。
なのに、手はすり抜けていって――ポフンッ――なす術なく、頭に手を置かれてしまった。
「ふぁ……」
一瞬で、思考を奪われる。
自分の口から出たなんて思えない、甘い声。
苦痛を除き、快楽物質だけを引き出すような手の平。
これは……マズイやつ……だ。
「はい、おしまい(スイッ)」
「いーなーザクロさん」
「めっちゃエロい顔してたっすよ!」
「ぅあ……? はぁ……はぁぁぁ……」
不覚にも『もっと』と思わされた。
それは決してアタシの意思じゃない。
誰も抗えない。
麻薬のように、誰もが尊厳も理性も崩壊させる。
ただでさえ魅力の塊なのに、こんな小技も駆使できるなんて……龍湖の奴、こんなんの側に居てよく『心酔』程度で自分を保ってられるな……普通ならすぐに『廃人化』だ。
妃寵。
これだけの力を持って、何を目指してるんだ。
「と、まぁこれで僕の力は証明出来たかな? まぁそこまでドヤれる力でも無いけどね。『誰もが変えたい過去を、望んだ未来を』実現できるだけの、しがない男さ」
「十分ドヤれるっすよ……」
「龍湖はこれ以上の未来を望みませんからねぇ。あとは、寵さんの側にいるだけのエピローグですっ」
「……一つ、訊いていいか? 何で、アタシらにはまだ、元のアニマルズの記憶が残ってるんだ。既に無かった事にされた過去だろ?」
「ん? 『なんのこと?』」
「は? ……っ、あ……?」
思考がボヤけて行く感覚。
成る程……いつでも『記憶は調整可能』なのか……
次に、頭がスッキリする頃には……もう……アニマルズなんて――




