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目の前には湖がある広がっています。
神の湖【龍湖】。
龍湖の名はここから付けられたと言います。
そしてここが、神が住まう聖地。
「か、神は特別な儀式の日にしか顔を出しません。やはり今日は……」
「大丈夫。巫女の目を治したり空を朝にしたりと余所者にこんな好き勝手されてんだぜ? ここで顔出さなきゃ『逃げた』みたいなんもんでしょ。
――ねえ?」
寵さんが湖にそう投げ掛けると……ユララ……水面が揺れ始め。
揺れは次第に大渦をうみ……ドッパーンッ!
噴水のような巨大な水柱が立ちました。
陽に照らされ水飛沫が虹色に煌き――――その先に、お姿を現した【神】。
「……。貴様、ワシがどのような存在と理解した上での狼藉か」
神はお怒りです。
連動するように湖が波打っています。
「おっ、喋れるんだ、なら話が早い。ふんふん、ホントに日本にはまだ『水龍』がいたんだね。このまま『園まで連れて帰りたい』とこだ。良い見世物になる」
湖を埋め尽くしそうな程に長い胴、荘厳な顔つき、巨大な手と鋭い爪……まさに龍と呼ばれるに相応しい様相の神。
この方が二百年ほど前、旱魃していた村を救って下さった救世主、【りばいあ様】。
まさか出て来て下さるとは思いませんでした。
「話の通じん猿めが。去ね」
りばいあ様の周囲にいくつもの水球が浮かびます。
それが、鋭い氷柱の形に変化して……ま、まさか! 寵さん目掛け放たれました!
ドドドドドッッ!!!
氷柱は地面に深く突き刺さります!
寵さんは……居ま、せん?
「成る程、分かっちゃいたけど水を操る能力か」
「……ふん。ハエのようにちょこまかと」
寵さんは、いつの間にか龍湖の隣に居ました。
にやり、りばいあ様に向ける表情は不敵です。
「貴様、何者だ? どこぞの霊術師かは知らんが、どこでワシの事を知った」
「いや? 知ったのはこの村に来てからだよ。『もっと有名な』妖怪なら、僕の耳にも入るんだけどもね」
明らかな煽りに、りばいあ様は目を細めて。
「ワシを妖風情、だと? よほど死にたいらしい。光栄に思え。その望み、叶えてやろう」
ポコ、ポコ、ポコ、ポコ……。
気付けば、龍湖と寵さんの周囲には先程より多くの水球が。
「これは躱せまい。『氷陣 五月雨雪花(ひょうじん さみだれせっか)』」
流石に今回は逃げ場はありません。
千をゆうに超えるであろう氷柱が、四方八方龍湖達を囲み、一斉に襲いかかります。
その刃は、隣に居る龍湖をも貫くでしょう。
けれど、龍湖に恐れはありませんでした。
龍湖の人生は、最後に、寵さんによって満たされたのですから。
「寵さんっ」「わぷっ」
しかし、それはそれとして。
咄嗟に、龍湖は寵さんに覆い被さり盾になります。
せめて恩人である寵さんだけでも、と。




