その8 勝利者インタビュー
「ま、待ってくれ! 俺はアンタのファンなんだ! サインを貰えないだろうか?!」
「ズルいぞハルト! 僕、僕! 目の前の大きな飛行機が僕なんだけど、僕にもサイン下さい! 尾翼の部隊マークの所に大きく書いてくれたら嬉しいです!」
「そんなのイヤですわ!」
ハヤテの垂直尾翼に描かれた部隊マークはティトゥのお気に入りである。
グレートキングデビルに対してミーハーなファン丸出しで興奮するハルトとハヤテに呆れる仲間達。
そんな二人に対してグレートキングデビルはひと言だけ言った。
「今日の試合は結構キツかったね。でも見ての通り俺の勝ちだから。勝ち方? 勝負は勝たなきゃ意味が無いんだよ。すでにリングに上がっている以上、油断していたアイツが甘かっただけだね。納得いかないならいつでも再戦を申し込んで来ればいいんじゃないか? まあ俺が受けるかどうかは分からないけどね。以上だ。」
という内容を「オォ?」とか「アアッ?」とか適度にオラつきながら語り切る。
ひと言どころじゃないし、そもそも二人に対しての言葉でもない。
いつも適当な事を書くのは良くないと思う。
「おお~っ。グレートキングデビルの生インタビューだ。」「凄いなぁ。本当に何を言いたいのか分からないよ。」
どうやらグレートキングデビルの味のある勝利者インタビューは現役時代からの恒例だったようだ。
憧れのスターの生トークを聞くことの出来た幸せを噛みしめるハルトとハヤテ。
お前本当はハルトじゃないんじゃないか? と乾いた目で見つめるティルシア。
「いや、違うだろうハルト。済みません、仲間が余計な事を言って。」
カイがグレートキングデビルの前に歩み出る。
「貴方が何者かは「「グレートキングデビルだ。」」・・・グレートキングデビルだという事は分かりましたが、何故今この場所に現れたんでしょうか?」
ハルトとハヤテに突っ込まれ、やり辛そうにするカイ。
ハルト達の様子から、どうやらこの覆面レスラーは彼らの世界の有名人であることは分かる。
だとするならば、いつ彼はこの島に転移してきたのだろうか?
(相変わらず大気中のマナの濃度は異常なほど高い。転移の際のマナの流れを感じられたはずなんだ。)
しかしカイには、グレートキングデビルは突然この村に現れたようにしか思えない。
この事が意味するのは一体・・・
実はハヤテが転移してきた時に、別の場所にグレートキングデビルことエタンもほぼ同時に転移していたのだが、ハヤテの方のインパクトが強すぎて誰もエタンの転移に気付かなかったのだ。
グレートキングデビルは少し考えていたようだが、やがてカッコイイ言葉を思いついたのか、カイの方へと向き直った。
「闘争が俺をこのリングに導いた。それだけだ。」
ビキッ
カイの額に青筋が浮かぶ。
「どうしたカイ、いつもの笑みが怖いぞ。」「いや、何でもないよ。それより彼の事だけど・・・。」
カイが目を離した間にグレートキングデビルはトロール・ボスを引きずって村の入り口に向かう。
自由だな、グレートキングデビル。
カイがそのことに気づいて慌てて呼び止めようとするが、時すでに遅し。
グレートキングデビルは、日が落ちてすっかり闇に包まれた森の中へとその姿を消していた。
「皆さん! ここにいましたわ! ちょっと、貴方。大丈夫ですの?」
すっかり日も落ちて暗くなった村の中を、カイ達は松明を片手に手分けして行方不明となったエタンを捜していた。
どうやらティトゥが見つけたようだ。
「なんでそんな所に、というかなんでまた裸なんだ?」
エタンは村の入り口近い家の中で全裸で気を失って倒れていた。
グレートキングデビルの筋肉美にはうろたえたティトゥだが、彼女にも幼い弟がいるせいか、エタンの裸には特に感じるものは無いようである。
ティトゥはエタンを背負うと、ハヤテの下に集まる仲間の所まで歩いてきた。
「どうした、トロールにやられたのか?」
ティルシアの言葉に、近寄りかけたハルトとカイが足を止めた。
筋骨隆々なトロールの姿を脳裏に描き、思わず全裸のエタンに哀れみの目を向ける男二人。
二人の視線が同時にエタンのプリンとした柔らかそうなお尻に向いたのは偶然ではないだろう。
「どこもケガは無いようですわ。」
「ならば自分で裸になったのか? 一体何があればそうなるんだ?」
本当に気を失っていただけのようで、エタンはすぐに目を覚ました。
「あっ! ご・・・ごめんなさい、みんな戦っていたのに僕だけ気を失ってて。」
