その3 二人の日本人
『やっぱり零戦だ! どういうことだ?! ここはオクレール王国とやらじゃないのか?! それともオクレール王国は地球にある国なのか?!』
無人の村に入ってきたのは若い男女の集団だった。
その中でも年長者の青年が、村の広場に着陸していた四式戦闘機・ハヤテを見て叫んだ。
『日本語?! ここって地球なの?!』
ハヤテも一応その可能性を考えてはいたが、あまり高くない可能性だと思っていた。
(あれっ? じゃあ不味いじゃん。僕ってこの身体で地球に戻って来たってこと? どうすりゃいいの?)
焦るハヤテに駆け寄る青年。
『ハハハ、すげえ! 本物の零戦なんて初めて見た! これはあんたの物か?! なあ、俺は日本人なんだ。日本に帰れる場所に案内してくれないか? ・・・そうだ! 大使館! 日本の大使館に連れて行って欲しい! 頼む!』
ティトゥに詰め寄る青年。大声で知らない言葉を喚き散らしながらすがりつく青年に怯えるティトゥ。
「どうしたんだハルト! お前何をやっているんだ?!」
青年ーーハルトは中学生ほどの少女、ティルシアに腕を掴まれてティトゥから引き離される。
「あ・・・ああ、す・・・済まなかった。あまりのことについ興奮して・・・」
二人の少年がハルト達に歩み寄る。
一人はハルトより少し若い、落ち着いた雰囲気を持つ少年。もう一人はティルシアと同年代の大人しい少年だ。
「同行者が迷惑をかけたね。良ければ少し話をさせてもらえないかな?」
少年ーーカイのどことなく人を安心させる優しいほほ笑みに、少しだけ警戒の解けるティトゥだった。
「ミロスラフ王国にランピーニ聖国? どちらも聞いたことのない国だね。」
カイはティルシアとエタンを見るが、やはり二人とも心当たりが無いようだ。
「それでハヤテが言うにはーーああ、ハヤテというのはそこにいるドラゴンですわ。私達は・・・」「ドラゴンだって?!」「はあっ?! 何で零戦がドラゴンなんだ?!」「ええっ! これってドラゴンだったんですか?!」「・・・僕が聞いていたドラゴンとは随分違うね。」
ティトゥのドラゴン発言に全員が一斉に食い付いた。
「それより日本ーーぐふっ。」「すまん、邪魔をした。続けてくれ。」
いきり立つハルトに一発入れて黙らせるティルシア。
日頃は慎重すぎるほど慎重なハルトの、人が変わったような姿にティルシアは困惑を隠せない。
カーチャほどの年齢の少女の思わぬ凄みに驚きながらティトゥは説明を続ける。
「ええ。ハヤテが言うには、私達は違う世界に来てしまったのではないかと。」
違う世界に来たーー”界を渡る”という発想をドラゴンがしたと聞いて驚くカイ。
彼も実際に自分が経験するまでは、そんなことがあるなど考えたことも無かったのである。
(もしやドラゴンというのは神の使徒なんじゃ・・・)
自分のよく知る大きな白猫を思い浮かべるカイ。
「あの・・・ ドラゴンが言ったってことは、貴方はドラゴンと会話が出来るんですか?」
おずおずと手を上げて質問をするエタン。どうやらエタンはドラゴンの事が気になって仕方が無いようだ。
どこの世界でもドラゴンという存在は男の子の心を掴むものなのかもしれない。
「ええ。以前は片言しか喋れませんでしたが、今は普通に会話出来るようになりましたのよ。」
ティトゥの言葉に全員の目が一斉にドラゴンへと向く。
「え~と、ハヤテです。ドラゴンと呼ばれてます。よろしくお願いします。」
((((何か軽!!))))
全員の心が一致した瞬間であった。
「オクレール王国ですか・・・聞いたことがありませんわ。やはりハヤテの言った通り私達は違う世界に来たのかもしれませんわね。」
カイの言葉に難しい顔をするティトゥ。
「お前達の世界ではドラゴンはみんなそんな姿なのか? さっきは済まなかったな、お前が俺の知っている零戦ってのに似ていたもんでな。」
少し頭が冷えたのか、ハルトがハヤテに近付いて話しかける。
ハヤテはしばらく葛藤していた様子だったが、やがて意を決して打ち明ける。
『僕はドラゴンじゃないよ。転生した日本人だ。』
日本語での発言に大きく目を見開き驚くハルト。
が、冷静に考える時間が取れたのが良かったのか、先程のように取り乱す事は無かった。
ハルトも日本語に切り替えてハヤテに答える。
『おいおい、二人目の転生者も日本人か?! 日本人ってのはあちこちで転生しているんだな。』
今度はハヤテが驚かされる番だった。
『僕以外にも日本人の転生者がいるんだ?! え~と、その人は何に転生しているのかな?』
こわごわ聞くハヤテに呆れ顔で答えるハルト。
『何にって何で物限定なんだよ。普通に人間に決まってるだろう。マルティン・ボスマンってヤツで、俺達の世界じゃ知らない者はいない大手商会の跡取り息子だ。知識チートで散々ボロ儲けしているぜ。』
えっ? 普通に人間に転生出来るの? じゃあなんで僕は四式戦に転生してるわけ?
