最終話 創られた神
これで本編は完結となります。
部屋の中は何も無かった。
真っ白、でもなければ、真っ黒、でもない。
突然視力が奪われたような”何も無い”である。
「驚いた・・・。この事か、ハルトが言っていたのは。」
カイは一瞬立ち尽くしていたが、すぐに部屋に足を踏み入れた。
この部屋の事は事前にハルトに聞いていた。
もし、そこに神がいるなら、その部屋は”何も無い”はずだと。
カイは部屋の中を真っすぐ歩いて行く。
もちろん何も見えない以上、本当に真っすぐ歩いているのかは分からない。
だがこの場では歩くという行為自体に意味があるのだ。
やがて目の前にポツンと何かが姿を現した。
赤く血の色に染まる一抱えほどの生々しい臓器。
「これが・・・神?」
それはカイが知る神とは似ても似つかない存在だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
”神”が生まれたのは本当に偶然だった。
ここは魔族が造ったマナを研究する施設。
マナから発生する様々な魔獣を解剖、研究することでマナの神秘を解き明かそうとする研究施設だった。
今、部屋の外でハルト達が戦っている魔獣も、研究の副産物として生み出された人工的な魔獣である。
研究は一定の成果を上げた。
いや、それ以上の成果を上げたと言っても良い。
マナを調査する過程で彼らは”神”を生み出してしまったのだ。
以前にも説明したように、マナは神のエネルギーを浴びた”作用素”が変質した物質である。
研究者たちはその逆にマナから”作用素”を、そして”作用素”から神のエネルギーを生み出すことに成功したのだ。
神はエネルギーである。つまりこのエネルギーは新たな”神”となったのだ。
しかし、コップからこぼれた水を集めてコップに戻しても元の水にはならない。
もはや飲むことも出来ない不純物の混ざった汚れた水である。
それと同じことが新たな”神”にも起こった。
そこに生まれたのは穢れた”不完全な神”だったのだ。
そんな”不完全な神”の存在を魔族の神ーー魔神は許さなかった。
そもそも、この神は何かのはずみで膨大なエネルギーをまき散らしかねない生きた太陽とも言うべき存在だった。
魔神は”不完全な神”を研究施設ごと封印、誰も近付かないように人払いの結界を張った。
島に上陸した時、カイが不思議に思った人払いの魔法は、魔神によって施されたモノだったのだ。
魔王にすら不可能な常時発動魔法も、神である魔神にとっては容易い事だったのである。
本来は滅ぼすべきだったが、いかな魔神とはいえ、他の神の世界でこれ以上の力を振るう事は出来なかったのである。
こうして封印された”不完全な神”だが、島にマナが蓄積されるとそのマナはダンジョンを造った。
ダンジョンは空間に反応して造られる。その結果、空間に作用する封印にほころびが生じた。
事態に気が付いた魔神は、やむを得ず要点をぼかしてこの島の存在をカイ達の世界の神にリークした。
神はこれを魔神の良からぬ企てと考え、それを阻止するべくカイを島の調査に向かわせたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
以上の内容をハルトは一瞬のうちに理解した。
「・・・これがハルトの言っていた、神の言葉。なるほど、確かにこれは経験してみないと理解出来ないね。」
情報もある種のエネルギーである。神は存在するだけで常にエネルギーに乗せて情報を駄々漏らししている状態なのだ。
神にとって自分の言葉ーー情報というのは自分の存在の在り様に通じる重要な要素だ。
嘘をついて真実を歪めれば自分の根幹も歪む。
神といえども万能ではないのだ。
もちろん普通の神であればそのリスクを冒さないよう、エネルギーの出力ーー情報の漏洩は最小限にコントロールされている。
だが、この”神”は違う。
「この神では彼らを元の世界に戻す事は出来そうにないか・・・」
残念そうにカイが呟く。
”不完全な神”はただ存在するだけの壊れた神である。
プログラムが壊れたソフトウェアに近い。
ただただ膨大なエネルギーを秘め、それを垂れ流すだけの、思考すらできない”何か”なのだ。
カイは懐に手を入れると何かを掴み出した。
それは小さな金色の玉。何の変哲もない金色の玉だ。玉ねぎのように上が少し尖っている。
カイが神から与えられた彼専用の神器”摩尼珠”だ。
「新たな神よ。次の生では普通に神として生まれ変われますよう。”浄土”!」
その瞬間、この世界からカイと”不完全な神”は消滅した。
ほんの瞬きする程の時間の後、カイは再びこの世界に戻って来た。
部屋はすっかり様変わりしていた。
あれほど濃密だった’何もない’は最初から存在しなかったかのように姿を消し、この部屋は閑散とした地味な研究施設の一室に過ぎなくなっていた。
