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……、……ついでだし と。


丁度見たいジャンルの絵本を数冊持って行こうと、少し歩いた先にある目的の本棚に到着。


「あら」


偶然にも、そこには顔見知りが居た。

厳密に言えば、顔見知りなんて『浅い関係では無い』のだが、それは『本人は知らない』だろう。


「何読んでるの?」

「ふぇ?」


その子は地面に絵本を置き四つん這いの体勢で読み耽っていたが、私の呼び掛けに顔を上げた。

サラリと揺れる長く綺麗な白銀の髪と、無垢で愛嬌塗れな顔立ち。

同時に、見慣れた私ですらドキリとする妖艶さもあり、なのに釣り合わないその無防備さ。

ひょんな事で連れ去られてもおかしくない目の前の小動物な存在に、溢れる保護欲を何とか抑えつつ、しゃがんで相手の目線に合わせて。


「ああ、ごめんねろう。邪魔しちゃったかしら」

「あっ、れーねー(玲姉)」


私だと認識した途端パッと綻ぶその表情に、思わず抱きしめそうになる。

ガキは嫌いと言った。

が、目の前にいるお妃様(男の子)だけは例外。

このテーマパーク最高責任者であるグラヴィさんの息子で。

あの竜が何よりも優先し愛する存在。

そういう意味で言うなら、ある意味瓏がここで一番偉い存在かもしれない。


「私だって、すぐに分からなかった?」

「うん。だって、ここからじゃ、かおがみえなかったから」


……『胸で』遮られて、か。

今回に関しては瓏に落ち度は無いし、無自覚な発言だろうが、この子は既にむっつりな気がある。

よく、私や猫仔の大きな胸を目で追ってたりするし。

性に関しては(女の子にしか見えないけど)男の子だから仕方がない部分もあるし瓏に限っては全く不快感など無いのだが……女好きは『血』だな。


「で、何の本読んでるの?」

「れーねーの」

「またそれ?」


絵本の主人公は【竜の子供】。

ひょんな事から『過去にタイムスリップ』してしまうが、

若き日の知人や母に励まされ叱咤されながら、

未来に戻る方法を探っていき、

弱気だった子供がたくましく成長していく姿を描いた……そんな内容だ。


絵本の作者は、一応【私】で、これは処女作でもある。

【竜の子供シリーズ】として何冊か出してはいるが、絵本作家、と堂々名乗れるほどの自信はまだ無い。

更には絵がそこまで上手くなかった頃の作品なので、こうして目の前で読まれるのは恥ずかしくもあって……。


「というか、その本は新しいのプレゼントしたでしょ。わざわざここで読まなくたって」

「んー。よむたびに『かいしゃく』がかわるから、あきない」

「そんな深いテーマは盛り込んで無いんだけど」

「ろう、このほんすき。——ふわっ?」


我慢しきれず抱え上げて抱き締めてしまった。

この子はいつも私の絵本を手放しに褒めてくれる。

なんて透き通った子なのだろう。

一点の濁りも無い奇跡のような存在。

グラヴィさんが、この子が変な影響に染まらぬよう過保護になってしまう気持ちも分かる。


「わぷっ……くるちぃ……」

「ああ、ごめん」


ダメと分かっていても会う度に抱き締めてしまう。

私の胸で潰されていた瓏の顔は真っ赤。

それが息苦しさが原因、で無いのは知っているが。


「ぷふぅ……そ、そいえばれーねー。さっきから『うしろにいる』ひと、おしりあい?」

「後ろ?」


振り返った先で、ニタァ……と笑っていたのは……ツインテ幼女。


「……あなた、まだ何か用事?」

「ふふん。おもしろそうなにおいがしたからきたー」


このガキ。

兄みたいな事言いやがって。

折角の瓏との時間を邪魔され、イラつきを隠そうともしない私。

しかし幼女にそんな人の機微など察せられる筈もなく。


「なによんでるのー?」

「ふえっ? え、えほん」


やたら目に引く存在な瓏に絡み始めた。

この子は人見知りでガツガツ来る奴は苦手だというのに……。


「あっ、どらごんだー。そーいえばきのう、ここのどらごん、ならんでみたよー」

「そ、そう? どうだった?」

「おっきくてかっこよかったー」

「だ、だよね。ぼくの、じまんの、ままだから……」

「ままー? なにいってんのー?」

「ぼ、ぼくは、あのひとのむすこなの」

「うっそだー! ひゃっぽゆずって、こどもってのはわかるけど、むすこってのはうっそだー! きみおんなのこでしょ! むすめだよ!」

「ふえええ……こ、こどもってぶぶんは、しんじるの……?」


瓏は現在三歳。

この頃の男女は見た目の性差も無く女の子っぽい男児など珍しくない。

それを差し引いても……瓏は暴力的に可愛すぎるのだ。

美少女コンテストに出せば無双は不可避で。

自信満々なジュニアアイドル達にトラウマを残すであろう結果になるのは想像に難くない。


「そんなにおとこのってゆーんならっ、ちんちんみせろちんちんっ!」

「んにぁああっ、れーねーっ」


瓏が私の後ろに隠れた。

かわいい。