股間を隠しながら頭を下げるエタン。
「いや、無事ならいいんだ。それよりどうして裸であの家の中に倒れていたんだ?」
どうやらエタンもその辺りの記憶が曖昧なようで、ハルトの質問に答えることは出来なかった。
「とりあえずお前の服を貸してやれ。」
「・・・今度は失くさないでよね。」
ティルシアに言われて仕方なく自分の替えの服を手渡すカイ。
「とりあえず今日はもう日も暮れたし、みんな休んだらいいよ。見張りは僕がやるからさ。」
ハヤテの言葉に顔を見合わせる仲間達。
「お言葉に甘えようか。いろいろあってみんな疲れただろうし。」
安全を考えれば頑丈な造りの食糧庫で休むのが良いのだろうが、食糧庫は人が生活するような造りではない。
彼らは村の広場に近い、村の中では比較的大きな家で一夜を明かすことにした。
「村長の家はこうなっているんだ。初めて見た。」
どうやらこの家は村長の家だったようだ。エタンは興味深げに建物の中をキョロキョロと見渡した。
「寝る前に汗を拭いたいですわ・・・。」
「あ、ごめんなさい、気が付かずに。今お湯を沸かしますね。」
ティトゥのぼやきに骨惜しみしないエタンが即座に反応して台所に駆け込む。
「じゃあ俺達はその間に戦闘で使った武器の手入れをーー」「スマン、少し一人になりたい。」
ハルトの言葉を遮ると、ティルシアは家を出て行った。
歩き去るティルシアの背中を黙って見つめるカイ。
「行って来なよハルト。」
「何でだ? 一人になりたいと言っていたぞ?」
いつもの笑みを消し去ると、じっとハルトの目を見るカイ。
「彼女は今不安を抱えている。君だって以前に同じ経験をしたことがあるんだろう? 今の彼女の気持ちが分かるんじゃないのかい?」
カイの指摘にムッとするハルト。
確かにかつて自分も異世界転移をした際、不安と孤独に苛まれた。
しかし、自分の場合と彼女の場合では全く条件が違う。
彼女には戦う力があるし自分という仲間だっている。
まだ子供で無力だった自分とは違う。
「ーーそう思っているなら、それは間違いだからね。」
人の心とは不思議なもので、本人が自分が不幸だと思えばどんなに恵まれていても不幸に感じるモノなのだ。
ハルトの時より条件が恵まれているとしても、それはハルトが自分の経験と比較して「今回はマシだ」と思えるというだけで、ティルシアにとってはそんな比較は意味のないモノだ。
「だが、少なくともティルシアは一人じゃない。」
「それ、彼女の前で言い切れる? 今日の自分を胸に手を当てて思い出してみなよ。」
ハルトは深い湖のように底が見えないカイの目に見据えられ、頭に上った血が下がるのを感じた。
冷静に今日の自分を思い出すと、懐かしい出会いにいつもより浮ついていた覚えがある。
そしてそんな自分を別人を見る目で見ていたティルシアの事も・・・
「俺がティルシアを一人にしてしまっていたのか?」
「どうだろうね。彼女の事を後回しにしていたようには見えたね。」
「そんなつもりは! ・・・いや、そういう事か。分かった。彼女と話をしてくるよ。」
自分がすべきは、ここでカイに分かってもらうことではない、ティルシアに分かってもらうことだ。
最初からカイは自分にそうしろと言っていたのだ。
ハルトはようやくそのことに気が付くと、ティルシアを捜しに家を出て行った。
そんなハルトを見つめるティトゥ。
「君も話が必要な相手がいるんじゃないかな?」
「・・・そうですわね。少し席を外しますわ。あの子がお湯を持ってきたら、少し遅くなるから置いておくように言っておいて頂戴。」
ティトゥは少し思い詰めた表情で家を出て行く。
一人になったカイは台所に続くドアに振り返った。
「と、お嬢様は言っていたよ?」
ドアが開くとばつが悪そうにしながらエタンが姿を現した。
エタンはカイとハルトの口論に出るに出られず、かといって心配で目も離せず、やきもきしながらドアの向こうで様子を伺っていたのだ。
実はエタンも女性達のギクシャクとした態度は気になっていた。
そしてその原因である男達がそのことにまるで気が付いていない様子を懸念していたのだ。
エタンは彼らの関係が破綻する前に上手く話し合う機会を作ったカイに感心していた。
エタンはカイにニッコリとほほ笑んだ。
「カイさんはみんなのお父さんみたいですね。」
「・・・そこはせめてお兄さんと言って欲しいな。」
確かにカイの精神は見た目の年齢より遥かに老成している。
しかし、エタンの純粋な例えは彼の心を結構傷付けた。
次回「和解」