その14 竜騎士《ドラゴンライダー》vsドラゴン
島の上空に浮かぶのは、背中に翼を持つ巨大なトカゲのようなモンスター。
体長10mを越える体は赤銅色の鱗に覆われ、口からは涎のように炎を垂らしている。
「ドラゴン!!」
そう、我々の知る西洋のドラゴンそのままの姿のモンスターが四式戦・ハヤテの前に立ち塞がったのである。
「大きいですわ・・・。」
比較物の無い空の上ではあるが、翼を広げたその大きさはこちらを圧迫するのに十分であった。
ハヤテは旋回しつつ機首を上げると、ドラゴンの上を取るべく高度を上げる。
空中戦の基本は相手の上を取るーーより位置エネルギーの高い状態になることである。
「こっちを見ましたわ!」
ドラゴンはハヤテの行動を戦闘行為の準備と捉えたようだ。
大きく翼をはためかせるとハヤテに迫る。
今、異世界の空で、竜騎士とドラゴンの戦いの幕が切って落とされた。
ハヤテはヒラリと翼を翻すと急降下。
大きく回り込むような形でドラゴンの背後を取ろうと試みる。
しかし、ドラゴンは空中で体を突っ張るような姿勢を取りその場でホバリング。
ハヤテはぐるりと大きく旋回するだけで、ドラゴンの背後を取れないばかりか、無駄に高度を潰してしまうことになった。
「くそっ! やっぱりそういう機動も出来るか!」
ハヤテは異世界に転生して以来、「異世界転生ファンタジーの定番といえばやっぱりドラゴン」と考え、いつかドラゴンと空で敵対した時のために何度も脳内でシミュレーションを繰り返していた。
・・・と書くと何だかハヤテが凄く中二っぽいが、特に最初の頃のハヤテは夜が暇で仕方が無かったので、こんな事を考えるくらいしかやることが無かったのだ。
ハヤテはドラゴンを深追いせず、現在の速度を生かして一旦戦場を離脱、仕切り直しを図る。
逃げるハヤテを追うドラゴン。
しかし、一向に追い付かないばかりか、その距離は徐々に引き離されていく。
やはりハヤテの見立て通り、最高速度は四式戦の方が上回るようだ。
地球で最速の生物といわれるハヤブサは、時速90kmで飛び、時速180kmで急落。獲物を捕える時の最大速度は何と時速350kmを超えるといわれている。
だが、四式戦の最大速度はそれを軽く置き去りにする時速600km以上。
いかにファンタジー世界最強種のドラゴンとはいえ、直線速度の勝負ではこちらに分があるに違いない、とかねてよりハヤテは予想していた。
実際にドラゴンはハヤテの後方に引き離されていく。
次第に遠ざかる姿に、ハヤテは十分に距離を稼いだことを確認すると、再び高度を上げつつ旋回。
上空に大きくループが描かれた。
「よし、ここだ!」
ハヤテは狙いすましてドラゴンの上空から襲い掛かった。
火を噴く4門の20mm機関砲。
曳光弾が光の線を引き、ドラゴンの巨体に吸い込まれるーーかと思われた。
「何?!」
ドラゴンは再びその場でホバリング。ハヤテの方に顔を向けると口を大きく開き、火炎放射器のように口から炎を吐き出したのだ。
ハヤテは咄嗟に機体を捻り、何とか炎から身をかわすことに成功する。
掠めた炎が翼を炙る。
一瞬ヒヤリとしたが、翼に異常は無いようだ。
ハヤテは大きく舵を切るとドラゴンから遠ざかった。
ティトゥが大きく息を吐き出した。
急激な空中戦闘機動によるGが彼女に負担をかけたようである。
「ごめん。気を使っている余裕が無くて。」
「か・・・構いませんわ。それにしても手強い相手ですわね。」
「うん。流石ドラゴンだよね。」
「えっ?」
「えっ?」
ハヤテの言葉にポカンとするティトゥ。
そんなティトゥに驚くハヤテ。
「そういえばあれはドラゴンですわね。ドラゴンといえば貴方しか見たことが無かったので、ドラゴンとは貴方のような存在だとばかり思っていましたわ。」
ティトゥの言葉に苦笑するしかないハヤテ。
いつか彼女の誤解を解いた方が良いのだろうが、残念ながら今はそんなことを考えている余裕はない。
「しばらく我慢してね。」
「当然ですわ。私だって竜 騎 士ですのよ。」
力強いティトゥの言葉に後押しされ、ハヤテは再びドラゴンにアタックをかけた。
「ハヤテは苦戦しているようだな。」
島の上空では四式戦・ハヤテとドラゴンの空中戦が繰り広げられている。
幾度となく襲い掛かるハヤテだが、ドラゴンの吐く炎を攻略する糸口が見つからないようだ。
何度も攻撃を繰り返してはダメージを与えることなく追い払われている。
逆にドラゴンはハヤテの速度に慣れつつあるようにも見えた。
炎のタイミングが次第に合ってきているのだ。
今ではハヤテが攻撃するのとほぼ同時にドラゴンの炎が吐き出されている。
このままではドラゴンの炎がハヤテを捉えるのも時間の問題かと思われた。
実はこれにはハヤテ側の事情もある。
ハヤテはティトゥが乗っているために急激な空 中 機 動を取ることが出来ないのだ。
戦闘機が旋回することでパイロットにGがかかり続けると、やがて体内の血液は下半身に集まり脳に血液が行かなくなる。その結果、視界が失われる”ブラックアウト”と呼ばれる現象が起こる。
この状態からさらにパイロットに強いGがかかると、遂には意識を失ってしまう。これを”G-LOC”と言う。
戦闘機のパイロットの着る飛行服はこれに耐えるため、腿を締め付けて血が下半身に行くことを抑えるようにしている。
これがいわゆる”耐Gスーツ”である。
今でこそ問題無くティトゥと意思の疎通が出来るハヤテだが、以前の世界では片言の言葉でしか話すことが出来なかった。
つい最近までティトゥは座席の安全バンドの存在すら知らなかった、と言えば少しは分かってもらえるだろうか?
