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「カッカッカ! ほらほら何処に飛ぶか分からんぞ! 巻き込まれたくなかったら貴様ら逃げろ逃げろーカッカッカ!」
楽しそうに避難誘導するグラヴィ様と、『この技の恐ろしさ』を知っている観客達は ウワアアア!!! 蛇の子を散らすように飛んで行く。
「なるほど。これがさっき『実績解放』で手に入れた『竜の暴爪』か……そういやおばぁもこんなの使ってたな」
皆の逃げる勢いで突風が巻き起こったのか、砂煙が一気に晴れ……そこには、先ほどと変わらず拘束されたままの篭ちゃん。
けれど、肝心の『手首から上』の部分は相変わらず自由なままで。
銃口に等しい五本の指は、封を捉えていた。
――まずい! 何故一切の懸念をしてなかったのかと自分を殴りたい!
竜の暴爪は防御・回復不可の無慈悲な爪撃。放たれた爪の風に触れた者は一切の『痛み』もなく分離される。
そう。それは『裂く』というより『離す』という表現が正しくって。
風に触れた部分の細胞同士を引き離す……それはまるでくっつけたパズルをひっくり返してバラバラにするようなもの。しかも、そのパズルはバラバラにした本人にしか戻せないという不可逆な理不尽さ。
時を支配する妃家が使うに相応しい暴虐の風。
それを……篭ちゃんが使い出した。
凡ゆる攻撃を受け流す(ナヨさんから借りた)火鼠の衣を裂く程の威力。とっておきを隠してたのは、封だけじゃなかった。
「ッ! な、ならその手も封じて!」
「動かない方がいいぜ」
ピタリ。篭ちゃんが封を言葉で制す。
「そう。そのまま。呼吸も止めとけ。微動だにするな。まだ一回目だから扱い慣れてないんだ。無邪気な子供が遊んだ後のフィギュアみたくボロボロになりたくなきゃ忠告聞いてネッ」
ヒュ 封に向け、篭ちゃんは一度だけ手を仰いで。
そより 封の間を、先程よりも少し強めなそよ風が通り過ぎて。
ふわり 封の身体が『浮いた』。
まるで、シャボン玉になったようにゆらゆら宙に舞い、世界の全てがスローモーションに見えて。
「二回目にしちゃ上出来でしょ」
けれど、篭ちゃんの声が普通の早さなのを見るに『走馬灯とかじゃなくて封だけが遅いんだ。竜爪の付加効果かな』なんて、他人事のように考えていた。
ピンッ 篭ちゃんが天井に向けて指を軽く弾くと、その風は本人の真上に昇り、すぐに重力に従って落ち始め……狙いは封が嵌めた拘束で、その全てを、音も無く破壊した。
「ふぅ……っしょっと。んー、観客はおばぁと姉妹しかいなくなっちゃったか。試合を判定する人が居ないってわけだ」
近づいて来る篭ちゃん。ゆっくり落ちて来る封。「ほっ」と――前に二人で見た大作アニメ映画の冒頭みたいに――お姫様抱っこで受け止めてくれた。
……なんで?
ドクン ドクン ドクン
心臓の音がうるさい、体が熱い、息も荒い……まるで風邪の時みたいで。
バラッ 「え?」 心音が原因かのように、崩れ落ちた火鼠の衣。全裸になる封。
「よしっ、狙い通りのラッキースケベッ」
狙ったらラッキーじゃないだろうと突っ込みたいけど、目を合わせられない。別に、裸なんて何度も見せ合ってるのに……今は、凄く恥ずかしくって、つい手で隠してしまう。
いつもみたいに軽い気持ちで『好き好き』言ってた封に戻らなきゃなのに。
本当に『こんな気持ち』になっちゃダメなのに。
「おら、こっち向け」
無理矢理、頭を向けさせられた。封は、今どんな顔をしてる?
「これ、どう見ても僕の勝ちだよね? じゃ、早速『秘密』話して貰おっか」
「おっ――」
「お?」
「覚えてろよー!!」
「あっ、このやろ!」
無理矢理お姫様抱っこから脱出した封は、その場から全裸のまま駆け出した。「ったくぅ」と、後ろで篭ちゃんの呆れた声。簡単に捕まえられるだろうに。あの子にとって『秘密』はそこまで重要じゃないみたい。
――作戦は失敗した。
封に篭ちゃんは止められない。真実にも自力で気付くだろう。
……真実を知ったその後も、今まで通りの関係で居られるだろうか? それはとても『虫がいい話』だけれど。
今の封は、『二人とも』愛してしまっている。どちらか一人をなんて選べない。
篭ちゃんは……多分封を『赦してくれる』だろう。今のあの子はもう、昔みたいに『不安定』じゃない。
だったら。
封が取るべき行動は――――。