37
すっかりやる気のなくなった妃さんの背中を二人で押しつつ進んで行き……数分後……変化は、目に見える形で現れました。
「はぁ、今日もすごい『行列』だねぇ」
気怠そうに妃さんが言うように、目の前には長蛇の列、です。
しかも真っ直ぐの、ではなく、ウネウネと左に右にと蛇行しているような折り畳まれた列。
元日の有名な神社のように続くその列が目指す百メートルほど先には……【巨大な黒い四角形】。
まるでメッカのカアバ神殿を思わせるソレは……やはり『初めて見た者』には謎の建造物に見えるでしょう。
「あそこが目的地ですの?」
「んー。ここからじゃあただの四角い箱だけど、それは『結界の作用』で、間近に行けば正体が判明するよー。はぁ……面倒いけど行くかー」
当然の権利のように『列を無視』し、ズカズカと黒箱に近づく一行。
黒箱近くのゲートに居た従業員さんが妃さんと目が合うと、
「いま機嫌悪いよ?」
「あのババアは機嫌良い時が稀だよ」
「君と居る時はいつも上機嫌でしょーや。まー止めないけどねー。あ、なんか手荷物とかある? 知ってるだろうけど一応持ち込み禁止だからね。後ろのツレの子達もさ」
「トマトしかないよ」
「んー、ならいいかーカー坊だし」
なんて軽い遣り取りをし、列を横目に私達はゲートを潜ります。
「……未だに箱の内部が見えませんわね。それより、わたくし達は貴方のおばあさまに会いに行く予定では?」
「だから来てんじゃん。おばあは箱の中に閉じ込めてるよ」
「そ、それだけ聞くと老人虐待みたいです……」
「……一体、何者ですの貴方のおばあさまは? 推測するにカタログの方で紹介されていたこのテーマパークの
『象徴』なのでしょうが、それ以上の詳しい詳細はありませんでした」
「見ればわかるってー。僕は見飽きてるから何も思わないけどねー」
――そうして、辿り着きました。
長時間並んでも、『その方に謁見出来る時間』は一人一分ばかり。
目の前では十人ばかりが所定の位置で【あの方】を眺めていましたが……皆、『魂を奪われた』ように惚けていて。
人によっては他には目もくれず機嫌一杯毎日並ぶほど骨抜きにされるだとか、心酔し過ぎて『宗教』を設立したほどだとか、子供の名前を銀竜にしただとか、逸話は絶えないそう。
太陽のような強烈な魅力と存在感の塊。
この方こそが、テーマパークの象徴――魔王グラヴィ・ドラゴ・クイーン。
最後に見たのは十年前ですが、露ほども色褪せていません。
傷一つなく透き通る銀鱗、凛々しい顔立ち、一軒家を思わせる巨躯、逞しくスマートな両翼の――【ドラゴン】。
「……凛々しい」「や、やっぱり妃さんの身内の方だと一目で分かりますね」
「へっ、君達は『本当のパパン』を見てないからこんなババアで満足出来るんだよっ。パパンはさっき百分の一
レベルまで存在感も魅力も抑えてたんだ。そんな調整もしない出来ない垂れ流しのチカチカ眩しいだけのニートババアをドラゴンなんて呼ばないでくれっ。パパンみたく月のようにしっとりした魅力を見せる高貴な存在がドラゴンにふさわしい」
「貴方のその父親愛は何ですの……」「で、でも確かに瓏さんは色っぽかったです……」
改めて、グラヴィ様を眺めます。
箱の中はとても広く、
高級カーペット・特注巨大ソファー・食べ物がギッシリ詰まってそうな業務用冷蔵庫・杯にはフルーツ盛り合わせ・壁には映画館並みのスクリーン……などなど、まるでお金持ちの引きこもりのように、手の届く場所に全てが揃っています。
そんなグラヴィ様ですが……しかし今は、周りの熱視線などどうでもよさげに欠伸を漏らしていました
――が。
ピクリ。
不意に、グラヴィ様は目蓋を開き『こちら』を見ました。
「オラァ! トマトのお裾分けだババア!」
「「ちょっ!?」」
あの方がこの場で唯一反応する相手など分かりきっていましたが、まさかその相手が身内に『トマトを投げつける』だなんて予想出来ません。(嘘です)
投げられたトマトはそのまま弾丸のようにグラヴィ様に向かって行き――パッと、消えました? え?
『グラヴィ様ごと』?
「何をやってるんですの貴方!?」「あ、あの方は一体どこにっ?」
「えー? 誰もが手を出せない巨悪に勇敢にも立ち向かう主人公ぽくてカッコよく無かった? てかトマトの件はナヨさんの指示だしー」
「人のせいにするのは格好悪いですわっ」「み、みんなコッチを恨みがましい目で見てますっ」
魅入っていたお客さんはオモチャを取り上げられた子供のように騒いでいますが、近くにいる従業員の方は『またか』と呆れたように肩を竦めるだけ。
見れば、柵の所にはデカデカと『気紛れで消えたり帰ったりしますのでご了承下さい』という看板がありました。
「確かに。これを見た子供が動物園で餌投げても良いって覚えたら大変だね。それはそれとして、ババアも素直に孫からのプレゼント受け取れよなーそれでモガッ?」
「――熟れたトマトなら野菜嫌いな貴様が食って処理しろ」
音も無く、その少女は妃さんの背後に現れ、トマトを彼の口に押し込みました。
見た目は小学生ほどの『銀髪の』少女で、品のある銀のゴシックドレスを纏ったその姿は、まさにアンティークドール。