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「えー、では今から、明日に控えた修学旅行の打ち合わせをします。決められた班に分かれて下さい」
昼休みを終えてからの授業。
教師がそんな時間の潰し方を告げて来たが、先述の通り、アタシには関係のない事だ。
同じ境遇な樹はボーッと外眺めて暇そうだし、龍湖はスマホで堂々と何やら写真を眺めてニヤニヤしているし。
アタシは、このまま昼寝の時間にあてようと机に伏していたが……
「と、その前に、一つ大事なお話があります。『旅行先』が変わりました」
…………「「ええーー!!??」」
クラスメイト達がドッと喧しくなる。
うるせぇ、静かにしてくれ。
旅行先の変更? そういうのはあちら側のトラブル(病気の流行など)やらで意外とあるらしいし、騒いでも仕方がねぇだろ。
「もう色々準備したんですよ!」 「どこになるんですか!?」「海外なら許すよ!」
はぁ……素直に目の前のイベントでテンション上げ下げ出来て羨ましい限りだ。
それが年相応の反応で、アタシが上目線で斜に構えてるだけではあるが。
「皆さん落ち着いて下さいっ。詳しい説明は……『こちらの方』から。では、お願いします」
「はーい。みんなー、こんにちはー」
ガタンッ! その音は、龍湖が『椅子から転げ落ちた』音だ。
アタシも、眠気が吹き飛んだ。
「いやー、みんな若いねー。若さのエネルギーをビンビン感じるよーって、まぁ僕まだ一八だけど」
龍湖のリアクションをまるで意に介さず、そいつは教壇の前に立って。
「こんにちは、僕は【異世界テーマパーク プランテーション】広報の妃 寵です。今回、縁あって皆さんを修学旅行代わりに『こちら』へ招待したいと考えているのですが……どうでしょう?」
…………数秒の間の後、
「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」
教室は、過去最高潮に騒がしくなった。
――【そいつ】とは、初対面じゃない。
話は昨日の喫茶店の場面まで戻る。
突然の来客……扉を開け、顔を覗かせたのは……
「あれぇ? ザクロさんに樹さん? 奇遇ですねっ」
「び、びっくりしたー。龍湖ちゃんここに来たのは偶然……すよね? 言ってないし」
「ここの店員さんだったのですか? 何か運命を感じてしまいますねっ」
「二人のお友達かな? どうぞ、カウンター席に」
オヤジはニッコリ微笑み、空いた席に手をやる。
樹が名を呼んだので、すぐに『あの村の少女』と察しただろう。
しかし……本当に知らなかったのか? アタシ達がここにいる事を。
このタイミング、まるで、アタシらを牽制に来たと疑われてもおかしくない気味の悪さだ。
「あっ、実は一人ではないんですよっ。今日はその……だ、大事な方とデ、デー……」
「ほら、いつまでも扉いないでさっさと入る」
「きゃっ」と、背中を押されたのか、龍湖がよろめいて。
「こんにちはー。おお、レトロでモダンな良い感じの店だね」
「どういう意味です?」
「わがんね。それより、龍湖の知り合いの子でも居るのかな?」
『その声』を聞いた瞬間。
ブワッと背中に嫌な汗がにじんだ。
「はいっ。この二人、学校で始めて友達になってくれた方々でっ」
「そう。初めまして、この子の保護者の妃です。龍湖共々よろしく」
言って、そいつは龍湖と共にカウンター席まで来て、
「隣、いい?」
「え? あ、ああ」
堂々とアタシの隣に来た。
アタシと樹が二人を挟むような席順に。
座った時に、こいつの透き通るような銀髪がサラリと揺れ。
フワリと甘い香り。
横顔、作り物のように綺麗な造形と白い肌。
てか顏小さっ、まつげ長っ、唇小さっ。
聞いた話の通りなら、コイツ、男らしいが……信じられん。
「うん? 僕の顔に何か?」
「い、いや、なんでもない」
「そ」
ニコリと笑いかけられて――ドキリ、本能が理解する。
コイツは、今まで見た事がないレベルに『マジモン』だ。
「んー、僕はアイスカフェラテとおススメケーキでいいかな。龍湖は?」
「寵さんと同じのでっ」
「……かしこまりました」
オヤジがこちらに背を向けてマスターとしての仕事を始めるが、大分余裕が無くなってる。
