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――看板の場所から左側、『岩場系モンスターエリア』へと私達は足を踏み入れ……直後 ゾクリッ 鳥肌が立ちます。
明らかに空気が変わりました。
ギャーギャー! キーキー! ゲロロロッ! グゲグゲッ!
「「ッッ……」」
剣呑な……殺気立ったというような重苦しいソレではありませんが、独特の緊張感のある空気、匂い。
恐らくこれが、弱肉強食の……野生の領域。
「あら、二人とも空気感じ取っちゃった? 強者とかよほど感受性の良い子くらいしか気付かないんだけど……ま、そこは竹取の、ナヨさんの血だね」
ギチギチ
「あら、エビ子もまだ慣れない? ま、元居た世界と空気がダンチだから怖がるのも仕方ないか。待ってて。今、『黙らせる』からっ」
ズ ン ッ ッ
「……、……よし、静かになったなっ」
「あ、あら、本当ですわね。しかし、今のは『あの時』の」「……」
様々な思惑が混じっていた野生の空気を、たった一人の『威圧』が押し潰したのです。
これが、竜の暴圧……野生において威嚇ほど重要なものは無いと聞きますが……これは、問答無用に服従を押し付ける、傲慢な『王の威圧』。
恐らくは、初めて天女ちゃんの前で『思い出した』時よりも強力に進化したソレでしょう。その効果はこの周囲だけではなく、ここより遥か先の広範囲にまで届かせたという事実が、遠くからも木霊していた鳴き声が消えた事で分かります。
……不思議なのが。
今塗り替えられた空気に、反抗的なソレが混じっていない事。
力が正義という世界なのは何となく分かります……若と呼ばれるような妃さんの立場もあるでしょうが、ここにはそんな『肩書き』に振り回される魔物は居ない筈です。
……感じ取れるのは、『困惑』と『歓喜』の感情。
まるで、『急な孫の成長を喜ぶ』ようなそんな温かい空気に満ちています。
「はいはい(パンパン)みんなそこまで静かにならなくて良いよー。怪物園らしくギャーギャー言っててー」
途端、再び騒がしくなる園内。
「さ、行くよー」
ズンズンと家の庭感覚で進み出す妃さん。まぁ、ある意味『間違ってない』のですが……私達が何か言えるわけがなく、『家主』について行くしかありません。
「えーっとねぇ、あれは魔力の通った石コロが自我を持った結果互いがくっ付いてその体を大きくした【ゴーレム】でぇ、あれは普通のスライムが宝石を餌にしてたら強くなった【エメラルドスライム】でぇ、あの椅子に座って優雅に本を読みながら紅茶を口にしてるのは謎の研究所の中で眠っていた美少女メイドロボ【ハナコさん】でぇ」
進みつつ、妃さんがすれ違う魔物達を一体ずつ説明してくれます。
魔物達は種族ごとに分けられ展示されていますが、檻はなく、簡単な柵の仕切りのみ。一体だけの場所もあれば群れの場所もあったりと、見せ方は様々です。
魔物達に共通する点があるとするなら、客の声を『無視』している所でしょうか。小さな子供が「おーい」と柵越しに声を掛けても、どの魔物も反応を見せません。それでも子供は楽しそうですが。
一方、妃さんが「おーい」と声を掛けると反応が変わり、ゴーレムさんは大きく手を振り、スライムさんはぴょんぴょん跳ね、ハナコさんはチラリとこちらを見てすぐに本へと目を戻していました。
「露骨ですわねぇ」「そ、それだけ愛されてるって事ですよっ」
「因みに、基本魔物達からは外の様子は見えてないんだ。マジックミラーみたいな特殊で透明な魔法壁が間にあるからね。本人達の意思でオンオフが出来るようにしてる。見世物になるってのはストレスになるからねー」
「その通りですわね、だから今わたくしのストレスは増え続けていますわ」「ま、まぁコレだけ大きなエビ子さんと一緒じゃ注目されるのも、ね」
「もーすぐこの子のスペースだから我慢しろいっ」
それからの道中……
幻獣エリアでは燃えさかる火の鳥【鳳凰さん】の妃さんに向ける情熱的な視線に地面が溶けて、
昆虫類エリアでは蜘蛛の体を持つ美女【アラクネさん】が妃さんを糸で絡め取り手元に置こうとしたり、
植物獣エリアでは世界樹の女神【プランさん】から原初の果物知恵の実をプレゼントされ食べたら頭が良くなった気がしたり……
一キロばかりの道程が凄く濃い内容でしたが、ようやくエビ子さんのスペースに到着。
ギチッ! ギチッ! ギチチッ!
「こらこら僕と離れたくないからって暴れないのっ。言ったでしょ? 僕と同じ『ステージ』に来たけりゃ『出世』するしかないって。その『手段』も教えたよね?」
ギチ……
「なぁに。頑張ればすぐに『従業員』になれるよ。その為ならどんなに辛くても頑張れるかい?」
ギチギチ!
「よし。じゃ、またすぐに顔出すから」
お別れを済ませ、エビ子さんのエリアから離れます。エビ子さんは見えなくなるまで妃さんを静かに見つめていました。
「従業員に、ねぇ。あの大きな体で園内を歩いてる姿が想像出来ませんわ」「な、なれる条件とは?」
「んー? ま、そこは基本一般企業と一緒よ。上の人間に気に入られるとか、身内のコネとか、余程の容姿や一芸があったりとか。それらを全て持った僕なんかは簡単になれるだろうけど、ま、基本『強さ』は必須かな」
「……この見世物になっている方々は皆、従業員の水準に達していないと?」「き、厳しい世界です」
「いや? シフトでこの後従業員として働く子も居るし、面倒だから見世物でいーやって子もいるよ。さっきの女神プランさんなんてこのテーマパークで一番偉い【園長】だからね?」
「そんな方を先程軽く流したのですか……」「じ、自由な世界です……」
「あー、そういえば、考えたら僕やパパンがスカウトした子達はみんな出世が早いんだよねー。何でだろ?」
「『たらし』の血筋なのでしょう」「あ、天女ちゃんっそんなにハッキリ言ったら……」
「ソレだけカリスマがあるって事だねー。さっ、色々寄り道したけど真の目的地はもうすぐだっ」
それを聞いて、自然と背筋が伸びます。『あの方』の場所が近いという現実。ただでさえ溺愛する孫の側に、因縁のある竹取の女が二人……良い気分はしないでしょう。
不敬な態度、仕草、挨拶はしないよう心掛けないと、です。
「うーん、考えたら何でおばぁのとこに行こうとしてたんだっけ? 目的地とか言っちゃったけど時間の無駄だし別に行かなくてもよくね?」
「いい加減過ぎますわっ!?」「あ、挨拶しないと後が怖いですっ」
「律儀だなぁ。あんなだらしねぇババア、見たらガッカリするってのに」