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瓏。
私はこの子の【存在】を再認識させられる。
こういった禁書などの化け物を制御する方法は二つ。
力で押さえつけるか、認めさせるか。
瓏がしたのは後者だ。
母の威光を余すところなく受け継いだ竜の子供。
その光を浴びた相手は、存在としての格の違いを本能で理解し、例外無く(一部を除き)戦意を喪失、または忠誠を誓う。
三歳の今ですらこの才能の輝きだ。
成長を重ねれば、更に周りを惹きつける良い男へと成るだろう。
私はそれを『知っている』。
……まぁ。
近付く女はあの『モンスターペアレント』に認められねばならぬという最大の試練があるが。(因みに母の方はひと睨みで北海道ほどの大地を更地にしこのテーマパークを建てたという)
「すっごーい!」
「わわっ」
瓏に抱き着くツインテ幼女。
ハグしたままピョンピョンと跳ね、
「なにしたかまったくわかんなかったけどっ、ヒューンメリリッてっ、まほうつかったみたいにっ、かっこよかった!」
「ふええ……ようりょうをえないよぅ……」
「お、おとこのこだったって、みとめてあげるんだからねっ」
「とうとうなつんきゃらだよぅ……」
と。
「——こらっ、こんなとこまで来てっ」
タイミングを見計らったように現れたのは、二人の大人だ。
男女の二人。
片方の女性は、桃色というエキセントリックな髪色的に……。
「あっ、ままーっ」
「全く……あ、すいません、連絡して下さった方ですか? ウチの子が色々ご迷惑を……落ち着かなかったでしょう?」
「ええ、まぁ」 本当に。
「みてみてままっ、かれしができたんだよっ(抱きっ)」
「ふええ……こころあたりがないよぅ……」
「あら、凄いかわいいお友達ね。君もこの子の相手してくれたの? ありがとうね」
「ううっ……イェ……」
小さく頭を下げ、再び私の後ろに隠れる瓏。
これは人見知り故の反応では無い。
巨乳で美人の奥さんだからドギマギしているのだ。
本当、年上巨乳の好きな子である。
「何度も何度も、お騒がせしました。今度こそ目を離さぬようにしますので……」
「いえいえ、元気な事は良い事ですよ。またその子が何処かに消えても、パーク内の安全は保証します。ごゆっくり、お楽しみ下さい」
そう答えたのは、ここに一緒に来た男性だ。
パーク関係者、ではあるが、従業員と呼ぶのも少し違う人で……。
「ありがとうございます。では……ほら、行くわよ。今度こそどこにも行かないでね」
「またあそぼーねーおねーさんっ、だーりーんっ」
手を振りながら幼女は母と共に去っていった。
あの様子じゃあまたすぐ何処かに消えるだろう。
もう関わりたく無い。
「お疲れのようだね、玲ちゃん」
「いえ……」
ニコニコと労いの言葉を掛けてくる男性。
男性……で、良い筈だが、見た目じゃほんと、兄並みに分からない綺麗な人。
私は、この人が世界一苦手だ。
猫仔も同じような事を言っていた。
嫌いとかそういう嫌悪感ではなく、なんというか、本能が『警告』してくる感覚。
それでもあの兄が昔から『敬愛する』恩人。
私達の恩人でもある。
失礼な態度はとれない。
まぁ、そんな苦手意識などバレているだろうが。
「おっ、その禁書は? なんでそこにあるのか知らないけど、よく抑えられたね」
「ええ、まぁ、色々とあって……」
「ふんふん。確か名前は……そうそう【魔術師図鑑】だったかな。中には『本が食った魔術師の詳細』……正確には『本が魔術師を食うとその詳細ページが増える』っていう性質の禁書でね。食った分だけ強くなって、更には食った魔術師に擬態して同じ能力も使えるってんだから、ホント桃判に恥じない有能な禁書だよ」
「危険、の間違いじゃ……?」
「折角だし、僕が本棚に戻しとくよ。頂戴」
彼がそう瓏に告げると、瓏はトテテと近付き、渡す。
禁書が彼の手に渡った瞬間、ブルルと震えたように見えた。まるで『恐怖』するかのように。
「ありがと、瓏ちゃん」
「んー。れーねー、このひと、だーれー?」
「え? ああ、この人は……、……って、いいんですか? 『瓏の前に出て来て』」
「良くはないね。あ、一歩下がって。『来るよ』」
疑問を持たず言われた通りに退くと————空間が『抉られた』。
漆黒の球体が現れ ガオンッッ!! 触れた物全てを虚無へと消し去る。
地面や本棚の一部には、丸みを帯びた欠損が。
「しぃぃぃきぃぃぃ……!」
その球体の中から姿を現したのは、マグマの如く滾った怒気を漏らす一人の【少女】……に見えるアラサー女性。
「貴様ァ! アレほど瓏には『近付くな』と釘を刺したろうにッ!」
「あっ、まー(ママ)っ!」
「おわっ! こ、こら瓏、飛び掛かって来るでないっ。母は今大事な用で来てだなっ」
天下の魔王も可愛い息子には弱く。
図書館を揺らす程の怒気も一気に収まる。
「あーあ。貴重な本や図書館をこんなに抉り飛ばしちゃって」
「ふん」
グラヴィさんが気怠げに欠損部の方へ手をかざすと、『時間が巻き戻るように』抉れた部分が修復される。
実際、巻き戻しているのだが。
「相変わらず便利な力だねぇ。てか、仕事中でしょやグラ。勝手に怪物園抜け出して来るんじゃ無いよ」
「やかましいっ! 息子の危機を黙って見過ごせるか!」
「何が危機だってんだ。そろそろ僕にもオンブさせてくれよー触れ合わせてくれよー」
「貴様なんぞに影響されたらどうする! 瓏は真っ当に育てるんじゃ!」
「まー。わるいひとー?」
「そうじゃ瓏。だからこやつを見るな聞くな興味を持つな」
瓏の顔と耳を塞ぐように抱き締めるグラヴィさん。
モゴモゴと瓏は楽しそうバタつく。
糸奇さんとグラヴィさん。
このテーマパーク創設者の三人の内の二人という凄い組み合わせだが、こうして顔を合わせる場面は珍しい
二人が不倶戴天の仲なのはあまりに有名だから。
まぁ一方的にグラヴィさんが嫌ってるらしいけど。
「酷い言われようだね。【一人目のあの子】は僕と繋がりを持っても真っ当に育ったじゃないか」
「どこがじゃ! まるで貴様の分身のようなどうしようもないヤツに成ってしまった! 『その所為であんな』……!」
「おやおや。ようやくあの子を『息子』と認めるのかい?」
「ッッッ…………はよぅ我らの前から消えろ! 塵芥め!」
「へいへい。あ、玲ちゃん。繭『ちゃん』にまた会ったら用があるから神社来てって伝えといて。避けられててさ」
「あ、はい」
ヒラヒラ手を振りながら糸奇さんはその場を去ってゆく。
年上で昔からの付き合いとは言え、繭さんをちゃん付けで呼べる存在は少ないだろう。
というか、避けられてるのに会いに来いってどういう意味? 私には理解出来ない暗号かも。
本当、ここまで何しに来たのだろう。
暇じゃ無い人なのに。




