表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/18

その17 研究施設

 それは一枚の宗教画のような厳かな光景だった。

 一段高い緑の台の上。

 神々しい肉体を持つマスクマンが己の右こぶしを天に付き上げている。

 彼の左手にはプルプルと震える奇妙な物体。


 グレートキングデビルとBスライムである。


 かつて日本プロレスマット界に、多くのファンに惜しまれながらもケガによる引退を余儀なくされた覆面レスラーがいた。

 その彼が新たな異世界でまた一つ伝説を作り上げようとしている。


 ワアアアアアアッツ!


 謎の観客?の歓声は最高潮を迎える。


 メキッ!


 グレートキングデビルの腕がさらに大きく膨らんだように見えた。

 かつてそれは数多の強敵レスラーをマットに沈めたフィニッシュブロー


 その剛腕がBスライムに


 降り下ろされた。


 ドシィ!


 鈍い音と共に、剛腕が叩きつけられたBスライムの核は粉々に粉砕された。

 グレートキングデビルの手からドロリと崩れ落ちるBスライム。 


 カン! カン! カン! カン! カン!


 ウオオオオオオオオオオオッ!!!


 試合時間15分32秒。Bスライムはグレートキングデビルのフィニッシュブロー、剛腕ラリアットによってリングに沈んだのだった。



 観客?の割れんばかりのG・K・Dコールが次第に遠くなっていく。

 いつの間にか実況と解説の声も聞こえなくなっている。

 それと共に地面に沈み込むようにエメラルドグリーンのリングが消えて行く。

 残っているのはグレートキングデビルと彼の足元のドロリとした黒い液体。


「む。何で誰もいないんだ?」


 グレートキングデビルは辺りを見渡すと、周囲に観客がいないのを不満に思ったようだ。

 というか、自分で「先に行け」と言った事を覚えていないのだろうか?


