その16 スライム
ハルトを先頭にエタンを全員で囲むような形で進むハルト達。
目的地である島の中心の建物はもうすぐそこである。
「あそこが入り口みたいだね。」
「待て、ハルト! 何かいるぞ!」
ティルシアの頭のウサ耳がピクリと反応した。
咄嗟に腰を落としていつでも反応出来るよう身構えるハルト。
一見、遠目には身長ほどもある大岩にしか見えなかったその物体だが、よく見ると表面が流れるように動いている。
「スライムか!」
カイの声にティルシアの緊張が緩む。スライムはダンジョンの1階層に生息するモンスターで、駆け出しのダンジョン夫が相手をするようなモンスターだ。彼女の反応も仕方が無い事だろう。
しかし、ハルトは警戒を緩めなかった。
「スライムは体内のどこかにある核以外には攻撃が通じないから。しかも斬撃に対する耐性が非常に高い。危険な魔獣だよ。」
「・・・やはりそっちのパターンか。」
カイの説明にため息混じりの返事を返すハルト。
某有名ゲームでは序盤のザコキャラとして定番のスライムだが、ゲームによっては様々な耐性持ちの強敵として登場することもある。
こんな場所にいるスライムだ。そちらのパターンの可能性が高いとハルトは考えていた。
「な・・・スライムが?!」
「ここはフォスじゃない。俺達の知らない異世界だ。それにしても核を攻撃か・・・。」
スライムはタールを流し込んだように真っ黒だ。これではどこに核があるか分からない。
ハルトは手に持ったナタを軽く振る。斬撃に対する耐性が高い相手にどこまで通じるか分からないが、彼にはこれしか武器が無い。
「いざとなったら俺を置いて先に行ーーこの曲は!」
「ムキムキ男のテーマか?!」
「・・・グレートキングデビルだね。」
どこからともなく流れてくる重厚な音楽。
グレートキングデビルの入場曲”GREAT SWORD”である。
その時カイはさっきまで隣にいたエタンが姿を消している事に気が付いた。
(そんな馬鹿な。目を離したとしても僅か数秒のはずだ。その間に一体何処に? いや、まさかグレートキングデビルの正体は・・・)
混乱するカイをよそに、バーンという爆発音が鳴り響く。
「あそこだ!」
ティルシアの指さす先、建物の近くの木の枝の上に立つグレートキングデビルの姿があった。
「とうっ!」
掛け声と共に木を伝って下りてくるグレートキングデビル。
どうやら彼の立つ木の枝の位置は、飛び降りるには高過ぎたようである。
「ここは俺に任せて先に行け!」
体に付いた木くずを払いながらカッコ良く決めるグレートキングデビル。
「いや、俺はここでグレートキングデビルを応援したい!」
スパーン!
ハルトの尻にティルシアのキックが叩き込まれる。
「せめて”一緒に戦う”なら分かるんだけどね。」
苦笑するカイ。
「それ、ムキムキ男がああ言ってくれているんだ。私達は先に進むぞ。」
「ま、待てティルシア。頑張って下さい、グレートキングデビル!」
ティルシアに引きずられていくハルト。
その後ろに続くカイだったが、グレートキングデビルの横を通りざま一言尋ねる。
「君、ひょっとしてエタンなんじゃないか?」
「あいつはリバプールの風になった。」
獣神サ〇ダーラ〇ガーの有名な言葉である。
「言いたくないなら無理には聞かないけどね。出来れば僕の貸してあげた服はちゃんと返して欲しいな。」
「むっ・・・」
露骨に目を反らすグレートキングデビル。
カイは肩をすくめると、言葉通りこれ以上の詮索をやめて二人の後を追うのだった。
建物を目指す三人に黒いスライムが反応する。
スルスルと移動するスライムだったが・・・
「リングカモン!」
突然大地から現れたエメラルドグリーンのリングに閉じ込められてしまった。
『さあ、本日はここ謎の島特設リングからグレートキングデビル対Bスライム、時間無制限一本勝負をお送りいたします。』
どこからか謎の実況中継が聞こえてくる。BスライムのBはブラックのBだと思われる。決してスライムA、スライムBのBではない。
『解説は聖なるバリアでお馴染みのミラフォATさんでお送りします。』
『よろしくお願いします。』
リングの上に上がるグレートキングデビル。
グレートキングデビルの攻撃の意思を感じたのか迎撃態勢に入るBスライム。
・・・プルプル震えているのが多分そうである。
『グレートキングデビル、ロープに走るといきなりのドロップキック!』
『待ってください、Bスライムにグレートキングデビルの攻撃は効いていませんよ!』
グレートキングデビルのキックに対し、Bスライムは体を変形させることで攻撃の衝撃を逃がしているようだ。
逆に倒れたグレートキングデビルにのしかかるように襲い掛かる。
グレートキングデビルは相手を押しのけようとするが、グネグネと変形する相手に上手く力が伝わらない。
何とかロープ際まで逃げると、順番にロープを伝うようにして立ち上がるグレートキングデビル。
するりとグレートキングデビルから離れるBスライム。
荒い息をつくグレートキングデビル。
たったこれだけの攻防でグレートキングデビルの体力は大きく奪われてしまったのだ。
G・K・D! G・K・D! G・K・D!
