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「本当に。こうして再びお会い出来て、あの時果たせなかった背中流しも出来て。龍湖は満足です」
「さいですか」
お風呂タイム終了。
お互い身体を拭きあった後は、
いくつもマットが敷かれた大部屋仮眠室でゴロゴロ。
「龍湖ー、膝枕耳かきしてー」
「仰せのままに」
マイ耳かきを龍湖に渡し、正座する龍湖の太ももに仰向けに倒れ込む。
すげえ……乳が邪魔で龍湖の顔が見えねぇ。
龍湖は僕の耳の中見えるんだろうか? と心配になったが、コリコリとピンポイントに気持ち良い所を攻めてくるので大丈夫のようだ。
「昔、母さんが龍湖にしてくれたのをふと思い出しました」
「ああ、そうだよ。折角『戻して』あげたのに、僕んとこ来るより先にもっと親子の時間を満喫しなよ」
「良いんです……母さんからも『行って来い』と背中を押されましたので。『初めて聞く声』で」
「ならいいけどさ」
聞くに、あの村の人々や雨宿系は、もう暫くはあの場に住み続けるらしい。
色々あった場所ではあるが、愛着もあるのだろう。
別に僕にはそこに口を出す権利も出す気も無い。
「いずれは、お婆ちゃんと母さんもお礼の挨拶に伺うとの事です。なので、今後こそ寵さんの連絡先を聞いておきたいのですが」
「別に良いけど。なら君も携帯の……ってあるわけないか。しゃーない、後で園内のスマホショップ連れてこう」
「ありがとうございますっ。これでいつでも繋がれますねっ」
「いつでもは繋がないけどな」
てか、あの村スマホ使えないな。
どうするつもりだ。
「あと、出来れば、寵さんのお母様にもしっかりご挨拶して、認められたいですね……」
「やめとけやめとけ。話し掛けても無視されるだろうし、そもそも僕相手にすら耳かき一回しかした事ない母親失格だぜ?」
「やって貰えたんですね……その姿が想像出来ませんが」
「あ、もしかしてあのドラゴンの姿想像してる? 別に、あの人普段人型だからね。成ると威厳ゼロになるけど」
「な、成る程……でしたら、臆せず挨拶出来るかもですねっ」
威圧感は変わらんけどもね、なんて現実は今は黙っておこう。
後のお楽しみって事で。
「……うん? ああ、噂をすれば何とやらだ」
「え? どうかしたんですか?」
『時空』の微妙な変化の予兆。
これを感じ取れるのは、ごく一部の連中だけだろう。
それからすぐ、
膝枕されたままの僕の正面に【黒い穴】が空間を裂くように音も無く現れ――
中から二人、顔見知りが出てきた。
「あ? なんじゃ貴様、風呂屋に居たのか」
一人は銀のフリフリドレスを着た銀髪の少女……に見える人と、
「あー、にーっ」
幼女にしか見えない僕の弟。
名残惜しいが僕は膝枕を後にし、体を起こしてトコトコ駆け寄って来た弟を受け止める。
「おー瓏ちゃんどうしたの? お兄ちゃんはデート中だからママンでもイジメて暇潰してなさい」
「やっ」
首を振る弟。
我儘な奴だ、誰に似たんだか。
「我を見るな」 アンタしか居ねえよ。
「えっと……お取り込み中すみません。急に、その二人が現れたように見えたのですが……いえ、それは瑣末な事ですね。えと、その女の子……じゃなくて、その子は確か、寵さんの弟さん、でしたよね?」
「そ。瓏ちゃん、挨拶しな」
すると瓏はサッと僕の後ろに隠れ、少し顔を出して巨乳お姉さんを見上げ。
「き、きさき ろう です」
「あわわ、なんて保護欲を誘う愛らしさでしょう……こ、こんにちは。雨宿 龍湖です。よろしくお願いしますね?」
挨拶を返され再びサッと隠れる瓏。
「ぅぅ……嫌われてしまいましたかね?」
「いや、そんな事無いよ。瓏ちゃんは僕と同じで巨乳の女の子が好きだから恥ずかしがってるんだ。多分母親が貧乳な反動だべなぁ」
「殺すぞクソガキ」
クソガキな見た目のフリフリドレスが視界の外からうるさい。
「それで……もうお一人の、このお嬢様は? あ、もしかして、糸奇さんが仰っていた妹さんですか?」
「んーん。【ママン】」
「……」
「さっき見たドラゴンことグラヴィ・ドラゴ・クイーンだよ」
「我の真名をぺらぺらと漏らすな」
