その15 島の中心
「やはりすんなりとは行かせてくれないか。」
ハルト達は巨大な蜘蛛のようなモンスターと戦いながら島の中心を目指していた。
「これは”針金ブラシ”という昆虫型の魔獣だね。足に生えた毛は針金よりも硬いから注意してね。」
「迂闊に触ればおろし金に当てられたみたいになるわけか。それはやっかいだな。」
ティルシアの言葉を聞いたハルトは躊躇なく”針金ブラシ”の足を掴むと、まるでハンマーを振るようにして地面に叩きつけた。
「ふむ。俺の今の階位ならコイツらの毛は俺の皮膚を貫通出来ないようだ。よし。俺が突破口を開くからカイ、エタン、ティルシアの順に後に続け!」
ハルトは今まで振るっていたナタを腰に差すと、手近な”針金ブラシ”を捕まえる。ハルトは”針金ブラシ”の足を持ってグルグルと旋回、ハンマー投げの要領で勢いをつけて放り投げた。
砲弾のように飛んだ ”針金ブラシ”は仲間を巻き込みながら吹っ飛んでいく。
「ダッダーッダーッダァ!」
日本で一番有名なハンマー投げの選手のような掛け声を上げるハルト。
さらに倒れていた別の”針金ブラシ”を掴むと、今度は投げずにブンブンと振り回しながら包囲網に大きく開いた穴に飛び込んで行く。
「何ともパワフルだね。」
すかさず続くカイ。
「ほら、急げ!」「は・・・はい!」
ティルシアにせっつかれながらエタンが続き、殿をティルシアが務める。
島の中心と見られる場所まで、後ほんの僅かであった。
「ギギャアアアアア・・・・」
「や、やったか?! あ、しまった!」
悲鳴を残して墜落していく赤銅色のドラゴン。
うっかり失敗フラグを叫んだことに気が付き、慌てるハヤテ。
だが、どうやら心配のし過ぎだったようだ。
ドラゴンはクルクルと回転しながら大地に激突、ピクリとも動かなくなった。
仮に生きていたとしても、落下の衝撃でこれほど首や翼がへし折れている状態では、今すぐに戦闘を続行することは不可能だろう。
それでもハヤテはしばらく警戒して上空を旋回していたが、全く動かないドラゴンにやっとこの厳しい戦いが終わった事を知ったのだった。
竜騎士対ドラゴンの戦いは、ここに竜騎士の勝利で幕を閉じたのである。
「終わった・・・のですわね?」
「うん。お疲れ様。」
それでもさらに念を押すために上空から僅かに残った20mm機関砲を全て打ち込んだハヤテだったが、着弾の衝撃で体の表面が震えるだけで、ドラゴンはピクリとも反応を示さなかった。
「さあ、私達の役目を果たしましょう。偵察の任務が待ってますわよ。」
息も絶え絶えに荒い息をつきながらも気丈に宣言するティトゥ。
長時間激しいGに耐えた彼女はもうクタクタだった。
しかし、それでも彼女は泣き言一つこぼさなかった。
「いや、少し休もう。もう限界だよ。」
「そんなことはありませんわ! 私ならまだ大丈夫ですわ!」
「・・・いや、僕の方が限界なんだ。ゴメンね。」
戦闘機の身体に転生したハヤテは精神的な疲労はあっても肉体的には疲労をしない。
この時のハヤテはティトゥを気遣って、あえて自分が疲れていると嘘をついたのだ。
ティトゥはぼんやりとした目でハヤテの翼を見る。
翼はあちこちドラゴンの火で炙られて黒く焦げ目が付いていた。
よく燃料タンクに引火しなかったものである。
「そうね。私ったら自分の事ばかり・・・ 戦った貴方の方が疲れているはずなのにそんなことにも気付いてあげられないなんて・・・」
「そんなに気にする事ないって。僕なら少し休めば大丈夫だから。ほら、昨日の場所に降りるよ。」
落ち込むティトゥを慌てて慰めるハヤテ。
ティトゥは小さく頷くだけだった。
ハヤテが着陸してもティトゥは疲労のあまり座席から立ち上がることすら出来なかった。
ティトゥはハヤテが出した水筒からお茶を飲むとホッとため息をついた。
「私も少し休みますわ。貴方の疲れが取れたら教えてくださいな。」
そう言うとティトゥはグッタリと座席に身を任せた。
やはり体力の限界だったようだ。
そんなティトゥを心配そうに見守るハヤテ。
(ゴメンみんな。僕は動けそうにないよ。僕の分まで頼んだよ。)