グレートキングデビルのピンチに観客?が声援を送る。
試合時間10分経過。10分経過。
どこからか場内アナウンスが流れてくる。
グレートキングデビル対Bスライムの試合は終始Bスライム優勢のまま進められていた。
『Bスライム、かなりの強敵ですよ。グレートキングデビルのグランド技を封じています。』
解説のミラフォATさんの言葉通り、グレートキングデビルの関節技はBスライムに完全に封じられていた。
・・・というか、スライムに関節なんてどこにも無いのだから当たり前だ。
しっかりしてくれグレートキングデビル。
グレートキングデビルの身体は汗でびっしょりと覆われている。
たった10分戦っただけとは思えないほど息も上がっていた。
そんなグレートキングデビルの様子に相手の限界が近いと判断したのだろう、Bスライムがこの試合が始まって初めて攻勢に出た。
『Bスライム、フライングボディプレス!』
『危ないですよ、グレートキングデビル! 今Bスライムにのしかかられては体力をさらに持っていかれますよ!』
グレートキングデビルのピンチに実況席にも緊張が走る。見えないけど多分。
「むんっ!」
しかしグレートキングデビルはBスライムのを受け止めると、そのままトップロープを越えて場外に投げ捨てた。
グレートキングデビルのエグイ攻撃に会場?は大きなどよめきに包まれる。
場外に叩きつけられて息が詰まった?のか動きを止めるBスライム。
グレートキングデビルはBスライムを追ってすかさず場外に降りる。
そしてすかさずエプロンの垂れ幕をめくるとリング下に手を突っ込んだ。
『グレートキングデビル、リング下からパイプ椅子を取り出した!』
『反則だよ反則。何やってんの。』
グレートキングデビルは取り出したパイプ椅子を振りかぶると・・・
パアン!
Bスライムに振り下ろした。
ビクンと跳ねるBスライム。
どうやら今回の衝撃は逃がしきれなかったようだ。
グレートキングデビルはこの攻撃に手ごたえを感じたのか、もう一度パイプ椅子を振りかぶる。
パアン!
グレートキングデビルの怪力で叩き込まれた椅子は、壊れて座面がふっ飛んで行った。
悲鳴に包まれる会場?
『最っっ低ぇぇー! 最っっ低ぇぇー!』
グレートキングデビルの容赦ない反則攻撃に解説のミラフォATはお怒りの様子だ。
グレートキングデビルは心なしかグッタリとしたBスライムを担ぎ上げるとリングに戻し、布団を干すようにトップロープに引っかけた。
「いくぞーっ!」
パァン! パァン! パァン! パァン! パァン!
オイ! オイ! オイ! オイ! オイ!
グレートキングデビルの布団叩き・・・否、マシンガンチョップが炸裂する。
Bスライムは体をよじって逃れようとするが、グレートキングデビルはこまめに形を整えると、再びチョップをお見舞いする。その姿はまるで大晦日の餅つきを見ているようだ。
『あーーっ! Bスライム、グレートキングデビルのチョップの衝撃で徐々に核が露わになっていく!』
『グレートキングデビル、これを狙っていたんですね。さすが悪魔の頭脳を持つと言われるだけはあります。』
悪魔の頭脳の計算通りかどうか。グレートキングデビルのチョップの衝撃で、Bスライムは温められた餅のように、だんだんと体が薄く伸びて行った。
そして実況の言う通り、今やBスライムの核は薄いボディから薄っすらと透けて誰の目にも見えるようになっていた。
グレートキングデビルはその核を絞り出すようにして掴んだ。
まるでてるてる坊主のような形でグレートキングデビルに持ち上げられるBスライム。
リングの上でグレートキングデビルは握った拳を高々と掲げた。
次回「研究施設」