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CMが終わるまで、呼吸を、忘れていた。


「ッ! ハッ! ハァ! ハァ! ……、……なんだ……これ……」

「え? 知らないんすか? 超有名な遊園地じゃないっすかっ。昔から大人気で、入園すら難しいって言う異世界テーマパークッ」

「む、昔? いつからあったんだ」

「んー……少なくとも、一〇年以上は経営してるんじゃないっすか? 私達が生まれる前からっ」

「……今のCM、もっかい、いけるか」

「え? いいっすけど……」


改めて見返す。

本当に、なんだここは?

『異世界』? 『魔法』?

CGやら何やらでそれっぽく見せてるだけの『フェイク』なのか?

もし。

これが本物なら、ここまで『堂々と』宣伝していいのか?

何より——


「この、広報担当、って奴……」

「お! 石榴さん分かってるっすね! メッチャ綺麗で可愛い声してますよねこの人っ。それでいて、なんていうか、『心をガシッと掴んでくる』ような染み込む声質でぇ……絶対べっぴんさんっすよ! 見てみたいなぁ……」


それだ。

アタシは、凡ゆるアトラクションよりも何よりも、この広報担当に思考を止められた。


世界的に有名なリーダーや支配者が持つとされる『人々を魅了する』声質。

そういうのは、周波数だのゆらぎだのと科学的に解明されていて訓練でどうにでもなるらしいが……この広報担当の声は『そんな次元』じゃない。

アタシら組織の人間は、洗脳に対する訓練は受けていて、だからちょっとやそっとじゃ乱されない。

なのに、横のバカと来たら目をトロンとさせ、陥落させられている。

魅了チャームの力。


音声だけでこれだ……大抵はその姿を見せてスピーチしたりと『洗脳の努力』をしてるってのに。

まだ心臓がバクバクいってうるさい、アタシも若干『あてられた』。

これが、混じりっ気なしの【本物】か。


「……オヤジ。こんな場所、知ってたか?」

「いや……聞いた事が無いね。(カタカタ)……ご丁寧に、ホームページには住所も記載されている。何と『この県内にある島』だ。私は二〇年以上、この街に住んでるんだよ? 港にもよく行ってるのに」


百戦錬磨なオヤジの手は震えていた。

それだけ、この場所は『ヤバイ』。


「え? 二人とも、どうしたんすかぁ?」

「バカ、目ぇ覚ませ、少しは違和感覚えろ。【異世界テーマパーク】、だぞ? こんなん、思いっきり『蒐集対象』じゃねぇか」

「えー? ……、……、……ハッ!」

「ったく。……このCM、見た感じ、宗教団体がするようなコスいサブリミナルも仕込んでねぇな。 それだけ、この【広報担当】の存在感が強くて、小細工なんざ不要だと」


この常軌を逸したアトラクション群やショッピングエリアにも魅力は多いが、何より、CMを視聴したやつらは【声の主】に興味を持つ。

それだけの理由で、ここに行きたくなる。


「意識をそらす『認識の操作』のような力を使っているのだろう。それはたまにこの喫茶店でも使用するけど……比べるのも烏滸がましいレベルだ 。CMは、今も普通にネット上で流しているが、樹ちゃんのように今までも何気無く見つつ『違和感を覚えない』者も多くいた筈。まさに知る人ぞ知る遊園地。今回、我々が気付けたのは……いや『気付かされた』のは、あちら側からの『釣り餌』の可能性がある」

「どうするんだオヤジ? この招待状、受け取るか?」


すると、オヤジはすぐに首を振り、


「反対だ。この事は忘れよう」

「んだよオヤジ……『アンコントローラブル(制御不能)』と恐れられてたアンタが、日和りやがって」

「そっすよ! 動くべきっす!」

「私がそう呼ばれていたのは随分昔だし、当時の私ですら恐怖で動けなくなっていただろう。いいかい? 今回の相手は規格外過ぎる。関わるべきでは、いや、関わってはならない。君達は確かに優秀だが……築いたその栄光も、培った自信も、『これ』は軽々踏み躙って来るだろう。そも、我々の活躍すら『彼ら』に仕組まれたものじゃ……」

「オヤジっ」


オヤジはハッと我に返り、「すまない」と目を伏せた。

参ったな、オヤジがここまで冷静さを欠くなんて。


「うーん……今更っスが、そもそもこのテーマパーク、中に入るだけでも大変なんすよねぇ。偵察に行こうにも、チケットが凄い倍率で」

「いや、あちらさんは誘ってんだ。手続きすりゃすんなり当選させるかもだし、例え不法侵入しようとも出迎えてくれるんじゃねぇかな」

「かもっすね。いつ動きます?」

「……二人共、私の話を聞いていたかい?」


若干、怒気を込めた声色のオヤジ。

だが——


「分かってんだろオヤジ。元々アタシらには組織とは別に個人的な目的がある。わざわざ虎穴に入る危険をおかしてまでも叶えたい目的がな。命の危機は常にあるんだ。それはこのテーマパークだろうと変わらん」

「そっすよ。蛇の道は蛇。というか、相手方と争う可能性じゃなく仲良くなる可能性も考えて下さいよっ。それがマスターの仕事じゃないっすかっ」

「……やれやれ。若さというのは、愚かでもあり美しくもあるね。私は、少々保守的になっていたようだ。……分かった。だが、動く前に下調べをさせて欲しい。もし、この広告を他の組織も同時に認識させられていたなら現地で争いになる可能性もあるから、まずは」


カランコロンカラン——


不意に、喫茶店の扉が開かれた。

来客だ。

顔を覗かせる客。

来客は……【予想外の相手】であり。

そして。

決意を固めたアタシ達を嘲笑うかのような、【招かれざる客】だった。



これは、【転機】だ。

こんな偶然があるか?

最後のチャンスかもしれない。

アタシの『目的』を思い出せ。

その為に、アタシはこのクソッタレな世界に飛び込んだんだろ。


「お袋……」


ベッドで眠ったままの自分の母親。

まるで『時が止まった』ように。

綺麗な姿のまま。

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