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その9 和解

 ティルシアは一人、村の入り口で佇んでいた。

 別に目的があってここに来たわけではない。

 何となくハルトのそばにいたくなかったのである。


 自分はハルトの頼れるパートナーでいたつもりだった。

 しかし、ハルトは別の世界の人間で今でも自分を信用してはいなかった。


(我ながら情けない。私はハルトに何を期待していたのだ。)


 自分の心に戸惑うティルシア。

 ティルシアは今ではハルトのそばにいればいるほど、彼という存在が遠く感じられるようになっていた。


 幼い頃からウサギ獣人の傭兵団にいた彼女は、戦場で多くの不安を抱え、乗り越えることで精神的に成長してきた。

 だがこの不安はそれとはまた別のものだった。

 自分が立つのが揺るぎない大地ではなく、得体のしれない化け物の背中であったことに気が付いたらこんな気持ちになるのかもしれない。

 当たり前と思って今まで考えもしなかった世界が実は全く知らない未知の存在だったのだ。それは不安と言うよりもはや恐怖と言えた。


「こんな所にいたのか。随分と捜したぞ。」


 男の声に振り返るティルシア。

 そこに立っていたのは黒髪の地味な青年。ハルトだった。




「今日はその・・・済まなかった。俺らしくもなく、少し浮ついていたようだ。」


 ハルトは言葉を探り探りティルシアに謝る。

 少しどころじゃなかっただろう。ティルシアは少しムッとする。


「ハヤテやグレートキングデビルは俺にとって自分の元居た世界の存在で、だからつい嬉しくなって・・・いや、それはどうでもいい。こんな事を言うつもりで捜していたわけじゃないんだ。」


 ハルトはてっきり言い訳をしに来たとばかり思っていたティルシアは、彼の言葉を意外に感じた。


「俺は日本に帰りたい。今でもその気持ちは変わらない。」


 ハルトにハッキリと言い切られて、体の芯に氷を刺し込まれたようになるティルシア。


「だが今の俺が目指しているのは先ずはフォスへ帰還することだ。これだけは誓って間違いない。」


 ハルトの言葉に嘘は無い。

 もし、この世界で日本に戻る方法が見つかっても彼はそれを試す事はないだろう。

 そんな信用出来ない方法を試すくらいなら、フォスの原初の神の方がまだ信用できるからだ。

 しかし、さすがにハルトもティルシアにこの場でそこまで説明することはなかった。


 ハルトは少しためらうと一歩前に進み、ティルシアの肩に手を置いた。

 ハルトの行動に驚くティルシア。

 そういえばハルトから自分に触れたのは初めてではないだろうか?

 ハルトは正面からティルシアの目をじっと見る。


「俺と一緒にその方法を探してくれ。そのことで俺の知っていることはみんな話す。俺の考えに足りない部分や俺が見落とした事はお前が考えて教えてくれ。」


 ハルトの真摯な言葉にじっと耳を傾けるティルシア。


「ハヤテ達やエタンは人間としては信用できるが、能力としてはどこまで信用できるか分からない。その点お前なら信用がおける。少し抜けているがしっかりしているし、考えは浅いが直感には優れている。たまにうっかりをやらかすが目の付け所も良い。どんなミスをしても取り返すツキも持っているし、性格は単純・・・」

「お前は私を褒めているのか馬鹿にしているのか、どっちなんだ?!」


 つらつらと自分のことを語るハルトにティルシアが怒りの声を上げる。

 何故ティルシアが怒っているのか分からずにキョトンとするハルト。

 どうやら本人はあれで褒めていたつもりだったようである。

 そのことに気が付いて呆れるティルシア。


「もういい。お前が私の事を良く見ていることは分かったよ。で、他に私はお前の目にはどう映っているんだ?」

「そうだな。お前は傭兵だったせいか女にしてはガサツだ。でも俺としては気を使わずにすんで助かっている。ああ、見た目が幼いのは少し困る時があるな。以前誘拐犯と間違われそうになったことがある。この間はーー」


