【サブエピソード『蒐集屋(コレクター)』】56
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「ここでいいんだよな?」
扉の前で最後の確認をするアタシに、樹が頷き、トレードマークでもあるポニテを揺らす。
扉に耳を当てると……オルゴールがきこえた。
まるで遊園地のパレードで流れてそうな楽しいBGMの、オルゴールバージョン。
だというのに、アタシの肌はゾクリと粟立つ。
「中の奴がやべぇ! 突っ込むぞ!」
「おまかせっす!」
樹が【鍵】を取り出し、穴に差し込む。
この扉の鍵ではないのだが カチャリ 鍵は回った。
これも【蒐集品】の一つで、凡ゆる扉の錠を無効化出来る『上級』のやつだ。
住人の許可も取らず、中へ足を踏み入れるアタシ達を、
「ッッ!」
直後、ゾワリと『瘴気』が包み込み、歩みを止められる。
体にベットリ纏わりつくような、重く生臭い空気。
近くに汚染された蒐集品がある証左だ。
……オルゴールの音が大きくなる。
アタシらが来ても御構い無しで止まる気配すらない。
「止まるな! 行くぞ!」
樹は頷き、武器でも防具でもある刀型の蒐集品を持ち直す。
ガンッ! リビングに続くであろう扉をアタシは蹴破った。
薄暗い部屋。
テレビだけが付いている。
止まるオルゴール音。
むわっと鉄臭い香り。
そして——【五体のパペット】。
「石榴さん! 住人が!」
「待て!」
アタシは飛び出そうとした樹を手で制す。
血を流す住人の周りを囲むように座る五体のパペット。
熊、犬、猫、兎、鼠。
それぞれがトゥーンアニメのようにデフォルメされた動物の形を模しており、その手には楽器が握られている。
人形達は動かない……それは当たり前の事だが、今ここに居るアタシ達はそんな常識を信じ切れない。
倒れている住人(二十代前半ぐらいに見える男)は、僅かだが肩を上下させていて、死んではいない様子。
転々と、服やズボンに血が滲んでいる。
一般人が見れば、何かの事故か自傷で負った傷と断定するだろう。
まさか『人形にやられた』などと思うはずも無い。
外傷自体は軽いが……深刻なのは『心へのダメージ』だ。
「こいつらが【アニマルズ】で良いんすか?」
「おそらく、な」
アニマルズ——【組織】からの情報を目を通しただけだが。
元は、ただのパペットで、孤児院にあった玩具らしい。
19◯5年、アイルランド西部チュアム。
ある晴れた日、突然変質者が孤児院に押し入り子供達を皆殺しにする凄惨な事件が起きた。
犯人は逃走したが……数日後、報いを受けたかのような惨殺体で発見された。
まるで獣に食い散らかされたように原型を留めてなく。
苦悶に満ちた顔で事切れており。
そして、犯人の周囲には血に塗れた人形達が居たという。
人形は、弔われた子供達と一緒に埋められた筈なのに。
それからというもの、人形達は凡ゆる場所を転々とする。
そこには決まって、恐怖に支配された顔の死体と人形が転がっていて。
人形達を回収しようにも、すぐにその姿を消すのだと。
『子供達の霊が人形に乗り移り犠牲者を増やしていく』……これだけ見ればB級ホラー作品の設定でしか無いが、『アタシ達』はそれをフィクションだと笑えない世界で生きている。
「しかし、漸くこうして御対面出来たわけだ。アタシ達が『保護』するぞ」
「このまま大人しく『回収』されてくれればいいんですがね」
「そうだ『カタカタ』 ——なッ!」
物音。
目の前の人形が、今、揺れたような……?
