その6 蘇る伝説
◇◇◇◇◇◇◇
周囲は真っ暗だ。
その中にポツンと緑色の台が浮かび上がっている。
プロレスのリングだ。
エメラルドグリーンのマットということは「プロレスリング・エメラルドグリーン」のリングだと思われる。
何か遠くから声が聞こえる。群衆の掛け声だろうか。
力強く、一定のリズムを刻んでいる。
そのリングの前に佇む一人の少年。
エタンである。
エタンはハルト達がティトゥを追って食糧庫を飛び出した時、トロールの姿に怖気づいて後に続くことが出来なかった。
異世界アルダの人間にとって魔獣ーーそして魔人というのはそれほど恐ろしい天敵なのである。
(僕に戦う力があればーー)
情けなさと悔しさにギュッと唇を噛みしめるエタン。
リングの上にはポツンとマスクが落ちている。
G・K・D! G・K・D!
群衆の声が聞こえてくる。
その声に背中を押されるようにエタンは足を踏み出し、目の前のマスクを拾い上げると躊躇なくそれを被る。
G・K・D! G・K・D!
完全に頭部を覆う形のマスク。吊り上がった目と三日月のような笑みを浮かべる口にはそれぞれ黒いメッシュが入っていて装着者の顔は外からは完全に見えない。
額には般若の面のシルエットと朱塗りのG・K・D。
それはかつて日本マット界で元悪役でありながら悪役と戦った男のマスク。
途端にエタンの体からモリモリと盛り上がる筋肉!
ナイスバルク! 僧帽筋が並じゃないよ! 背筋がたってる! 肩メロン!
骨が音を立てて身長が伸びる!
その身長は優に2mに届いた!
オオオオッッッ! G・K・D! G・K・D!
もはやそこに立っているのは何の力も無い小柄でやせっぽちの可愛い系の少年ではない。
悪鬼羅刹の跳梁跋扈するリングの上で戦う男。百戦錬磨のヘビー級レスラーだ。
覆面レスラー・グレートキングデビルが、今再び世界を越えてこの島に降臨したのだ。
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四式戦・ハヤテはピンクの髪のお嬢様ティトゥを乗せ、村の上を旋回していた。
あの後ハヤテは地上のトロール達に何度か攻撃を繰り返したが、最初の時ほど目立った戦果を上げることは出来なかった。
「チョロチョロと逃げ回って厄介ですわ。」
ティトゥが苛立ちを露わにするが、ハヤテも内心似たような気持ちだった。
知力系のパラメータの低いトロールだが、その分身体系のパラメータの数値が非常に高い。
彼らはすでにハヤテの単調な攻撃パターンに対応しつつあった。
「何でしょうか? どこからか音楽が聞こえてきますわ。」
ふと呟いたティトゥの言葉にハヤテも驚いて耳を澄ませる。
(そんな馬鹿な。高度300mを時速380kmで飛ぶ僕の中で外の音楽が聞こえるわけが・・・)
そんなハヤテの耳にもどこからともなく流れてきた音楽が届く。
その完成された厳かな音色に聞く者の心が強く揺り動かされる。
地上のトロール達にも聞こえている様子で、不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡している。
曲の正体に気が付いたハヤテの体に電流が走る。
「この曲は”GREAT SWORD”! グレートキングデビルの入場曲じゃないか!」
突然大声で叫んだハヤテにティトゥがビックリする。
「いきなりどうしたんですのハヤテ! ぐれーと・・・何ですって?!」
その時。これまでと一転、アップテンポな曲調へと変わる。
勇ましい。体が自然と動き出しそうな、心が沸き立つリズムだ。
ハヤテは見るからにソワソワとしだす。
バーン!
村の入り口から大きな爆発音が響く。
驚いて飛び上がるトロール達。
彼らは一斉に村の入り口へと振り返る。
そこに立つのは黒いガウンに身を包んだ身の丈2mの大男。
言わずと知れた覆面レスラー・グレートキングデビルその人である。
「うわああああああああっ! G・K・D! G・K・D!」
「ハ・・・ハヤテ?!」
ティトゥの戸惑いにも気付かないほどハイテンションで叫ぶハヤテ。
「うおおおおおおおおおっ! G・K・D! G・K・D!」
「おい、ハルト! 一体どうしたんだ?!」
食糧庫の中ではハルトがやはりハイテンションで叫んでいた。
驚いたティルシアがハルトを激しく揺さぶるが、テンションの上がったハルトは気する様子が無い。
そんなハルトに度肝を抜かれたのか、珍しくポカンと大口を開けて呆けるカイ。
G・K・D! G・K・D!