 そもそもハルトが異世界フォスでまともに交流を持つ人間はティルシアくらいだ。

 ティルシアの話ならいくらだって出来る。

 ハルトの語る自分の姿にイラついたり呆れたりしながら、ティルシアはずっと抱えていた不安が次第に薄まっていくのを感じた。

 ティルシア自身は自分の心に気が付いていないが、ハルトの中に自分の占める割合がこれほどの大きさであることに安心したのだ。

 ハルトの話は松明の火がほとんど消えるまで続いた。




 四式戦・ハヤテは一人ポツンと広場で見張りを続けていた。

 睡眠を必要としないこの体になってから彼は夜の孤独に慣れていた。

 そんなハヤテの下にティトゥがやってきた。


「どうしたの? もう暗いから危ないよ?」

「やっぱり不思議な感じですわ。貴方からそんな言葉をかけてもらうなんて。」


 ティトゥは手に持った松明を足元に置くと、いつものようにハヤテの操縦席に乗り込む。

 暗い中手探りでよじ登る少女に慌てるハヤテ。


「ちょ・・・暗いんだから無理しないで! 落ちたらどうすんの! 忘れ物なら明日にすればいいだろ?」


 ティトゥは暗い操縦席の中でイスに座ると黙ったままじっと動かない。

 そんなティトゥの目的を計りかねてハヤテは落ち着かない気分になる。


「え~と、ティトゥさん。何か用事があったんじゃないんですか?」


 しばらく気まずい沈黙が続いた後、ティトゥはポツリと呟いた。


「私は貴方の契約者ですわ。喋れるようになったのなら私に貴方の事を色々教えるべきではなくて?」


 ティトゥはハヤテが自分よりハルトと分かり合えていることに不安を覚えていた。

 右も左も分からない異世界に、たった一人で取り残されているような気持ちになってしまったのだ。

 しかし、彼女はそのことを素直に口にすることが出来なかった。いや、あるいは自分でも自分の不安の原因を理解していなかったのかもしれない

 ハヤテはそんな少女の不安を理解することは出来なかったが、彼女が自分の話を求めていることは分かった。


「あまり面白い話は出来ないと思うけど、それでも良いなら。でもあまり遅くまで話すことは出来ないからね。ちゃんと寝ないと明日が大変だから。」

「・・・貴方って結構口うるさい方でしたのね。まるでカーチャのようだわ。」


 この場にいない少女の名前を口にした事で寂しさを思い出し、胸の痛みを覚えるティトゥ。


「そうそう、カーチャと言えば僕にも日本には彼女くらいの年頃の姪っ子がいてさ。姉さんの娘なんだけど、昔は可愛かったんだ。でも今はちょっと太っちゃってさ。以前、うっかりその事について口を滑らせちゃったら怒って口も訊いてくれなくなっちゃって、ホント困ったよ。女の子ってあのくらいの年齢でもそういうの気にするものなんだね。」

「貴方にも家族がいるのね。」


 当たり前の事に気付かされてハッとするティトゥ。

 ハヤテの話によれば彼は一人で異なる世界に放り出されたのだと言う。

 そんな彼に今まで自分は何をしてあげられただろうか。


「家族の事が恋しい?」

「まあ、寂しくないと言えば嘘になるかな。今でもこうして夜に一人でいるとあっちに残した友達や両親の事を思い出すこともあるし。・・・姉さんはどうでもいいかな。死んでなきゃいいや。何やっても死にそうにない人だし。」


 今まで姉に何をされて来たのか驚きのバッサリ感である。


「だから家族に会えない寂しさは分かるつもりだよ。絶対にティトゥを家族の下に送り届けてみせるからね。ハルトとも相談してそのための算段はつけてるから、僕達に任せておいてよ。」


 ハヤテの言葉に胸を突かれるティトゥ。


(本当は自信なんて無いけど、ティトゥを不安がらせても仕方が無いからね。)


 ハヤテ渾身のハッタリである。あまりに根拠のない安請け合いに彼の心臓はバクバクものである。

 しかし効果はあったようだ。

 ティトゥは小さな笑みを浮かべ・・・そういえば今日はずっと難しい顔ばかりしていた気がしますわ・・・ハヤテに囁いた。


「信用していますわ。貴方は私の契約者ですもの。」


 ティトゥはハヤテと契約を結んでいると信じているが、それは実体のない彼女の妄想に過ぎない。

 ハヤテは今なら彼女の誤解を解くチャンスだと思ったが、彼女がそれを心の拠り所にしているのならそっとしておこう、と心に決めた。

 どの道、契約が有ろうが無かろうが明日からも自分が彼女を助けるために全力を尽くすことに変わりはないのだ。

 契約というものが単なる束縛ではなく、互いの心のつながりだというのなら、二人は確かに契約を交わしているのだ。


 その夜、ハヤテはティトゥにポツポツと自分の家族や、住んでいた場所や幼いころの思い出話を語った。

 それはハルトと交わした会話と違い、極めて個人的な話だった。

 ティトゥは満足すると村長の家に戻り、ハヤテは久しぶりに温かい思い出に浸りながら朝まで見張りを続けたのだった。




 ティトゥが家に戻るとそこには既にハルトとティルシアの姿があった。


「お嬢様が戻って来たぞ。」


 ハルトの言葉に慌てて席を立つエタン。


「そんなに急ぐ必要は無いですわ。貴方は私の使用人というわけではないのですから。」


 どこか張りつめていた今までと違い、柔らかい笑みを浮かべるティトゥにエタンは見惚れてポーッとなる。


「良い話し合いだったみたいだね。」


 カイの言葉に小さく頷くティトゥ。


「皆さん、明日からは力を合わせて元の世界に帰る方法を探しましょう。」

「元よりそのつもりだ。」

「ああ、任せておけ。」

「ぼ・・・僕も頑張ります。」


 前向きになった三人にカイはいつもの笑みを浮かべる。


「ひょっとして君達が二人一組で転移したのは、互いの心がつながっていたからなのかもしれないね。」

「ええっ?!」


 驚愕するハルトに白い目を向けるティルシア。


「おいハルト。いくら私でもその反応は傷つくぞ。」

「いや、だがしかし、俺達は一緒に仕事をするようになって、まだひと月も経っていないだろう。」

「時間は関係ありませんわ。私がハヤテと契約したのも出会ってひと月ほどでしたもの。」


 ワイワイと騒ぐ三人。

 そして一人悲嘆にくれるエタン。


(心がつながった者同士が転移したって・・・じゃあ一人でここに来た僕は?)


 エタンは彼が好きな少女の姿を思い描く。


(そんなぁ、リゼットぉぉ・・・)


 エタンは元の世界に残った少女に心の中で叫ぶのだった。

次回「島の中央を目指して」

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