 仕方なくグレートキングデビルは黙ってこの場を後にするのだった。

 一人去って行くグレートキングデビルの背中はどこか寂しそうに見えた。




 謎の建物の中、ハルトを掴んだティルシアを先頭に三人は奥を目指していた。

 建物は廃墟のようで、彼らはここまで誰にも出会わず順調に距離を稼いでいた。


「放してくれティルシア。もう大丈夫だ。」

「本当だろうな。ほら、これでいいだろう?」


 ついさっきまで、G・K・D!G・K・D!と、うるさかったハルトを疑わしげに見ながらティルシアが掴んでいた手を離す。


「エタンはどうしたんだ?」


 今更のようにエタンの姿が見えない事に気が付くハルト。


「彼なら大丈夫。それより先を急ごう。」


 カイはエタンの行方に心当たりがあるのか何の心配もしていないようである。

 実際、今からエタンを探しに戻るのもリスクが大きい。

 ハルトはここはカイの言葉を信用することにした。


「それにこっちも余裕があるとは言えないしね。」


 実際建物の広さはかなりのもので、隅から隅まで調べていては、三人で手分けしたとしてもどれほどの時間がかかるか分からない。

 もちろん、いつ敵が出てくるか分からないこんな場所で戦力を分散することなど出来はしない。


「これは・・・砦というよりは、何かの研究施設のようだな。」


 ハルトはTVで見た大学の研究室を思い出した。確かに部屋の広さといい残された機材といい、そういうふうに見えないこともない。


「ふむ。ひょっとしてマジックアイテムの研究をしていたのかもしれないね。」


 カイが機材の一部を手にした杖でつつく。

 古ぼけた機材はそれだけで床に倒れてバラバラになる。すでにかなり風化が進んでいる様子だ。


「もしそうなら、放棄されて大分立つみたいだな。それにしてもダンジョンの中に研究施設を作るとは何を考えているんだ?」


 ボスマン商会も近年ダンジョンの中に宿泊施設を作り、観光地化した事がある。

 しかし、それは十分に安全を確保した浅い階層で行ったものだ。

 この建物のようにダンジョンの中心部に作った訳ではない。危険の度合いが桁違いだ。


「もしくは研究施設が中心になって周囲をダンジョン化したのか・・・」


 ハルトの呟きには誰の返事もなかった。

 けたたましい音を立てて蝙蝠のような魔獣が襲い掛かって来たからである。


「これは噛みつき蝙蝠?! いや、違う!」


 噛みつき蝙蝠はダンジョン中層のモンスターだ。だがこの蝙蝠はそれより一回り小さく、そして強い。

 ハルトは苦労して蝙蝠の魔獣を仕留める


「これは僕も知らない魔獣だね。どうやら牙に毒があるようだよ。」

「ちっ。やっかいだな。とりあえずここを研究施設と考えると目的地は二つ考えられる。」

「上か下だね。」


 こういう施設の場合、資料室は上の階か地下にあることが多い。

 1階だとどうしても人の出入りが多く、情報の機密性を保てないからだ。


「まずは階段を探すんだな? ハルト、後ろだ!」


 ハルトはティルシアの声に倒れるようにしながら体をひねる。

 黒い塊が彼の頭をかすめた。


「礫!」


 パン!


 カイの杖から土の弾丸が発射され、音も無くハルトに近付いていた異形の魔獣に直撃する。


 ギャッ!


 倒れる魔獣にすかさず追い打ちをかけるハルト。

 魔獣はハルトのナタに真っ二つにされる。


「・・・これも知らない魔獣だ。」

「時間が無い。とにかく階段を探そう。」


 ハルト達は気を引き締めると建物内の捜索にかかった。


 


 ハルト達の捜索は難航した。


「頼む、カイ!」

「礫!」


 パン


 カイの杖から飛んだ土の弾丸は廊下の角に隠れた魔獣の一匹を捉える。

 間髪入れずに飛び出すハルトとティルシア。


「デカブツは」「任せろ!」


 魔獣の姿を目に捉えると同時に、瞬時に役割分担を決めるとそれぞれの相手に切りかかる。


「蝙蝠がそっちに行ったよ!」

「ーーコイツは本当にやっかいなヤツだな!」


 ティルシアが細身の剣を振り回すが、素早く飛び回る蝙蝠の魔獣を捉えられない。


「渦!」


 パン!


「助かる!」


 カイの風属性の魔法の影響を受け、空中でフラリとたたらを踏んだ(・・・・・・・)蝙蝠はティルシアの剣で切り裂かれた。

 その間にもハルトは周囲の魔獣を一掃していた。


「続々と集まってくるね。」


 戦闘の気配に引き寄せられたのか、今までどこにいたのかと思うほどに魔獣は次々と襲い掛かってきた。

 迂闊に部屋にでも入ろうものなら、その部屋に押し込められそうなほどの勢いだ。

 どうやらこの建物自体がダンジョン化しているようである。

 ハルト達がそのことに気が付いたときには後の祭りだった。

 戦闘を繰り返しながら階段を上り降りした彼らは、すでに自分達が建物の何階のどのあたりにいるのかすら分からなくなっていた。


「後ろを警戒・・・」


 顔を上げたハヤテの動きが止まる。


「どうした? ハルト。」


 ハルトが見つめる先、廊下の先には扉があった。

 この場に似つかわしくない、流麗な装飾の入った大きな扉だ。


「・・・神の間に至る扉だ。」

「これが?!」「・・・。」


 突如目の前に現れた終着点に驚くティルシア。無言で扉を見つめるカイ。

 そんな彼らの背後からザワザワと魔獣の蠢く音が聞こえてくる。


「俺達はここまでだ。・・・カイ。」

「分かっている。君達が元の世界に戻れるようお願いしてくれば良いんだね。」

「頼むぞ、ニコニコ男。」


 ティルシアに自分がそんな呼び名で覚えられていたことにショックをうけるカイ。

 そんな二人を見て苦笑するハルト。


「ここは俺達が食い止める。俺の背中は任せたぞティルシア。」

「当然だ。任せろ。」


 ハルトに肩を叩かれ、ピンとウサ耳を立ててニヤリと笑うティルシア。


「こういう戦いも良いもんだな。」

「そうか? 実は俺はグロイのが苦手でな。」


 二人でそんな会話をしながら、廊下を埋め尽くすほどの魔獣の群れに平然と歩いていくハルトとティルシア。

 カイはそんな仲間達の背中を少しの間見守っていたが、やがて踵を返すと目の前の扉を睨みつけた。


「本当にこの中にいるのが神なら”勇者”なんかじゃ手も足も出ないだろうね。」


 カイは大きく息を吸い込むと


 重い扉を開けた


 部屋の中は



 ”何も無い”



 カイは一瞬にして視界を奪われた。

次回「最終話 創られた神」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