19 --二日前【後編】--
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寵さんに触れられた瞬間、顔が熱くなった。
それは恥ずかしさとは別の、何かを『イジられた』感覚が原因で。
「さ。目を『開けてみて』」
彼の……寵さんの言葉の意味が分かりません。
開ける事自体は出来ます。
龍湖は普段目を閉じてると言っても、洗顔等で目を開く場面が無いわけでもなく。
ですが何故、今、何の意味で?
それより今は、急に元気になったお婆ちゃんの心配を……、……
…… 不思議な感覚に、ふと気付きました。
龍湖の閉じた瞼の外から、淡い光が染み込んでくるのです。
普段感じる気とはまた別な、温かさの混じった光。
まるで眼前に灯籠があるような。
目の周囲が熱い。
まるですごい速さで血が通っているような。
「ほら、あくしろよ」
頬を両手でペチペチ叩いて急かす寵さんに従うように、ゆっくり、瞼を開くと――――
「綺麗」
意図せず、口からそんな言葉が漏れました。
飛び込んで来た『色』。
さらりと揺れる銀の長髪は蠱惑的な香りを漂わせ。
幼さと艶めかしさで色付くは頬の肌色で。
全てを見通しそうな金色の瞳は捕食者の頂点を思わせるほどに鋭く煌めいて。
小さく形も良くさくらんぼの様な可愛らしい紅の唇から紡がれる澄んだ声色には誰も抗えぬ魅了の力があって。
それら全てを、彼の持つ灯籠の橙が優しく包んでいて。
凡そ龍湖の語彙では綺麗としか表現しきれない、そんな方が、龍湖に妖艶に微笑んでいます。
『目が見えている』事実など瑣末と思えるほど、暴力的な美。
鳥のヒナが初めて見た相手に釘付けになる刷り込みのように、目が離せません。
こんな方が、龍湖とさっきまで同じ布団で寝ていたのです。
感じる畏れ多さ。
気の流れではこの方を男性と疑いませんでしたが、今では自信がありません。
「見えてるでしょ?」「え、あ、はい」「そ、そうなのかい龍湖!」
振り返った先にいるお婆ちゃんに、呆然と頷く事しか出来ません。
久し振りに見るお婆ちゃん。
恐らくこの人はさっきまで随分と老け込んでいたのでしょうが、今見ているお婆ちゃんは一〇年前に龍湖が視力を失う前に見たお婆ちゃんと何ら変わりません。
元気な頃のイメージのまま、龍湖を見ていました。
「積もる話もありそうだけど、龍湖、先に行くとこ行くよ。ほら、逆に目が見えて歩きにくいだろうから手繋いだげる」
「い、行くって、どこにですか?」
「んー……言うなれば。この村を『潰しに』?」
――そんな物騒な事を平然と言いながら。
寵さんは龍湖の手を引き、玄関にて「長靴と傘借りるよー」と、まるで散歩に行くように軽さで外に出ました。
当たり前のように降る、雨。
この目で確認するのも随分久し振りです。
夜中なので、当然、外は暗いまま。
「このままだと足元危ないなぁ。えいっ」
パチンッ。
寵さんが指を鳴らすと――『朝になりました』。
「え」 間抜けな声を漏らす龍湖。
理解が、追いつきません。
雲が消え去り、青空と太陽が顔を覗かせます。雨は降ったままですが。
「『狐の嫁入り』って言うらしいね、天気雨のこと。じゃ、早速案内して貰うよ」
訊ねたい事が多すぎます。
けれど、今は彼の目的の方が重要な気がしてなりません。
「あ、案内って、どこに?」
「君ンとこの神様ンとこ」