それもその筈で、こうも易々と、本拠地に攻め込まれるとは思ってなかっただろうから。
「えっと、龍湖さん。この店にはどういう経緯で来たんすか?」
「たまたまですよ? 寵さんに街の案内をして貰って、丁度、良さそうな雰囲気のここを見つけたんですっ。龍湖が入ってみたいと言ってですねっ」
たまたま、ね……疑い出したらキリが無いが。
「うーん、しかしこのお店はお花が多くて華やかだね」
「ですねっ。お花好きの店員さんがいらっしゃるのですか?」
「え? あ、ああ、それは全て石榴さんの趣味みたいなもので家で育てて持って来てるとか」
余計なこと言わずに誤魔化しとけよ樹……。
「凄いですねザクロさんっ。見た目からは想像もつかない趣味ですっ」
「素直過ぎっすよ龍湖さん! でも、この人の植物好きは本物で、前なんて街の歩道横の花壇を踏み付けて近道しようとしてた不良を半殺しにしてたっす!」
「だから余計な事言うなよ樹……」
「へぇ」
そいつはアタシの顔を見て、「優しい子なんだね」 クスリと笑った。
「べ、別に……」 アタシは顔を背ける事しか出来ない。
「むむぅ? 何やらモヤモヤする空気です……ん? あっ! その樹さんが持ってるのに映ってるの、プランテーションですよねっ。知ってます? この声、寵さんのなんですよー」
……まさか、それをこいつらから触れてくるとは。
「恥ずかしいからゆうなよー」
「へ、へー。凄い偶然っすねぇ(滝のような汗)」
みな、声を聞いた瞬間気付いている。
声の主は、その見た目も匂いも雰囲気も、全てが相手の五感を刺激する、魅了の塊だった。
褒めているのでなく、純粋な事実。
過去に宗教団体のトップだの過激派のリーダーだの見て来たが……あいつらは蒐集品の力や心理学だので無理矢理そういう『なんちゃってカリスマ性』を出していた。
が、ヤベェな、これが本物の『ナチュラル(生まれ持っての)』か……紛い物とは何もかもが違う。
今は(アタシが知ってる範囲では)目立った行動を取ってないようだが、その気になれば世界など容易に掌握出来るだろう。
「あっ、もしかして、この人が龍湖さんを助けてくれたっていう人っすか?」
ぶっ込んだな、樹。
普通なら誤魔化されそうな話題だが……
「そうなんですよっ、ねっ、寵さんっ!」
「そうだっけ? 昔の事だしなー覚えてないなー」
「最近の事ですよっ、ひと月も経ってませんっ。寵さんが、数世紀に続く我らの村への楔を解き放ってくれたんですっ」
「印象薄いから覚えてないよ。黒幕も『大した相手』でもなかったし」
その時の『武勇伝』なるものは、しっかり龍湖に聞いている(一方的に話された)。
コイツらの話はこうだ。
村を牛耳っていた水龍。
水龍は生贄である巫女を欲していた。
次こそ龍湖の番、というところで。
男がふらりとやって来て、全てを薙ぎ払った……と。
まるで、ヤマタノオロチとスサノオを彷彿とさせる、日本神話の英雄譚。
村の調査をした組織のヤツの話ぶりや撮った写真を見るに、その水龍は決して弱くはないだろう。
アタシらの基準だと、超特級の蒐集対象に認定されるレベルの神話生物。
――話は逸れるが、
少し前、海外のとある組織が蒐集対象の収容に失敗し、壊滅した。
現場に駆け付けたアタシ達は、その惨状に目を疑う。
組織の建物があった場所は、平地になる程に黒く焼け焦げ……いや、それは『焼けた』というよりは『溶けた』と言えるレベルの状態で。
どれほどの高火力を用いればこうなるのだろう。
仲間曰く、収容しようとしたのは【鳳凰】だの【フェニックス】だのと呼ばれた神話生物らしく。
成る程、それが本当ならばこの現場も、と納得出来た。
そしてその場には、一枚の【赤く美しい羽根】が落ちていて。
未だメラメラと燃え続けるソレを、アタシはリモコンを使って何とか収め、持ち帰り、組織の収容所へと納める。
これだけでも特級モノだったから。
――話は戻るが、
龍湖の話に出て来る水龍は、この鳳凰と同レベルだと思っている。
その気になれば、一瞬で村を壊滅させられる破壊力を持つと考えれば。
それを……この寵と言う男は、暇つぶし感覚で水龍を封じたというじゃないか。
話を聞いた当時は、到底信じられなかったが……こうして本人を前にすると、結論は逆。
それでも一応、この目で実力の片鱗を見られればいいのだが。




