49
ガチャ 「おー? 何やら久しぶりに一家で和気藹々してるね?」
と。部屋に入って来たのはパパンだ。僕がここに居る事に、一切の疑問も無さそうないつもの表情。
「起きたんだ篭ちゃん。倒れたって聞いておばぁが家に連れて来た時はびっくりしたよ」
「ほらパパ。糸ちゃん、篭くんの手握ってるよー」
「おー。やっぱり『そろそろ』なんだねー」
ほのぼのした夫婦の会話。まぁ、前述の通り鋏さんは僕の母親ではないのだが。
この家にはパパンの奥さんが『二人』同居している。言うまでもなく、もう一人はまだ未登場な僕のママン(健在)。
経緯や過去は知らないけど、母親二人は仲が良く、パパンを醜く取り合う事も無く、それぞれ子供を一人産み、一つの家で暮らしている。
改めて考えたら、控えめに言っても倫理的に歪んでる家庭だと思うが、この魅力的なパパンが奥さん二人で『済んでいる』のは奇跡的かもしれない。
「パパン、そろそろってのは?」
「糸ちゃんが『目覚める』のが」
「え」
その僕の返答には、喜びと、困惑と、拍子抜けなさが混同していた。僕はてっきり、
「てっきり、これから『篭ちゃんが糸ちゃんを目覚めさせる為に奔走』すると思ってたかい?」
「まぁ、そうだね。でも何で分かるの?」
「『本人がそう言ってる』からだよー」
「……鋏さん、イーちゃんと会話出来ると? それも『神の力』?」
「まーねー。会話というか、通信?」
今更だが、実は鋏さんは神通力を使える『元神様』で……って話をしたら脱線するので今は置いといて、
「イーちゃんはただ、眠ってるわけじゃないの?」
「みたいだね。体はここにあるけど意識だけ『別の場所に居る』感じ? 異世界転生じゃなく異世界転移モノってやつさ」
「異世界に居る、ってだけなら、テーマパークの総力を上げたらそこに行けるんじゃないの?」
「んー、それがねぇ、事情が特殊でねー。確かに大抵の異世界ならテーマパークの豊富な人材や道具でどうにかなるけどー、厄介なのが、『あの時』にその行動を起こしたのが『暴走篭ちゃん』と『神の力を受け継いだ糸ちゃん』なのがねー。そんな才ある若い二人が『協力』したら、私達ごときじゃあどの異世界に行ったか捕捉も出来ないわけよー」
協力……その言い方じゃあまるで、イーちゃんが『望んでこうなった』みたいな……でも、あの子の性格を考えたらあり得そうでもある。僕が協力した理由は謎だけど。
それに、その協力という話が事実なら、僕も救われる。
当時の僕が、実は姉が嫌いだったのか? とか、心のどこかで僻んでいたのか? とか考えてしまったから。
しかし僕は、なぜ彼女に協力したのか。
「糸ちゃんによると、『準備が整ったから帰れる』とかなんとからしくって、詳しくは教えてくれないんだよ。――篭ちゃん。君達二人は昔から本当の姉弟のように、泣くのもオタフクになるのも歯が生えるのも、一心同体のようにリンクしてたけどー。何か最近、『変わった事』、あったー?」
のほほんとしているが、試すような鋏さんの瞳。なんて白々しい。殆ど察してる癖に。
――思えば。僕が『実績解放の力』を得たのは、『イーちゃんの夢』を見たその日だった。
この力のお陰で、僕は封じられていた記憶や力を取り戻せた。まだ完全に、ではないけれど……少なくとも、これは『イーちゃんを救う為の力』だと思っていた、のに。
「さてね。もし変わった事あったとしても、既にそれも意味は無いんじゃない? 肝心のイーちゃんが目覚めるならさ」
「ふーむ。パパに似てポーカーフェイスが上手くなったねぇ。子供なら子供らしくって慌ててくれた方が可愛がられるってのにー」
「ママ。篭ちゃんはもうみんなに昔から散々可愛がられてきたから鬱陶しくなって今が遅い反抗期なのさ」
「やーん。そう考えるとかわいー」
「ウザい大人達だなー。で? 正確にはいつ起きるって?」
「んー。明日辺り? もしかしたら『更に早まる』かもー? 今『異世界を救った英雄』としてパレードしてるんだってー」
エンジョイしてんなぁ。
「異世界。これも因果かね? 僕も『昔、異世界に囚われたママを助けに』行ったよね。僕は何年も準備したってのに、篭ちゃんはイージーモードでいいなぁ」
「懐かしいねー。まー、それだけ今の世代は優秀なんだよー」
「……明日ね。なら、その辺りになったまた来るよ」
腰を上げる僕に、「えー?」と鋏さんは唇を尖らせ、
「帰るのー? 折角久し振りに再会したのにー」
「寧ろよく僕を側に置こうなんて思えるよね鋏さんは。積もる話なら明日するよ。今の僕はイーちゃんだけじゃないんだ。待たせてる友達が居るからね」
「篭ちゃんの口から封ちゃん以外の友達の話が出てくるなんて嬉しい限りだよ。――まぁ確かに、忙しくなるのは『これから』さ」
部屋から出ようとした僕は、意味深なパパンの言葉に足を止める。意味深な事ばっかしか言わないから普段はスルーしてるのに。
「僕の時もそうだった。生涯をかけた目的が達成されたと思ったら、それがプロローグだったなんて話、何度も経験した。特に、僕やママンみたいな『波乱の中心』に居ることが運命づけられてる『竜族』なんかは特にね」
「……どうやって、それを乗り越えたの?」
「いや? 普通に楽しんで?」
パパンはニコリと微笑んで、
「ほら、おばあちゃんにも言われてるでしょ? 竜族は弱みを見せず常に強者らしく余裕ぶってろって。どんな試練が来ても、僕らがどうにかできないモノなんてないよ」
「魔王の血筋なのに主人公みたいだね」
「魔王が主人公しちゃダメな理由は無いさ。――もし、今の君に『何か特別な力』があるというなら、それはこの先で必要なモノなのかもね。ほら、僕らって時を操れる関係でか『危機察知能力』ずば抜けてるじゃん?」
あるべき危機に備えて、前以て身に付いたのがこの『実績解放の力』とパパンは言う。パパンが言うならそんな気がしてくる。
部屋を出る時、最後に、イーちゃんに目をやった。
……あれ? 笑ってたっけ?