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「篭ちゃん! 降りてこいやぁ!」
「……ああん? 何で僕が行かなきゃなんだよ」
「彼女に呼ばれてここに来たのではありませんの?」「さ、流石にその声量じゃ聞こえないのでは……」
いや、バッチリ聞こえてる。封の【ウサギ耳】は数キロ離れた先でも(集中すれば)鮮明に聞き取れるほど高性能。この雑音の中特定の連中の声を聴き分けるなどわけない。
「一体、今はどういう状況ですの? 何故あそこに源様が?」「どうも僕と闘いたい様子だ。相手を指名出来る権利はここの『チャンピオン』だけなんだけど」「そ、そんなに強かったんですね、封さん」
面倒くさそうな顔をする篭ちゃん。ここまでは想定済み。だから『餌』は用意した。
「降りて封に勝てたら『知りたい秘密』を教えちゃうよ!」
ザワッ―― 動揺を隠せない観客達。
当然だ。今日ここにいる客は皆『パーク関係者』。『あの日』から居る当事者だったりその連中から聞いてたなんて者だったりと、『事の顛末』を知らぬ者は居ない。
篭ちゃんには黙っていようと皆が決めたルール。封一人の勝手な判断が許される訳がない。
それでも。パーク全体を敵に回そうとも、封は『今の日常』を守りたいのだ。その為のこの条件。
「ふーん。ま、別に今君に聞かなくてもいずれは自分で『見つけられた』んだけど……こっちのが『手っ取り早い』ね」
クスリとほくそ笑んだ篭ちゃんは後ろの二人に振り返り、
「見ててね。今から女の子をボコるカッコいい姿魅せるから」「それは格好良くありませんわよ」「む、無茶しないで下さいね?」
そう言ってピョンと二階席から飛び降り、封の立つフィールドに。
そう。このまま放っておけば、篭ちゃんは自力で『真実』に辿り着いてしまう。だからこそ、今日のこの場!
「で? 万が一、僕が負けたら?」
「万が一、とは大きく出たね。今まで『五百戦二五〇勝二五〇敗』同士だってのに。ま、封が勝ったら、篭ちゃんには『今追ってる事』を諦めて貰うよ」
「別にいいよ。負ける気しないし」
「やっぱり気が合うね。封もだよ」
互いに拳を突き合わせ、闘いは始まった。
――まず動いたのは封!
一瞬で決めるつもりだった。
互いの手を知り尽くした同士だけど、篭ちゃんが知らない初見殺しな一撃。
「はい終わり」
けれど、それを出す前に、篭ちゃんが封を『睨んだ』。
直後、封にのしかかる『重圧』。
天井に押し潰されるような衝撃に、足を止められた。
……予想出来た攻撃だ。日に日に、この子は竜として生まれ持った反則さを使いこなしていってる。
男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉があるけれど、この子の順応の速さは(知ってはいたけど)異常だ。
魔王グラヴィ様の孫にふさわしい容赦の無さ……毎日グラヴィ様に会ってる封が言うんだ、間違い無い。
――だからこそ。
「おや。これを『耐える』かい」
「ふんっ。甘いねっ。封はグラヴィ様に『睨まれ慣れてる』んだよ!」
「ドヤ顔で言う事か」
どこからかグラヴィ様の声がしたけど今はスルーして。ドラゴンプレスを食いつつ篭ちゃんに向かって『右手を伸ばした』。
「むっ」
気付いた頃にはもう遅い。
篭ちゃんの目の前に突如『畳大の薄桃色の壁』が出現し、勢いよく加速!
彼に激突!
そのまま ドゴンッッ!!
壁に押し潰した!
ガラガラと崩れる壁面、立ち上がる砂埃。
ワアアアアアア!!!
