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ちゃぷちゃぷ……
「はぁーーーーーーー。なんか、今日は色々疲れた」
「ふにゃん。生き返る」
「やっぱりうちのお風呂は最高だねっ。入った瞬間疲れが抜けるっ。本当に『死人も生き返る』って話のプランさん特製【世界樹の木風呂】なだけはあるっ」
「今更何の確認よ……ぅん? 瓏、どうしてそんな隅っこに? みんなで入ってもだいぶ余裕あるのに、そんな上目遣いでこっちを見て」
「ぅぅー……」
「分かってる癖にぃ、玲ちゃんはいぢわるだなぁ。男の子の口から言わせる気?」
「レー、デリカシー無い」
「あんたらの反応で察したわ」
「ぅー……まえにまーに、おとまりのときはみんなでおふろ、ってはなしたら、まーが『かぞくでもだんじょがいっしょにはいるのはおかしい』って……」
「おかしくないよ瓏ちゃん。寧ろ、仲が良い男女は一緒に入らなきゃな法律があるんだ。古い考えおばさんなママンに騙されないで」
「嘘教えるんじゃないわよ。実際グラヴィさんが正しいんだから」
「ネッコは周りに何言われてもお兄とお風呂入るけど」
「昔から三人で入ってるからね。ご飯もお風呂も三人で、ってのがうちの家訓。客人である瓏ちゃんも例外じゃないよ?」
「わ、わかった(もじもじ)」
「ふむ。ところで玲ちゃん、赤ちゃんでも勃起はするんだってさっ」
「何の情報よ。ほら、瓏、取って食ったりしないからこっち来なさい。さぁ……って。なんでまたそいつに引っ付くの」
「レーに近付いたら食べられちゃうって本能的恐怖。そりゃお兄の側が安心」
「野郎とくっ付いても嬉しくないんだがなぁ」
「裸になってなおアンタら二人、姉妹にしか見えないけどね」
「ショタロリとアニオネの絡み……嫌いじゃない(じゅるり)」
「訳のわからないジャンル作らないでよ……て、ちょ、アンタ、なに、いきなり何っ?」
「わわっ、ネッコ達の肩に手を回して抱き寄せるなんて……お兄大胆、ポッ」
「ふふん、どーだい瓏ちゃん? モテモテになればこんなおっぱい大っきい姉ちゃん達と毎日お風呂入れるんだぜ? モテたいだろ?」
「も、もてたいっ」
「その下りまたやるの?」
「はたから見たらネッコ達の構図、雑誌の怪しい商品の広告みたいだぁ」
「で、瓏ちゃん。モテたいってんなら、今日もきちんと『一日一女(助)』したかい?」
「したっ」
「『一日一回女の子を助ける』っていう、お兄がローに出した『決まり』だっけ」
「ちゃんと助けてくれたわよ、私をね。てかいつまで肩組んでるのっ」
「よぉし。そんな感じに明日も明後日も続けるんだぞ。僕も瓏ちゃんと同じく昔、同じ決まりを【師匠】に課せられて、その結果モテモテになったからねっ」
「ししょー?」
「瓏ちゃんにとっての僕みたいなもんさ」
「じゃー、にーのだいすきなひと? ろーもあいたいっ」
「それは厳しいかもねー、ママン的な意味で」
一応、今日図書館で会った人がソレなのだが、瓏がそれを分かるはずもなく。
兄が昔、糸奇さんに鍛えられている姿……思い返すと懐かしい気持ちになる。
あの兄が、割と容赦無くボコボコにされつつ何度も立ち上がる姿はとても貴重なシーンで。
何度猫仔が『おにーをいじめるなー!』と糸奇さんに食いかかって行った事やら。
そしてその伝統は、兄と瓏に受け継がれた。
『一日一女』のような決まり事を課したり、たまに兄が瓏に『戦闘訓練』を施したり。
まるで当時を踏襲するように、兄は三歳の瓏相手でも容赦無く修行をつける。
強くなる事こそが、竜の子に生まれた宿命。
どれだけ叩きのめされても、瓏は弱音を吐かない。
竜の王族たる血を、母と兄の名を汚してはならないと本能で解っていて。
『かっこよくなりたい』と、瓏が自ら兄に師を頼み込んだのだ。
瓏の訓練役なら、兄以外にも務められる者はグラヴィさん含め他にも居るだろう。
兄より強く、指導が上手い者も居るだろう。
次世代の魔物の王の今後を左右する大事な時期。が、皆それを分かった上で、あえて兄に師を任せる。
理由は……
『主の息子だから気を遣う』『保護欲で瓏に手など上げられない』『そもそも瓏が兄を望んでいる』『魔王が師を寵以外認める気がしない』
他にもあるが、答えはこの中のどれか……では無い。
全部だ。
まぁ一番は『瓏が兄相手だとモチベが高い』という合理的な理由だが。
「ろーも、にーみたいになれる?」
「なっちゃダメよ」
「心配しないでも、ちゃんとなれる。昔からお兄を見て来たネッコが言うんだから間違いない」
「ぜひ僕みたいなモテモテイケメンになって貰いたいね。そんでぽんぽこ女の子孕ませて僕を量産してくれ」
巫山戯た事を言ういつも通りの兄。
だがその本心は……よく分からない。
本人は『ママンの立場を継ぐ気は無いから瓏に押し付けるつもり』と以前言っていた。
それこそが瓏の修業に付き合う理由だと。
が、しっくり来ない。
兄らしいと言えば兄らしい考えだが……この髪の毛ほどの違和感は、何年と側にいた私や猫仔だからこそ気付ける。
『自分のような力のある者を増やす』理由。
その答えこそが、兄の根源、の様な気がする。
それでも兄は尻尾を見せないだろう。
『あの日』と同じように。
家族同然の魔物達や、母ですら、その『企み』に気付けなかったように。
同じ感覚だ。
また兄は、【誰か】の為に、道化を演じている。
目的の為ならば平気で嫌われ者に成れる兄。
それでも……私達姉妹は気付いていても、受け流すしかない。
私達に口を出す権利は無いから。
「あんただけの世界とかどんな地獄よそれ」
「お兄だらけの世界……ネッコ的にはユートピア、もといリュー(竜)トピア。将来が楽しみ」
「むにゅぅ……」
と。
こっくりこっくり、兄にくっ付いたまま船を漕ぎだす瓏。
なんやかんやで、今日一日動き回ってお疲れのご様子だ。
瓏に合わせ、私達も風呂から上がる事に。