どこからともなく聞こえる無数の群衆の叫び声。
突然聞こえてきた歓声にトロール達が浮足立つ。
グレートキングデビルはおもむろに手を伸ばすとーー
「リングカモン!」
グレートキングデビルの掛け声でスキル「環境魔法」が発動する。
さっきまでハヤテがいた村の広場に突然出現するプロレスリング。
グレートキングデビルの謎の技に驚愕するカイ。
(彼は一体何をしたんだ?! 魔法を使ったわけじゃない。マナの流れを全く感じなかった。しかし、だとすれば今の現象は何なんだ?)
混乱するカイを尻目に、グレートキングデビルは自ら作り出したリングに向かって走り出すとーー
「とうっ!」
トップロープを飛び越えてひらりとリングの上に立った。
バサッ!
ガウンを跳ね上げてカッコいいポーズを決めるグレートキングデビル。
「えええーーっ! あの人なんで裸なんですのおおお?!」
「おおおおっ! G・K・D! G・K・D!」
「おおおおっ! G・K・D! G・K・D!」
「ハルト! しっかりするんだ!」
グレートキングデビルの肉体美に悲鳴を上げるティトゥと、錯乱する仲間にどうしていいのか分からず半べそになるティルシア。
外野の事など知ったっこっちゃないとばかりに盛り上がるハヤテとハルト。
ここでグレートキングデビルの名誉のために言っておくが、彼は決して裸ではない。
ストロングスタイルの象徴、黒いレスラーパンツを履いている。
もちろんレスリングシリーズも履いているし、当然マスクも付けている。
いつもの通りのレスラースタイルだ。
しかし、惜しげもなく肉体美をさらけ出すグレートキングデビルの姿は、貴族のご令嬢には刺激が強すぎたようである。
見て良いのか悪いのか、落ち着きなくキョロキョロと視線を泳がせるティトゥだった。
『さあ、本日はここ謎の島特設リングからグレートキングデビル対トロール集団、バトルロイヤル戦をお送りいたします。』
どこからか謎の実況中継が聞こえてくる。どうやら今から始まるのはバトルロイヤル形式の試合のようだ。
『解説は獣王タイガー・サンダーさんでお送りします。』
『よろしくお願いします。』
突然現れたリングに警戒していたトロール達だが、やがて勇気のある一匹がリングの上に上がると、中央に立つ獲物に襲い掛かった。
『おおっと、トロール、いきなり武器を持っての反則攻撃だ!』
『おい、審判どこ見てんだよ!』
解説の獣王タイガー・サンダーさんもお怒りだ。
しかし、グレートキングデビルはトロールに武器を振り下ろす間を与えず、相手の腰に弾丸のようなタックルを決めた。
『グレートキングデビルのスピアー! さらにダウンした相手を掴んで投げっぱなしのジャーマンだ!』
グレートキングデビルはダウンした相手の腰に手を回すとぶっこ抜くように持ち上げ、鍛え上げられた背筋の力を使って背後に投げ飛ばした。
頭からリングに突き刺さるトロール。
グレートキングデビルはピクリとも動かないトロールの腕を掴むとリングの下に転がり落とした。
ワアアアアア! G・K・D! G・K・D!
「「G・K・D! G・K・D!」」
グレートキングデビルの雄姿にハルトとハヤテは大興奮である。
「え~と、何コレ?」
カイはこのノリについていけない様子である。
13歳で勇者の神託を受けて以来、魔族との戦いに明け暮れていた彼の人生において、リングの上という輝かしい世界は縁のないものだったのだろう。
仲間がやられた事に憤慨したのか、次々とリングの上に上がるトロール達。
グレートキングデビルの戦いは始まったばかりだ!
元二先生の次回作にご期待下さい。
ーー嘘です。打ち切りじゃありません。ちゃんと続きます。
次回「うなる剛腕」