仲間の身を案じる気持ちはあるものの、これ以上ティトゥに負担はかけられない。
当然、戦えないティトゥをここに置いて自分だけ仲間の下に向かう事も出来ない。
ハヤテはじりじりと焦る気持ちを抑えながら仲間を信じて待ち続けるのだった。
「みんな見えたぞ! 多分あれが目的地だ!」
先頭を突っ走るハルトが後続の仲間に叫ぶ。
視線の先に見えるのは石造りの建物。
「はあ、はあ、・・・割と普通の見た目だね。」「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」「王都にある騎士団の詰め所があんな感じだったな。」
それは砦と言うには小さな建物だった。
ティルシア以外は荒い呼吸を抑えながら返事を返す。
その様子を見てハルトはしばらくここで休憩を取る事にした。
「何か少し腹に入れておけ。これが最後の休憩になるだろうからな。」
そう言いながら空を見上げるハルト。
「! やったかハヤテ!」
その言葉に全員が一斉に空を見上げた。
彼らの視線の先には地面に落下していく赤銅色のドラゴンの姿があった。
ドラゴンはグッタリとした状態で落ちていく。体は見る影もなくボロボロである。
ひょっとしたらすでに絶命しているのかもしれない。
「スゴイ! 本当にドラゴンを倒してしまうなんて!」
「やるもんだね。ドラゴンは魔王だって警戒する相手なんだよ。」
「私はアイツならやれると信じていたがな。」
仲間の勝利に沸くカイ達。
「あれがこの島のダンジョンの最強の切り札だとしたら、俺達を阻むモノはこれでいなくなったと言える。だが油断だけはするなよ。予想が正しければこの先にいるのは神だ。絶対に敵対して良い相手じゃないんだからな。」
ハルトの言葉に気を引き締める仲間達。
水筒の水を口にしながら、ティルシアがハルトに尋ねた。
「で、もし神がいたとして、ハルトはどうするつもりなんだ?」
「そのへんはカイに任せようと思っていた。」
「僕に?!」
ハルトの意外な言葉に驚くカイ。
「俺達はこの世界の外の世界の人間ーーこの世界の神から見れば敵である可能性が高い。そんな俺が何を言っても神は聞く耳を持たないだろう。むしろ接近しただけで殺される可能性すらある。」
ハルトの言葉に体を震わせるエタン。
ティルシアも平静を装っているが、頭のウサ耳はへちょりと垂れている。
「厳しい役割を任せてしまうが、どうだろう? 頼まれてくれないか?」
ハルトの言葉に少し考えるカイ。
実のところハルトの申し出は彼にとって渡りに船だ。
もし、この先にいるのが本当にこの世界の神なら、可能な限り誰にも会わせたくはない。
カイはハルトと同じくらい、いや、ひょっとしたらハルト以上に神の危険性を知っているからだ。
ここで少し考えたのは、自分の考えを纏めていたからに過ぎない。
「分かった。上手くいかなくても恨まないでよ?」
カイの返事にハルトはホッとしたように肩をすくめた。
「今回が最後のチャンスというわけじゃない。ダメだったら次の方法を考えるさ。」
「そうだ、気楽にやれ。」
「神様に会うんですよね? 流石に気楽はまずいんじゃないのかな? けど、無理しないでね。」
仲間からの励まし?を受けてむずがゆい思いをするカイ。
(そういえばこうやって頼られるのって、勇者を始めた頃以来かもしれない。)
かつて勇者として神託を受けたカイは、当初は多くの人から大きな期待を寄せられた。
しかし、カイがレベルが上がってもパラメータが全く上がらないと知るや、その大きな期待は大きな失望へと転落した。
その後は”勇者という肩書き”を利用しようとする輩しか彼に寄って来る者はいなくなった。
昔の時のことを思い出し、カイは胸に小さな痛みを覚えた。
とっくに自分の中で整理のついた事だと思っていたが、どうやらそうでも無かったようだ。
カイは自分のさもしさに苦笑をこぼす。
「どうした?」
「いや、何でもない。出来る限りの努力をしてみるよ。」
こうして彼らは最後の休憩を終えると島の中心に向かって歩き出した。
そこでは一体何が彼らを待ち受けているのだろうか?
次回「スライム」