ハルトの言葉にショックを受けるハヤテ。
そんなハヤテの気持ちを察して、慰める言葉もないハルトだった。
『それじゃあハヤテはその地震で死んだと思ったら、零戦になって異世界に転生していたんだな?』
『そうだね。ハルトの場合はそのまま異世界に転移したわけだから僕とは事情が違うね。それと僕は零戦じゃなくて四式戦だから。』
『四式戦? それって何が違うんだ?』
零戦と四式戦の違いをこんこんと説明しだすハヤテ。
異世界を生き抜く人生の上で何の役にも立たない情報をつらつらと聞かされて慌てるハルト。
『それに四式戦の開発元の中島航空機は零戦のライセンス生産も請け負っていて、零戦の開発元の三菱をも上回る総生産数の半数以上をーー』
『いやいや、ホントもういいから。勘弁してくれ。』
悲鳴を上げるハルト。二人の間にふと静寂が訪れる。
やがて、どちらからともなく笑い声が上がった。
『ごめんごめん、こうやって誰かとじっくり会話をするのって久しぶりだったから、つい。』
『まあ分かるよ。俺もこうやってしがらみもなく馬鹿話をするのは日本で中坊だったころ以来だ。』
マルティンは転生者だが、ハルトは彼の事を心の底では信用していない。
いくら日本人の記憶があっても、マルティンは異世界フォスの両親の元で生まれ育った異世界人だからだ。
その点ハヤテは心も体?も日本人である。
ハルトは転移して初めて同郷の士に出会えた思いであった。
『なあ、ハヤテっていうのはその機体の名称なんだよな? ならお前の本名は・・・いや、スマン。』
ハヤテからの微妙な空気で、触れてほしくない内容だと察して言葉を切るハルト。
実は彼も異世界フォスでは青木晴斗という本名を誰にも告げた事は無い。
異世界に自分のアイデンティティを浸食される事を恐れたのである。
名前は僅かに残った日本との最後の繋がりーーこれが否定されたら、もう二度と日本には帰れないのではないか。
青木晴斗という名前は今ではハルトにとって最後の心の拠り所となっているのだった。
『いや、いいよ。ちょっと言い辛かっただけだから。僕の本名はーーーーだ。でもティトゥはずっと僕の名前がハヤテだと思っているからその名前では呼ばないで欲しいかな。』
『分かった。それにしても四式戦に転生したのってその名前のせいなんじゃないか? まあよくある苗字だしそんなこともあるか。』
ハヤテの言葉に下手な冗談で返すハルト。
苦笑するハヤテ。
日本人二人の会話はいつまでも続くのだった。
こちらは残りの四人の男女。彼らは話し込むハルトとハヤテに気を使って、自分達だけで夕食の支度を始めていた。
と言っても料理をしているのはカイとエタンの二人の少年だけである。
少女二人は早々に戦力外通告を言い渡されて、村の中に残された食料がないか調べに追いやられていた。
「君、本当にそれで料理をした事があるの?」
カイに真顔で言われて憤慨したティルシアだが、頭のウサ耳がショックでへにょっていたのをティトゥは見逃さなかった。
ちなみにティトゥは台所に立ったことすらない。
貴族の令嬢なのだ。それも仕方が無いだろう。
エタンは日頃母親の料理の手伝いをしていたこともあり、見事カイのお眼鏡に叶ったのである。
和気あいあいと話し込むハルトとハヤテ。
ティトゥは離れた場所からそんな二人をどこか寂しそうに見る。
「気持ちは分かるが邪魔をしてやるな。」
ティルシアに言われて振り返るティトゥ。
「お前の連れをハルトに取られた気がして不安なんだろう? だがそういう女の束縛を男は嫌うものだ。今は放っておいてやれ。」
幼い少女に上から目線で諭されてムッとするティトゥ。
「ちなみに私はおそらくお前より年上だ。年上の忠告は素直に聞いとくものだぞ?」
ティルシアは19歳だと聞き、驚くティトゥ。
「本当ですの?! 9歳の間違いじゃないんですの?!」
「そこまで言われたことは一度もないぞ!」
所変わって、とある民家の台所を借りて調理中の二人。
下ごしらえをしながらエタンがカイに話しかける。
「お二人は何か見つけてくれますかね。」
「どうだろうね。芋でも見つかれば嬉しいんだけど。」
とは言うもののカイは二人の探索結果にはあまり期待していなかった。
二人が頼りにならない、というわけではない。
問題はこの村にあった。
「何だか変な村ですからね。最初から人が住んでいないみたいというか・・・」
エタンがそのことに気が付いていたと知り、驚くカイ。
しかし、エタンも自分と同じく村人であったことを思い出して納得する。
「やっぱり君もそう思うかい?」
「カイさんもそう思っていたんですか?!」
目を丸くして驚くエタン。
おいおい、君は僕の事をどう思っているんだい。と呆れるカイだったが、エタンに自分が元々小さな村の出身であると言っていなかったことを思い出した。
「この村、何だか僕の住んでるペリヤ村にそっくりなんですよね。不思議な偶然もあるんですね。」
エタンの呟きに引っかかるものを感じるカイ。
しかし、いくら彼でもこの村が”グレートキングデビルのチートスキル「環境魔法」によって作られたペリヤ村”であることに気が付くはずはなかった。
そしてこの村が今この瞬間にも敵に囲まれようとしていることにも。
次回「襲撃」