「おとこがおねーちゃんのうしろにかくれるなー! そのこをひきわたせー! ちんちんみせろー!」

「目的が入れ替わってるじゃない。これ以上いじめるとグーで殴るわよ(シッシッ)」

「かほごだー! けんりょくにはくっしないぞー!」


このガキは一体何がしたいんだか。

……バサリッ。

と、ピョンピョン跳ねる幼女の服の中から、本が一冊落ちて来た。

どこからくすねて来たのやらと落ちた本に目をやって……『ゾクリ』と肌が粟立つ。


「あんた、それ、どうしたの」

「んー? なんかみためかっこいいからもってきたー」


真っ黒な本。

タイトルも書いておらず、表紙にあるのは『閉じた瞳』のイラストだけ。

そして、瞳の横には『桃色の判』が押されてある。

桃色の判。

この大魔道図書館には禁書があると前述したが……判が押された本はまさに【ソレ】。


「いい? あなた、一歩も動かないで。瓏は私から離れないで」

「なんでー?」と首を傾げる幼女に、「そういう遊びよ」「わかったー!」


ソロリソロリと本に近づく私。

判は、赤緑桃金白の順に危険度が上がっていって。

脅威が一番下な赤判ですら、『半日で街から人だけが消えた』なんて逸話を聞くほどに問答無用。

海外の名高い魔術士集団でも、赤判レベルの書物で全滅させられたとかなんとか。

その二段階も上な危険度の桃判魔道書。

私ですら、緑判の禁書フロアに行ったのが最高で、行くのにも特殊な段階を踏まないと行けないのに。

この幼女はどうやって持って来たんだ? ……なんて、考える余裕は無さそうだ。

どんな刺激で本が『発動』するか分からない。

私が『力』を使えば反応する可能性もある。

ベストは、このまま静かに拾い上げ、受付の司書に『処理』して貰うか、怪物園の知り合いに来て貰うか、まだ近くに居るであろう繭さんやドライブ中の兄に連絡するか。


どうか……このまま……何事も無く カパッ


「あれー? ほんがかってにひらいて……わっ! ういたっ!」


ふわふわと私の目の高さにまで浮上した禁書は カッ! と表紙の目を開かせて。

ジロジロ、私達を品定めするように眼球を動かす。

その目の動きも止まり ジャギン!

開かれたページを埋め尽くすようにビッシリ生えて来る無数の棘山。

まるでペンギンの口内のような、トラバサミのような、鋭いヤスリのような歯。

明らかな敵意。

見た目はただの雑魚モンスターだが……油断は出来ない。

目の前の物体は桃判禁書……『半日で国を消した』実績を持つ本だけが貰える判子だ。


——ギュン!


こちらに飛び掛かって来る禁書に、


「『 止 ま れ 』」


私は 力 を発動。

命じた通り、ピタリと静止する禁書。

私の力は単純で、『モノに命じる』というそれだけの能力。

命じた言葉は 人、動物、無機物 に有効。大抵の一般人ならば『今の私でも』服従させられるが——。


グググ……ガバッ!


やはり禁書。

数秒だけの拘束が限界。


「チッ」


四の五の言ってる余裕は無い。

頭の【王冠の髪飾り】に手を伸ばす私。

力を解放すれば流石にもう少しは拘束出来るはず。

だが、細かい調整を出来ないのが難点。

もし、本来の私が『止まれ』と口に出せば……このフロアにいる一般人を巻き込むだろう。

簡単に言えば、皆の『心臓が止まる』。

まぁその辺は気にしなくていい。

瓏には効かないし、他は後で兄に『戻して』貰う。


——手に触れる王冠、これさえ外せば…… ギンッ!


「っぅ!」


しまっ……

禁書の瞳に睨まれた瞬間、逆にこちらの動きを『止められた』。

このまま……では……

大口を開ける禁書。

そのまま、私の顔面を噛み砕く勢いで————


メリッ


……勢いで、真下の床に、豪快にめり込んだ。


フリーフォールのように、垂直に落下した禁書。

まるで重い鉄球で押し潰されているが如く、今もメリメリミシミシと床が悲鳴をあげる。


「れーねーに、おいたしちゃ、めっ、よ?」


顔は見えないが……私の後ろに隠れた【魔王の子供】が、少し冷たい声色で、禁書に注意する。

瓏は特別な事はしていない。

ただ『睨んで』いるだけ。

しかし、竜が睨むという行為は、それだけで『破壊』に等しい。


【竜の暴圧ドラゴンプレス


蛇に睨まれた蛙、では無いが、竜の眼圧は、それだけで対象の身を物理的に縮こませられるのだ。

危険な禁書が、三歳児に、生殺与奪権を握られている。


「もう、へんなことしない?」

「……(パカパカ)」

「わかった。おいで」


睨みを解かれ自由になった禁書は、しかし不意打ちするでもなく素直に瓏の手元に収まり、静かに本を閉じた。

もう動きそうな様子は無く、同時に、私の動きも自由になる。


「これでいい? れーねー」

「え、ええ。ありがとね」


私に向ける瓏の笑顔はいつも通り。

考えれば、普段から怪物園の連中や従業員を遊び相手にしてキャッキャする瓏だ。


禁書など落書き帳同然だろう。

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