「息子なんだからええじゃろがいっ」
「我の子はそこの瓏だけじゃっ」
「うーんこのネグレクトマミーと来たら。てな感じで、この人はママンだよ」
「な、成る程っ。この方がグラヴィ様……! あ、あのっ。雨宿 龍湖と申しますっ。寵さんには大変お世話になりまして……それこそ返し切れぬ程の恩がっ」
「――で、貴様、一昨日は何故事前に連絡も無く勝手な外泊をした?」
あ、露骨にスルーした。
こういう失礼な母親だとは前以て説明してたけど、龍湖はガーンとショックを受けている。
「そういう気分だったの。てかこちとらもう一八の立派な大人の男だぜ? いい加減子離れしてくれよ」
「だ、誰が子離れじゃっ。我はどうでもよいが、貴様がおらんせいで瓏がグズって大変だったのじゃっ。今後は勝手な行動を慎めっ」
「母親のツンデレとか誰得だよ……あ、そうだ。そいえば繭さんにオモチャ頼んでたでしょ? 今渡すよ」
「知らん。瓏、今からこやつが遊び相手をしてくれるそうじゃ。構って貰え」
「にーっ」
「丸投げしやがったなクソババアッ」
まぁしかし、家族の時間も大切なのは事実。
桃源楼の繭さんから貰ったカードゲーム――出したカードに描かれた絵が3Dのように浮き出てカード同士でデュエられる――を龍湖と瓏の三人で遊んでしばしの時間を過ごした。
その間、ママンはただ眺めてたり欠伸をしたり寝てたりとダラダラ。
檻の中と違って不愉快そうな空気は漏らしていない。
「うー……(テレテレ)」
「おや? 瓏ちゃんどうしたんですかね? 時折モジモジしたりして」
「ああ、それは……ふむ。龍湖、瓏ちゃんにぃ(ヒソヒソ)」
「え? はい、かまいませんよ。――えいっ。瓏ちゃんギュー!」
「ふ、ふえええええええええ」
「瓏ちゃんいい抱き心地ですねぇ。小さな寵さんのようで可愛らしいです」
「んぁ? ハッ! ゴラア! 貴様ら瓏に何をしとるんじゃ!」
「ふふん。浴衣の隙間から覗く生乳、湯上がりのいい香りとしっとりな髪の毛。これにモジらないやつはショタだろうが男じゃないからね」
「知るか! 瓏に変な影響を及ぼすな!」
「何でも制限すると瓏ちゃんが碌な男にならないぜママン。瓏、こんなふうに綺麗な巨乳お姉さんを好きにできるカッコいい男になりたいだろ?」
「な、なりたいっ」
「よく言った、それでこそ王たる妃の男だ。そもそも女の子にモテル男というのはだね」
「ええい耳をふさげ瓏っ! というか瓏を離せ!」
そんなバタバタしつつ、瓏がお兄ちゃんお姉ちゃんに構って貰えて満足したところで、僕らは温泉施設から出る事に。
「全く。で、この後どこに行くつもりじゃ」
「気になるの? 【神様】んとこだよ。付いて来る?」
「ウゲェ……誰が行くか【あんな奴】のところになぞ。瓏に悪影響しかない。はよう消えろ」
勝手に現れといて勝手な親だ。
色々騒がしかったが、身体も清め終わった所で。
着いた先は――蓮の花が咲き乱れた池が五つある――大きな庭園。
「さて。君にはウチのママンなんかより先に挨拶しとかなきゃならない相手がいたんだ」
「そんな方が……? どちらにいらっしゃるのですか?」
「すぐ近くの神社でダラダラしてるよ」
「神社……?」
キョロキョロと周りを見る龍湖だが、見つからない様子で。
「ほら、そこ」
龍湖の手を握り、正面を指差す。
「え? ――え」
顔を上げた龍湖が、驚きでポカンと口を開けたままに。
彼女には、突如として【長い石段】が現れたように見えたろう。
庭園しかないと思われたテーマパークの隅。
そこは『縁』が無ければ踏み入る事すら出来ぬ『神域』。
「こ……これも、結界ですか?」
「結界なんてチャチなもんじゃない。言うなれば『別世界』? 結界はさ、『来る者拒み入れば逃さぬ』が本質だけど、アレは『来る者拒まず入れば持て成す』な優しい領域でね。逆に怖いだろ?」
頷く龍湖。
既に、あの石段から……そしてそれに続く先から漏れ出る異質な雰囲気を感じ取ってる事だろう。
「と、その前に」
僕は手に持っていたビニール袋を掲げる。
「それは?」
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