そういうわけで、今までハヤテはティトゥに飛行服や耐Gスーツの必要性を説明することが出来なかったのだ。
ハルト達は歯がゆい思いで仲間の戦いを見守っていた。
「予定では彼らが帰り次第、島の中心を目指して出発することになっていたけど、どうやらそうも言っていられないみたいだね。」
カイの言葉に決断を迫られるハルト。
心配そうに見守るティルシアとエタン。
やがてハルトは心を決めると伏せた顔を上げた。
「カイの言う通りだ。俺達は俺達で出発しよう。」
もし、ドラゴンがダンジョンが生み出したボスキャラーー最終防衛戦力であるなら、ハヤテが引き受けてくれている今こそ、島の中心を目指すチャンスであると考えることもできる。
それに、どのみち自分達はこうして見ている事しか出来ない。
ならばここは仲間を信じて先に進むべきだろう。
「分かった。最初の斥候は私に任せてくれ!」
元よりそのつもりだったハルトはティルシアの言葉に対して頷いて返す。
こうして残りのメンバーは最終目的地、島の中央を目指して進み出したのだった。
(不味いな。そろそろティトゥが限界だ。)
ハヤテはこれで何度目かのアタックを失敗、再びドラゴンから距離を取る。
操縦席のティトゥは気丈にもドラゴンを睨み付けているが、その意識は朦朧としかけているようだ。
今は気力だけで耐えている状態なのだろう。
ここ数回は、攻撃するハヤテ、その攻撃にカウンターで炎を浴びせるドラゴン。
この形で息詰まるような攻防が続いていた。
(やっぱりあの炎がやっかいだな。)
何度攻撃を繰り返しても、ハヤテはあの炎をかいくぐってドラゴンを機関砲の射線に捉えるビジョンが見えなかった。
ハヤテは現状を打開する道を模索する。
仮に炎を浴びても互いの速度差を考えればわずか1~2秒の出来事に過ぎない。
エンジンにさえ炎を吸い込まなければ耐えられる可能性は十分にある。
しかし、四式戦の翼内燃料タンクはどうだろうか?
もしもタンクの中で気化した航空燃料が炎に炙られて引火でもすれば、翼の根元から吹き飛ぶ大爆発を起こすだろう。
そう考えると、やはりどうしても一か八かの攻撃にかける勇気がハヤテには出せなかった。
ドラゴンが大きな咆哮を上げる。
どうやらチョロチョロと飛び回る生意気な敵にかなりイラついているようだ。
いや、もしかしたら吐ける炎の限界が近いのかもしれない。
モンスターとはいえ仮にも相手は生物だ。無限に炎を吐けるわけではないだろう。
ドラゴンもギリギリの状態なのかもしれない。
ハヤテは集中を切らさないように意識しながら、再度攻撃を試みる。
そう考えること自体が集中が切れかけている証拠なのだが、この時のハヤテはそのことに気が付いていなかった。
その精神的疲労のせいだろう。今回のアタックは今までよりも射線のブレた中途半端な攻撃になってしまった。
20mm機関砲が火を噴くと同時にドラゴンが炎を吐いた。
(くっ! やっぱりダメだ!)
ハヤテは大きく翼を翻す。
何度目かの失敗に落胆するハヤテ。
こうして今回の攻撃も空振りに終わったーーかと思われた。
この時のハヤテはドラゴンを注意して観察していなかった。
明らかに失敗した攻撃だったのだ。無理もないだろう。
しかし、彼の放った20mm機関砲の弾丸は初めてドラゴンの体を捉えることに成功していたのだ。
何度も試みた狙いすました攻撃は一度も当たらずに、中途半端にばらまいた今回の攻撃が、掠めただけとはいえ相手の体にヒットすることが出来たとは、なんとも皮肉な話である。
それはほんの1~2発の弾丸が鱗を削っただけのかすり傷に過ぎなかった。
しかし、その威力と痛みにこの戦いが始まって以来、初めてドラゴンは弱気になったのだ。
これ以降、ドラゴンの迎撃は精彩を欠くようになる。
ドラゴンも集中力の限界だったのだろう。
この腰の引けた迎撃は、結果的にハヤテの攻撃のチャンスを増やすことにつながった。
戦いの流れは大きくハヤテに傾いたのだ。
次回「島の中心」