盛り上がる観客。テーマパークのプリンスが潰されたというのに。
まぁ、それも『信頼』があるからだろう。
「ふぅ。ビックリしたー。あーお尻が砂塗れだ(パンッパン)」
『簡単にダメージなんて入らない』という信頼が。
「しっかし、まさか君が『源流守護術』を使えるようになっていたとはね。それに、そのおでこに生えた一本の『 ツノ』はもしや……」
「そうっ。封はオオミミオニウサギ族として覚醒したんだっ。その証のツノっ。だから秘伝の守護術も使えるんだよっ」
源家は守護や封印に長けた一族。『あの時』、篭ちゃんの記憶や力を瓏さんと共に『封じた』のも一族のトップこと封のママで。だからこそ、そんな完璧な封印が解けかけているという現状は本来あり得ない事態なわけで。
「ほんと、属性モリモリな一族だよねー封んとこ。でも、ツノを生やせるのは鍛錬に鍛錬を重ねた君んとこのママみたいな天才だけじゃなかった? 僕とスローライフ送ってた君が何で急に覚醒?」
「さぁね! 天が封に『篭ちゃんを止めろ』と力を与えてくれたんだよ!」
「なわけあるかい。ま、『あの時』の実績解放だろうさ」
何故か確信めいた口調で目を細める篭ちゃん。何の話か分からないけど、これも全てこの子が今コソコソやってる行動に基づいた結果なら……恐ろしい『未来』が待ってる気がする。だから、
「絶対止める、よっ!」
耳先に溜めた魔力を放射! 二つの桃色光線が篭ちゃんに向かい ドォン!!! 直撃し、爆発。
「――ビームの火力も上がってるね」
たちこもる煙からスタタタと抜け出す『全裸』の篭ちゃんに「「キャー!!」」という黄色い声と、「貴様ら気安く見るな!」というグラヴィ様の声。
見慣れてる封は動揺しないけど、でも技の反動で僅かな隙を生んでしまい、それを見逃さぬ篭ちゃんに容易に近付かれ、拳を振りかぶられた。
篭ちゃんは女の子が大好きだけど、だからって手加減はしない。普通に顔をブン殴る男女平等精神だ。
ガキンッッッ!!
「むっ」
だからって。殴られ慣れてる封だけれど、ホイホイ殴られるつもりもない。
封の眼前に防御壁を張り、拳を防ぐ。
「いいね。いい硬さ。源家の本領発揮だ」
「負け惜しみかな? 篭ちゃんの拳は封には届かないよ!」
「す、凄い……」「エビ子さんを止めた彼の膂力を上回るとは……彼女の力も本物ですわね。と、というかこのまま裸で続けますの?」
篭ちゃんが連れてきたモブ女二人も封の力に驚いてる。いい傾向だ。このまま女の子に負けるこの子の姿を見れば幻滅するだろう。
「服は戻すぞ」
グラヴィ様は時魔法で逆再生させ、篭ちゃんが着ていたタンクトップとショートパンツを復活させた。まぁ封が着るような『ナヨさん特製火鼠の衣シリーズ』と違って普通の衣服だし、横槍にはあたらないだろう。
「ふむ……今の壁の感触からして強度は……となると……」
「は? 何をブツブツ言って」
「――封。顔面ザクロみたく割られたくなきゃ今の『五枚張りな』」
ゾクリ
今の言葉の意味を頭でなく本能で理解し、気付けば従うままに壁を五枚重ねて出現させていて、
直後 ゴッッッッッ 鈍い音と共に、封は吹き飛んだ!
「クッ!」
なんて拳。なんて衝撃。全てのシールドを一撃で破壊された。
間違いない……魔力の『制御』を理解している。
数日前のあの子は魔力という概念すら意識していなかったのに。
今の一撃は、明らかに調整されたもの。魔力の比率を数ミリでも間違えればシールドが壊れなかったり、逆に封の頭部が吹き飛んでいた。
自身に蓄えられた膨大な魔力を把握し、針の穴に糸を通すような緻密なコントロールをセンスで補い、拳に乗せた。
これは封だけではなく会場の皆が理解しただろう。調整も何もない暴虐な祖母とは違う天才的な父を彷彿とさせる姿。
「どうする? 僕はまだまだ『絞り出せる』ぜ?」
「ハハッ……」
出るのは乾いた笑い。何故か、強くて圧倒的な篭ちゃんの存在が嬉しい。