30
「こんちはー」「お、お邪魔します」「失礼しますわ」
カランコロンカラーン……入り口のベルが揺れます。
不思議なお香が漂う店内。
服、お面やピアス等の装飾品、本、玩具……様々な物が揃っていて、雰囲気は和なのか西洋なのかアジアなのか中東なのか、なんとも統一感がありません。しかし何故だか、不思議とそれらが調和し『しっくり』来ている気もします。
「いらっしゃい」
と。店の奥から、落ち着いた声。イメージしていた店員さんは妙齢の女性でしたが、思った以上に、その声は幼く……って。
「おばあさま!?」「な、何故ここに【ナヨ】おばあちゃんが……?」
「ん。奇遇」
カウンターの所に座りながらヒョイと気さくに手を上げるおばあさま。相変わらずの無表情。
「あら? もしかして二人とも、ナヨさんと顔見知り、ってレベルの関係性じゃない?」
「父方の祖母、ですわ」「ま、まぁ『この容姿では』そう見えないですよね」
「なんと。この『ロリ体型』で経産婦どころじゃなく孫まで居たとはねぇ。『月の殺戮人形』と恐れられたらしいこの人にねぇ」
「昔の話」
そう、おばあさまの見た目は若いどころでなく、幼い。
着物を着たおかっぱ長髪の童女、という言葉がしっくりきます。その容姿は、わたくし達が小さな時からも変わらず……この人だけ、時間が止まっているかのよう。
「そ、それでおばあちゃん、ここで何を?」「『旅館』のお仕事はどうしたのです?」
「ん。副業。ここは【月の都ぷらんてーしょん支店】。今日はナヨが店番」
月の都……おばあさまが経営する、凡ゆる謎に包まれた幻の一流旅館。
一度だけ、お父様に連れられ家族で一泊しましたが、所在地は孫のわたくし達も知りません。行くまでの道程の記憶が曖昧なのです。ただ、建物が『雲を突き抜けるほど』の高さの摩天楼だったのは朧げに記憶しています。
そういえば、
『月の都は求める人だけが辿り着ける』
『お金持ちや権力者だから泊まれるわけじゃない』
『最高のおもてなしに対する宿泊費はお金じゃなく別のもの』
思えば、おばあさまが前に言っていた月の都の性質……どこかこのテーマパークと似ていますわね。
「二人とも。ここにはあの子が連れて来たの?」
「お、お父様は……」「い、いえ。お父さんには内緒、です」
「ん。なるほど。まーあの子なら絶対にここに連れて来ないよね」
息子の事は何でもお見通しのよう。
そんなお父様も、おばあさまの意思を継いでか、バンブーコーポレーションの主な事業は『宿泊業』。リーズナブルな旅館から高級ホテルなど凡ゆる国に最高の癒しを届けています。
おばあさまはこのように静かな方ですが、お父様はいまだに頭が上がらない様子です。
「ということは。悪いのは篭」
「僕何も悪い事してなくない?」
ジッと、彼を見るおばあさま。それは他人には無表情に見えるでしょうが、わたくし達姉妹には『怒ってる顔』なのだとすぐに分かります。
「息子がこのテーマパーク嫌いなの知ってるでしょ。『この事』知ったらあの子が嫌な気分になる。折角娘二人は『一般人』として育てようとしたのに」
「高校生の娘持つおっさん相手にどんだけ過保護な母親なんだい。てかナヨさんの息子だなんて知らんかったし、僕はおっさんの怒りなんかより女子高生二人の喜びを優先するんだい」
「ぐぬぬ。孫を引き合いに出されたらナヨも弱い」
この二人はなんの遣り取りをしてるんですの……『一般人として育てようとした』? 一体どういう意味なのか……謎が謎を呼びます。
「そ、それで、おばあちゃん。ここは支店、という話でしたよね?」「あ、ああ確かに。旅館ではないのです?」
「ん。宿泊も出来るけどメインは雑貨屋。一般向けの比較的『邪気の薄い』【妖具】が揃ってる」
「「妖具??」」
「勘のいい仙女ちゃんなら『魔法アイテム』で解るよね」
「な、なるほど」「解りませんわ……」
「まぁ『不思議な効果のある雑貨』と思って貰えばいいよ。あ、ド〇〇もんの道具が売ってるって言ったらわかる?」
「バ〇〇インはありますのおばあさま!?」
「ある」
「あ、天女ちゃん……」
「オチが予想つくねぇ。そうだナヨさん、挨拶代わりに何か面白い商品見せてよ」
「む。一般人が一度でも異形に触れたら『戻れなくなる』」
「祖母が『異形界の大物』なのに今更でしょ。竹取家の人間なら遅かれ早かれだよ。初めてが『危険な存在』なら心身にどれだけ負担がある事やら……」
「むう。仕方ない」
「何やら不穏なワードだらけなのですが……」「だ、大丈夫っ。思えば今までも『おばあちゃんがくれた御守り』で何度も救われてるしっ」
ああ、そういえばそんな代物も……御守りを持ってから、色々ありましたわね。
――不意に落ちた御守りを拾う為に立ち止まったら、目の前スレスレを暴走車が横切ったり。
――御守りの首紐がガードレールに引っかかって足を止めた途端、建築現場の骨組みが目の前に落ちたり。
――しつこいスカウトの男が御守りを見た瞬間、倒れ込んで気絶したり。
確かに、偶然と片付けるには何かとトラブルに縁がある御守りです。
寧ろ、この御守りが災難を引き寄せているのでは?
「むー。なら。これくらいなら見せても」
言って、おばあさまがカウンターに置いたのは、熊 猫 兎 三体の、親指程の大きさの【動物の人形】。分かりやすく例えるなら【〇〇バニアファミリー】。
「これってどういうやつ?」
「【ハッピーアニマ】。出自は百年程前のアメリカのペンシルベニア州。そこで『一家三人が惨殺』された事件があった。これはその現場にあった玩具。巡り巡ってナヨの所に流れて来た」
「い、いわく付きですね……」「そう言われてみれば、可愛らしい人形なのに何やら『凄み』を感じますわ……」
「ふんふん。それで、この子達は『何が出来る』の?」
「三人とも。被らないように好きな人形の頭に指を置いて」
「じゃー僕はお父さんっぽい熊っ」「わ、私は兎、で」「……何でもいいですが、わたくしは残った猫で」
ピトリ――人差し指を載せた瞬間 ゾワリ 肌が粟立ちました。
なんというか……生温い? まるで『人肌』のような温さと感触。
……この猫、最初から私の方を『向いて』いましたっけ?