カイはグルリと辺りを見渡すと、この場所での記憶を反芻するためにしばらくその場で佇んだ。
「ヤツは逝ったか?」
女の声に驚いて振り返るカイ。そこにいたのは大きな黒い猫。
「君は?」
「私の名前はムスタ。君から見れば魔神の使徒かな。」
黒猫はそう言うとハタハタと尻尾を揺らした。
「あの”神”なら消えて無くなったよ。」
カイの持つ神器は限定的な界渡り能力を持っている。
この世界と”清浄国土”と呼ばれる異世界をつなぐ能力だ。
”清浄国土”はこの宇宙の命がより高次元な生命体へと進化を遂げるための修行の場である。
あらゆる争いや欲から切り離された、この世界とは物理法則の異なる別世界だ。
その”清浄国土”で”神”はゆっくりとエネルギーを放出し、やがて消滅した。
壊れた神には自分のエネルギーの放出を止める事すら出来なかったのだ。
「あれはこの世界に存在する限り、ほぼ世界の質量と同等のエネルギーを得る事が出来る。消すためには一度この世界から切り離すしか無かった。良くやってくれた。」
クシクシと髭を撫で付けながら黒猫がカイを労う。
「それで、他の世界から来た彼らの事だけど。」
「今回の原因はこちらにある。そしてお前には今回世話になった。魔神様も当然そのことは分かっておいでだ。それで良かろう?」
「すでに彼らの世界に戻した、と?」
「皆まで言わせるな、無粋なヤツめ。お前の良いようにした。つまりはそういうことだ。」
どうやら仲間達はそれぞれ元の世界に帰ったようである。
そのことにホッとしながらも、カイは寂しさも感じた。
”界を渡る”と別世界の記憶は夢で見たことのように薄く曖昧になる。
すぐに彼らの記憶からこの世界のことは消えて無くなるだろう。
彼らの記憶を残すのは今では自分一人。その事実はカイを物悲しい気分にさせた。
カイはいちいち回りくどい言い方を好む黒猫に軽い苛立ちを感じた。
それはやり場のない思いを抱えた彼の、単なる八つ当たりだったのかもしれない。
「助かりました。彼らをこの世界に連れてきた神はもういませんから。」
カイは自分の気持ちを飲み込むと、表面上は礼を言うに留めた。仲間を助けてもらったのは事実だったからである。
神が何を目的として彼らを集めたのかは分からない。
いや、おそらく理由など無いのだろう。
あの神は壊れた神だ。思考する事すらままならなかったはずである。
もしかしたら、永遠の牢獄に捕らわれたまま考える事も出来ないみじめな自分を解き放ってくれる存在を本能的に求めたのではないだろうか?
その願いが無意識に彼らを呼んだ。そう考えることは出来ないだろうか。
もちろんそれはカイの妄想だ。
たまたま偶然。おそらくはそれが真実だ。
しかし、カイはそう考える事で、彼らとの出会いを少しでも意味のあるものにしたかった。
(自分がこんなセンチメンタルな人間だったなんてね。)
カイはやるせない気持ちに苦笑いをする。
気が付けば黒猫は姿を消していた。
カイは溜息をつくと、今となっては何の変哲もない扉を開け、部屋の外に出るのだった。
カイが建物から外に出ると島はガラリと様相を変えていた。
あれほど濃厚だったマナはきれいさっぱり消滅し、建物の中にあれだけいた魔獣もその姿を消していた。
(あの黒猫ーームスタがやったのか?)
カイは建物の廊下で拾った銀のナイフを手で弄びながらぼんやりと考える。
このナイフはウサギ獣人の少女、ティルシアが持っていたものだ。
建物の中には彼女達の姿も彼女達が戦っていた魔獣の姿も無かった。
ただこのナイフだけが、ここで戦闘のあった証として床に落ちているだけだった。
神の使徒の力は勇者であるカイを大きく上回る。
神が消えたことでダンジョン化が解けた島を正常化する事など、彼らにとっては容易い仕事なのだろう。
建物から少し歩くと海に出た。
島も随分小さくなったようである。いや、元々このサイズの小島がダンジョン化によってあれほどの大きさになっていたのだ。
「それはそれとして、僕はこれからどうすればいいわけ?」
王都近郊の島と言っても泳いで渡れるほど近い距離ではない。
カイは大海原を見ながら途方に暮れる。
「こんな時、ハヤテがいてくれたらひとっ飛びなのになぁ。」
やることもないカイは、近くの流木に座り込むと、手の中のナイフをもてあそびながら仲間達との思い出に浸るのだった。
これで本編は完結となります。
エピローグはプロローグ同様、それぞれのタイトルでお楽しみください。
この作品を書いたきっかけは、元々アメコミやゲームのスーパーロボット大戦等が好きだったこともあり、「主人公達が作品を超えて一堂に会して敵と戦う」という話に憧れがあったからです。
皆さんにも楽しんで頂けたなら幸いです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