『Let's play(あそぼ!)』『Let's play!』『Let's play!』『Let's play!』『Let's play!』『Let's play!』
唐突に。
カタカタカタカタ……人形達は手に持つ楽器を動かし始めた。
内部に仕込まれたテープの誘う声と、不気味なオルゴールの音色。
「石榴さん! こ、これはもしや……」
「ああ……『始まった』」
人形達はいつも遊びたがっている
凡ゆる遊びを提案してきて、それに勝てれば助かる『という』。
何故曖昧なのか? 誰も『勝った事が無い』からだ。
負ければ、『連れて行かれる』。
こいつらの中には、多くの人の魂が閉じ込められていて。
人形達はそうやって、力を増していった。
かくれんぼ、影踏み、にらめっこ、だるまさんが転んだ、鬼ごっこ、縄跳び、サッカー、しりとり……
遊びはランダムらしいが、法則性は分かっていない。
出自はアイルランドだが、取り込んだ者達の影響か、英語や日本語にも対応しているという無駄な親切ぶり。
それでも、まともにやり合っても勝ち目はまず無い。
と、いうわけで。
「悪いな、アタシは昔からゲームが弱いんだよ。なんで、『逃げる』ぜ」
手に持っていた【リモコン】をパペットに向けて、『停止ボタン』を押した。
——ピタリ。
オルゴールが止み、ケタケタ動いていた人形達も静かになる。
「……相変わらずチートっすね、そのリモコン」
「まぁ、若干ズルと思わないでもないが」
リモコン。
長方形の手の平サイズで、『停止』『再生』『早送り』『巻き戻し』『スキップ』の五つのボタンがあるシンプルデザインの【蒐集品】。
その効果は『そのまんま』で、リモコンを向けた相手に『ボタンの効果をもたらす』。
『アタシだけ』が使える【超特級蒐集品】。
「じゃあ、回収するぞ」
「ほ、ほんとにもう、動かないっすか?」
「安心しろ。アタシもコレが失敗したのを見た事が無い」
「なら、いいんすけど……『ガタッ』……ん? 今、何か物音が?」
「何か落ちた音だろ——って危ねぇ樹!!」
「キャッ!?」
アタシに体当たりされた樹は豪快に転げるも、謝ってる余裕など無い。
「石榴さん!?」
「動揺すんな!」
アタシは『目の前の男』と力比べでもするように取っ組み合いをする。
さっきまで『そこに倒れていた』男だ。
気配も音も無く立ち上がり、樹に襲いかかろうとしていた。
くっ……しかし……何だこの『凄い力』は……!
見た目はヒョロいし怪我だってしてんのに、どこからこんな重いパワーが?
男はニタリ、口を開いて、
「Let's play」
ッ!?
バカなっ! 人形は全部動きを止めた筈! 手遅れだったのか!? こいつも人形の一部だったのか!?
「石榴さん! あそこ!」
樹が指さす先。
タンスの上。
『enjoy! enjoy!』
狐のパペットが居た。
「そんな! 石榴さん! 人形は五体の筈じゃ!?」
「増えたのか……今までバレずに身を隠してたのか……どっちにしろ、そいつの醸す存在感……他のパペットとは放つ瘴気の濃さが違う……!」
つまりは、統括的存在。
先ず叩くべきはこいつだったのだ。
恐らく、目の前のこの男もあの狐に操られているのだろう。
人間の限界を超えた膂力。
いつぞや山で拳を交わした【ヒグマ】に匹敵する。
……なら、『いける』。
「いつまでも……女の手ェ……強引に握ってんじゃあねぇ——ヨォ!!」
手を掴んだまま両足で跳躍し、腹目掛けてドロップキック。
男は吹き飛び、『WAO!』 狐のパペットを巻き込む形で壁に激突した。
「ワッ! ……す、凄い衝突音っすね……その男の人、殺しちゃいました?」
「あばらはいくらかイッたろうが平気だろ。さて」
アタシは、再び倒れて動かなくなった男に近寄る。
狐は下敷きになる形で顔だけ出していた。
見下ろすアタシにケタケタ人形の口だけを上下させ、
『It was fun! strong girl!』
「うるせぇよ」
ピッと、アタシはリモコンを向けた。




