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【前前前日譚】


ガチャ。

下駄箱を開けると、いつも通り、ドサリと色んな物(手紙やら小包やら)が溢れ落ちてきた。それを下に広げてあるゴミ袋で受け止める。


「あ、これお菓子か何か?」

「拾うんじゃないわよネコ。何入ってるか分かったもんじゃない」

「小腹すいたー」


唇を尖らす猫仔ねここ

昇降口からの風で、ロシアンブルーのような灰色ショートカットがサラリと揺れる。

常に眠そうでやる気のない雰囲気を隠さぬこの子が『感情を見せる』対象は基本【あいつ】だけ。私の妹……みたいな存在。


「全く。なんで私がゴミ処理までしなきゃなの。教師は入れた奴らを指導しなさいよ」

「接着剤で塞げば。それか中身放置するとか」

「接着剤はやったら怒られたし放置はモノによっちゃ腐るからダメなんだって。知ったこっちゃないっての」

「モテる女は大変だ」

「あんたもそれなりに、でしょ」


どうも私達は学園の【四大美女】などと呼ばれているらしい。

それを友人に聞いた時、そんな漫画みたいな話本当にあるんだな、と、他人事のように呆れたのを覚えてる。


「あんたは下駄箱の対処どうしてんの?」

「入れっぱだからわかんない」


猫仔が自分の下駄箱に視線を向ける。

 今にも溢れて破裂しそうな程にパンパンだ。

隙間から謎の黒い汁も漏れていて、下の下駄箱の人がかわいそうに思える。


「いや怒られるでしょ。教師はどうでもいいとして、学校から【あいつ】んとこに連絡行って家でネチネチ言われるのが私は嫌なんだけど」

「狙い通り。【あの人】、ダメな子ほど可愛いって撫でてくれるし(ぽっ)」

「歪んでるわねぇ」


私達は別の袋に入れていた外靴を取り出し、空いた袋に内履きを入れる。

 こうして手元に無いと確実に『紛失』するのだ。

いい加減持ち帰りが面倒くさくなって来たので、近々学校のスリッパで過ごそうかと検討中。

ズラリ――――

顔を上げて昇降口から外に目をやると、「はぁ……」 いつもの光景に自然と息が漏れた。

 まるで卒業式に見る花道のように人が並んで私達を見ている。

我を忘れたような血走った眼光。


「二人とも遊びに行こう!」「ご飯食べに行こう!」「見せたい風景があるんだ!」「炭火焼肉に行こう!」


何がこの者たちをこんな行動に掻き立てるのか。


「サライ流してほしい」

「どこに向かうつもりよ……ったく。――『消えて』」


直後  サーッと、綺麗に形成されていた花道が解散する。

皆私達から『興味を無くして』くれたようだ。

昇降口から抜けつつ、猫仔は抑揚のない声色で、


「レイのそれ、相変わらず便利な『チカラ』だねー」

「あんたも『似たような事』出来るでしょ」

「ネッコのは『破壊専門』だから」


言いつつ、猫仔が遠くに見えるグランドに手を伸ばし、パーにしていた手をグーに、ギュッと握ると……

メギメギッ!!

