31
「もう離していい。あとは『眺める』」
眺める? その口振りだと、この後この人形が『動き出す』かのような カタカタッ 「「ヒッッ」」
わたくしとお姉様は、同時に引きつった声を漏らします。
「おー動き出した動き出した。トコトコ動いててかわいーねー。ぅん? 見れば、それぞれの動きに特徴があるね?」
「人形は触れた人間の『本能』に準じて動く。篭の熊は馴れ馴れしく他の人形と接触し。仙女の兎はそれをおろおろとして拒めず。天女の猫は鬱陶しそうに遠ざけ兎から離れるよう熊を叩いてる」
「わ、わわ、細かい仕草までそっくりです……」「どういう仕組みですの……予めおばあさまがプログラミングした機械……?」
「なーる。しかし、だ。この姿が本当に『本能』かな?」
言って、彼はわたくしの猫をつまみ上げ、熊と兎だけにします。一体何を……。
「あ、僕(熊)が仙女ちゃん(兎)に『押し倒された』」「「ファッ!?」」
突然、肉食獣へと変貌したかのように熊に覆い被さる兎。
「ううむ。昔から素は内気でも内には獣を飼っているであろうとは思ってたけど。おばあちゃんびっくり」
「ご、誤解ですっ」
とお姉様は兎をつまみ上げます。
「じゃあ次はこっち」
と彼はわたくし……猫の人形を戻しました。
「ふ、ふん、この人形の性質など信じていませんが、おかしな行動を取るとは思えませんわ」「わ、わたしもこんな行動しないからっ」
「まぁ眺めてようよ。おっ。兎が熊の前でキョロキョロ周りを確認して……あ、『抱きついた』」
「ていっ!」わたくしはすぐに猫をつまみ上げ二人を離します。
「あ、天女ちゃん……やっぱり……!」
「やっぱりとは何ですのお姉様!? あ、あり得ませんわ! こ、これはやはりおばあさまがこの動きをこの人形型機械に入力してわたくし達の反応を楽しんでるんですのねっ。昔からこんなイタズラで何度泣かされたかっ」
「ぶぅ。この人形型妖具は本物なのに」
――解せないのは。例え、この人形に本当にそんな力があったとして。わたくし達姉妹のアクションに対する、彼の分身である熊の反応。
普段はおちゃらけて女の子にイタズラ熊が。逆に、押し倒されようと抱きつかれようと一切の興味がなさそうに『【別の何か】を見ていたかのようにそっぽを向いていた』事。
それが、無性に解せなくて、腹立たしい。
「あのー、すいませーん」
と。(わたくし達の叫び声以外は)静かだった店内に知らない誰かの声が混じり込み、ビクリとなります。どうやら他のお客様もいらしたようで。
母親と小さな娘二人組。
「いらっしゃい。なにか?」
「ここに『可愛らしい人形』なんかは……」「あー! まま! これ!」
突如、少女はテーブルにあるハッピーアニマに目を輝かせます。……嫌な予感が。
「なんだいお嬢ちゃん? この見た目『は』普通なシルヴァニアが気に入ったのかい?」
「うん! 『いきてる』かんじがしていい! ままーこれ!」
「全く……すいません、こちら、売り物でしょうか?」
「うん。欲しいなら値段は――」
とんとん拍子に商売が進められて行って……無事、人形の入った紙袋がホクホク顔の少女の手の中に。
「いい? 遊ぶ前にきちんと『説明書』は読んで」
「はい、ありがとうございます」「ざいまーす。じゃーねー」
あっという間に、母娘は店を去って行きました。
「ちぇー、みんなで遊んでたのに。まぁお客さんが優先だけども」
「これ以上変な動きを見せられずに済んでよかったですわ」「そ、それには同意……」
「そいえばナヨさん、説明書? とか今の二人に言ってたね。やっぱり、扱い方間違えるとヤバい感じ?」
「別に。『触り過ぎると魂を人形に閉じ込められる』くらい」
「「くらいっ!?」」
「あーそういう系ね。大方、あのハッピーアニマの中には『前に閉じ込められた人の魂』が入ってる感じか」
「それで魂が抜かれた空っぽの【ガワ】には閉じ込められてた魂が収まる。『ルール』さえ守れば扱いやすい妖具」
「そ、そんなに恐ろしい人形だったんですね……私達も扱いを間違えていたら今頃……」
ブルッと震えるお姉様。全く、この二人の戯言を信じるだなんて……余りに不謹慎な冗談ですわ。
「その点は大丈夫。篭は竜の特性で『呪い無効』だし。二人もナヨのあげた【御守り】で呪いを弾く。もし閉じ込められててもすぐに助けてた」
「な、なぁんだ、心強いですっ」「お姉様も……この二人の話を間に受けない方がいいですわよ」
「じゃ、ナヨさん。次の妖具を見せてよ」
「「もう結構です(わっ)!!」」
などというわたくし達の悲鳴を彼が慮ってくれる筈もなく……
――やれ『思い人同士でないと使えないふた口の【ラブストロー】』だの、
――やれ『思い人の前だと激しく反復する【恋するメトロノーム】』だの、
――やれ『映し出された自身が心の内を暴露する【真実の鏡】』だの……。
どうにでも『トリック』で再現出来そうな胡散臭い雑貨遊びに付き合わされるわたくし達姉妹。
わたくしはもうヘトヘトですが、お姉様は案外乗り気で……彼との相性の良さが分かると初心な少女の顔を見せていました。
「ふー、楽しんだー。楽しんだからそれじゃ僕らはもう行くねー」
「少しも楽しくありませんでしたわ……」「わ、私は楽しかったですよっ」
「待って。二人に渡すものがある」
おばあさまはゴソゴソと後ろの棚から何かを取り出し、「はい」とわたくし達それぞれに配ります。
「ナヨさん、僕には?」「ない」「えー」
それは【浴衣】でした。
「ナヨが編んだ特別な浴衣【火鼠の衣】。凡ゆる攻撃から二人を護ってくれる」
「そんな役立つ場面には遭遇したく無いのですが……」「ま、まぁ何が起こるか分からない場所ですしね」
「ま、ここは毎日が祭りみたいな場所だしいいんじゃない? 二人とも着替えなよ」
この流れ……空気……わたくし達姉妹は断り辛くって……
――十数分後。
「いやーいいねぇピッタリじゃん。その透き通るような【羽衣】のアクセントも素敵よ」
「うむ(満足気)まさに竹取の女に相応しい天女の姿」
「「ぅぅ……」」
竹と月の模様が施された上質な生地と、重さも感じぬ軽やかさ。羽のように肩に絡まる羽衣以外は特筆すべき点はないのに、この『コスプレ感』は一体なんなのでしょう……。
「じゃ、次のとこ行こっか」
「篭、次はどこ行くつもりなの」
「【おばぁ】のとこ」
「なら丁度いい。あの【クソトカゲ】に会ったらこの熟れたトマト『投げつけ』といて」
「地味にイヤな嫌がらせ頼まないでよ、ホント仲悪いなぁ。この場所でおばぁにそんなイキれるのナヨさんくらいだよ」
「貴方のおばあさまはそこまでの方ですの?」「あ、天女ちゃん……さっき『間接的に挨拶』は済ませてるよ……」
「ほんとは孫娘を『あんなの』に会わせたくないけど。二人が変に目をつけられるのも嫌だし。篭。二人を護ってあげて」
「うちのおばぁは近付いたら問答無用で噛み付くほど狂犬でも無いのに」
家族を罵倒されるも「まぁあり得なくもないか」とクスクス微笑む彼に不安を覚えつつわたくし達は店を後にしました。