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――と。
そんな私の思考は 「きゃー!」 女性客の悲鳴で中断させられました。
「な、何ですのあれは!?」
ドドドドド!!!
砂煙を上げながらこちらに迫ってくる巨大な【なに】か。
身体に複数ある目のような何かはルビーの様に紅く、その甲殻類のような鎧で覆われた黒曜石色の硬い身体は大型トラックを思わせる大きさで複数ある手足は『何かを掴まん』と必死に大地を蹴っていて……
そう。あの生物、例えるならば――。
「あらら。なんか脱走しちゃったみたいね、【ギガントリクイセエビ】ちゃん」
「伊勢海老なんですのあれ!?」
「いせはいせでも異世界のいせね。陸で生活するタイプのエビで、海産物特有の生臭さは無い。しかしまぁ。海中なら普通なのにエビが陸で動いてるの見るのはやっぱりキモいね(笑)」
「言ってる場合ですか! こ、こちらに来ますわよ!」
「もう、飼育員は何やってんだか。仕方ねぇなぁ」
一歩、私達の前に出て、迫り来るエビを見据える妃さん。彼の『仕方ないな』という言葉ほど頼りになるものはありません。
――唸りを上げて突き出される槍のように鋭利なエビの頭
――その先端を ガシッ 妃さんが片手でワシ掴むと
――グォンッ! 海老の体が『急に止められた勢い』で空へと放り出されました。
「っとっと。バランス取るのが難しい」
異様な光景です。まるで天に剣を掲げるが如く巨大なエビを右手に持つ妃さん。
ギチギチと、エビの方も暴れるのをやめて手足や節を困惑気味に動かしています。
「あっ、そういや君、先週僕が『異世界でスカウト』したエビちゃんじゃん。もしかして僕を探して脱走した?」
ギチギチ!
「そっかーでも暴れるのはメッだよ。僕が怪物園まで連れてくから、大人しく出来る?」
ギチギチ……
「よし、いーこだ」
ゆっくり、妃さんがエビを地面に戻すと、彼の翻訳通り、エビが再び暴れだす様子は無く……赤かった瞳も、サファイアのような落ち着いた青へと変わっていました。
「じゃ、二人とも行くよー」
「何事もなかったようにするつもりですの……」「大きな同行者です……」
散歩用リールのように、手を繋ぐかのようにエビの触覚を手にして目的地へ歩き出す妃さんを、私達は少し離れて追います。
「あれ? 何で二人とも距離置いてんの?」
「……流石に『トラック大のエビ』を片手で引っ張る光景は周囲の目が集まりますし」「そ、それに、近づこうとすると……」
ギチギチッ! エビはまるで他の者を寄せ付けたくないかのようにブンブンと尻尾を振るいます。発生する突風に周りのお客さんもよろめくほど。
「こら! 暴れないの!」
ギチ…… 怒られてしょぼんと触覚をへたらせるエビ。妃さんには素直です。
「いやー、さっきも言ったようにこの子はね、異世界から連れて来たんだ。たまに、バイトで新メニュー開発にパパンと異世界に行くんだけど、その時に出会ったのがこの子さ」
「し、新メニュー……」「食べるつもりで連れて来たんです?」
「最初はね。これだけのエビをまるごとフライにしたら話題になるかなーと思って。でも愛着沸いちゃって。『まだ子供』なこの子が大人になるまで様子見ようってなったのさ」
「こ、これでまだ子供……?」「成長したら納まる場所がなくなりそうですわね」
「いや? パパン曰く成長したら『殻を破って中から身のようにプリプリな美少女が出てくる』らしいよ?」
「「…………」」
「この子はメスだけど勿論オスなら美少年が中から、ね。大きさも人並みだって。いやー楽しみだなー」
異世界は不思議で一杯です。