頑丈なパイプで出来たサッカーゴールが、クシャクシャに丸めた紙の様にコンパクトに折り畳まれた。丁度部活時間だったサッカー部がポカンと立ち尽くす。


「いや、やる必要あった? 今」

「ネッコのストレス発散に必要だった。少しスッとした」


危ない思想の妹め、誰も見てなかったから良かったもの。

いや。

 誰が見ていようと妹の所為などという証拠は見つけられないだろう。


「早く帰ってあの人にナデナデして貰うー」

「気まぐれね」


まるで猫。

『拾った飼い主』には同情する。いや、飼い主もまともじゃなかったんだ。


「そういえば何故だかふと、焼肉が食べたくなったわ」

「さっき誰かが言ってたから。行けば? さっきの人達と」

「私が気心も知れないどこぞの野郎らとメシを食うわけがないじゃない。高級肉でも不味くなるわ」

「我儘。どちらにしろ焼肉、ダメ。制服が煙臭くなる」

「変なとこでまともよねアンタ」


――――キィ。


校門を抜けた私達。そ

 それを見計らったように、眼前に車が止まった。

可愛らしいMINI。

 やれやれ、またナンパか? と辟易したが……

ピンッ と、猫仔の『猫耳が立った』のに気付き、

まさかと思い運転席に目をやると……


『やっほー』


とでも言いたげに、【そいつ】は窓越しに親しげに手を振っていた。

他の奴ならばそのままスルーだ。

 が、【こいつ】の場合スルーは『経験上不可能』で。

そして【こいつ】の場合、私達に対してそんな馴れ馴れしさが『許される』。


「ニャ! ニャ! (カリカリッ)」

『ゴラァ! ドア引っ掻くんじゃねぇクソ猫! 新車やぞ!』

「ここヒネって開けるのよ」

「(ガチャ)ンニャー!」

「っとっと」


 猫仔の強烈なタックルも軽々しく受け止めた運転手は、クルリと器用に隣の左座席に座らせて。


「さっ、ドライブデートしようぜ。はよの玲玲れいれい

「次そのくだらない洒落言ったらボンネット凹ますわよ」

「地味に嫌な報復やめろ」


後部座席に乗り込む私。

新車の車特有のシートの香り……と、【こいつ】の惑わせるような香り。


「おや? 玲ちゃん、なんか僕ら注目されてね?」

「気にする事ないわよ。早く出発して」

「学校のマドンナ二人が謎の男の車に乗り込む……スキャンダルだねぇ。相変わらずのモテっぷりに『パパ』鼻が高いよ」

「早くっ(ドスッ)出発っ(ドスッ)しろっ(ドスッ)」

「後ろから座席蹴んじゃねぇ! 足跡付いてたら山奥に置いて帰んぞ!」


走り出す車。

 行く先は分からない。


「君達は『普通の人間とは違う』からねぇ。目を惹く見た目もそうだけど、香りやらオーラやらが魅了チャームとなって広がるから、耐性無い人間は正気を失うんだ」

「今更何の説明? 知ってるわよ」

「そんなチャームも、お兄には敵わないニャー。今も頭がクラクラー」


その言葉を私は否定しない。

 年々、こいつが成長していくにつれ、その魅了の力は増している。

 側に居る私達ですら、この蠱惑的な芳香に『持っていかれ』そうに。

私は気つけに軽く頭を振り、


「で? それよりいつの間に免許なんて取って車も買ってたの。サプライズのつもり?」

「一八になったからねぇ。車運転出来る男はそれだけでステータスだ」

「お兄かっこいー」

「わはは、こやつめ」


助手席を倒して仰向けに寝転がり――クルリと身体を度回転させ脚を後部座席側、頭を進行方向側に――ゴロゴロする猫仔を、運転手は空いた左手でワシャワシャする。

いや、両手で運転して欲しいが。

【運転手】。

免許取り立てだというこの一八歳の男、しかしその見た目は私達と同年代にしか見えぬ美少女で。

 三つの歳の差も感じさせぬその童顔は、三人で街を歩けば誰もが女子のグループと勘違いする。

 学園で持ち上げられる私達だが、そんな私達より遥かに可愛らしく妖艶さも併せ持つその顔立ち。

決して、身内贔屓では無い。

 そして重要なのが、この男は、私達姉妹の【保護者】。

この男に、私達は『拾われ』、養われているのだ。

今まで不自由を感じた事がない程度にそれなり(以上)の収入もあるらしい立派(?)な社会人。

 私達はこの男を『兄』と呼んでいる。

便宜上の呼称で、血の繋がりは無い。

 三人、全員。

それでも、私達三人は『長い時間』を共に過ごして来た。

 家族としての繋がりは強い。

現に。


「あー、んにゃぁ……(カプカプペロペロ)」

「毎日人の手なりを噛んだりザラザラの舌で舐めたり、飽きないねーネッコ」


血の通ってない人形のようだった猫仔は電池を入れたように活発になり、一方兄は慣れたように構っていて。

 学校の生徒が見たらまぁ驚く光景。

本来、猫仔は猫のようにパーソナルスペース(他者を許す距離感)が狭い。

心を許さぬ者相手には1メートル以上近寄らせることはなく。

それこそ『力』を使って磁石のように反発させるほど。

が、この兄相手だと真逆で、磁石のように引き寄せるほどで。

心を許してるだとか信頼してるだとか家族愛だとか、そんな生温い言葉では表せぬほどの心酔&信仰よう。


 その証左は、今の醜態以外にも『猫耳が見えている』状態からも見て取れる。


【猫耳】。

カチューシャや髪の癖毛のような、そんなファッション的な意味で無く、猫仔には赤子の時から名の通りの猫耳がある。

普段は『パーク従業員』に教えられた『魔術』で隠しているが、興奮したり落ち着ける家族の前だったりという状況で戻る。

突然変異や頭部の皮膚の異常……そんな常識で説明出来るソレでは無いのだろう。

そもそも猫仔は『人間ですら無い』のかもしれない。

まぁ、私達家族にとってそんな事実は『どうでもいい』事なのだが。


「で、どこに向かってんの? 割と『見慣れた外の風景』だから大体予想はつくけど」

「今から高級炭火焼肉のお店に行くんだよ」

「仕方ないにゃあ」

「あんたさっきと言ってる事違うじゃない。てか、校門での会話聞いてたんでしょ? 相変わらずの地獄耳ね。……ま、行くなら付き合うけど?」

「まぁ焼肉は冗談。目的地は『あそこ』さ。行きたい気分じゃなかったかい?」

「焼肉に傾いてたのに……まぁ『そこ』に用あったのも事実だし都合が良いのは確かだけど。つかそれなら一瞬で移動出来る【ポータル】使った方が早いでしょ」

「分かってないなぁ。デートも旅行も目的地への道中が一番楽しいってのにねーネッコ、僕と長く居られて嬉しいでしょ?」

「にゃあ(猫撫で声)」


頭空っぽな兄妹だ。


――車は予想通り港に着き、そこから長い橋を渡って……


いつもの島に到着。大型テーマパーク【プランテーション】。

文字通り『知る人ぞ知る』、縁がなければ入園すら許されない異色の複合娯楽施設。


「ここでいいの玲ちゃん?」

「ええ」

「そ。じゃ、このまま僕らは島をドライブしてくるね。あ、その前に……こっちゃこい」

「ええ……」


まぁ、どうせごねても逃さないだろう。

 運転席から両手を広げて待ち構える兄を、抱き締める。

 一日一回、特にルールでも無いが、何となく毎日やって来た習慣。

猫仔は一回どころじゃないけど。


「はぁ。海外ドラマの家庭じゃないんだからさぁ」

「いいの。ふんふん、少しプニプニ感増したね?」

「口に出すなボケ」


抱擁を解き、すぐに離れる。


「じゃ、今度こそまたねー」

「んみゃー」

(さっきからずっと)兄の首に抱き付き耳をカプカプしながらついでに私に手を振る妹。

そのまま車は再発進し、離れて行った。


くっつきすぎな【妖怪アカ舐め】の所為で事故らなければいいが。

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