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その12 マナ

 翌日も島の中央を目指して進むカイ達。

 魔獣の攻撃は激しくなるが、いまでは階位(レベル)10を超えるハルトを中心として危なげなくそれらを退けていた。


「やはりこの島では俺のスキルの効果が弱いようだ。今までならこれだけ戦えば倍の階位(レベル)になっている所だが・・・」


 愛用のナタを拭いながら呟くハルト。

 そんな不満げなハルトに意外そうにするカイ。


「そう? 今でもかなり強いと思うけど。」


 カイはハルトのあまりの急成長に若干脅威を感じていた。


(今は利害が一致しているから問題ない。けど、もし敵対することになったら、すでに僕では彼を止めることが出来ないだろう。)


 カイは懐の神器を強く意識する。

 いざとなったら躊躇なくこれ(・・)を使わなければならない。

 ほんの一瞬のためらいが自分の命を絶つだろう。

 それほどハルトの身体能力は凄まじく、振るわれるナタには一切の無駄な動きは無かった。

 今までどれだけの数の魔獣を殺してくればこんな殺戮機械が生まれるのだろうか。カイには想像も出来なかった。


「周囲に敵はいないみたいだな。」


 偵察に出ていたティルシアが隠れていたエタンを伴って戻って来た。

 戦闘後、ティルシアは周囲の偵察、ハルトは生き残った敵の止めを刺す役割になっている。

 ハルトの持つスキル・ローグダンジョンRPGの能力を生かすためだ。

 カイは状況によって偵察に出たり残ったりする。

 今回の戦闘は長引いたので、休憩するためにここに残っていた。


「じゃあ次は僕が斥候で。」

「頼む。」

「任せたぞ。」


 休んだ分だけ負担のかかる斥候を受け持つカイ。

 戦闘に慣れた彼らは、戦闘を重ねるごとにどんどんと最適化されて行き、今では阿吽の呼吸でチームとしての動きが取れるようになっていた。




 今日はグレートキングデビルが登場しなかったためか、いつもの無人の村は存在しなかった。

 そこでハルトはハヤテの翼の下でキャンプを行うことにした。

 ハヤテの翼の下は立つ高さは無いが、座っていられるくらいの余裕はある。

 幸い、村から多数のムシロを持って来ていたため、それをハヤテの翼から垂らすことで簡易なテントとした。

 地面に敷かれたムシロに直接座るのをためらうティトゥだったが、流石に彼女のためだけにイスとテーブルを持ち出すことは出来ない。

 今ではティトゥも諦めて地面に座っている。


 ティトゥにとっては厳しいキャンプ生活だが、カイにとってはそうでもないようだ。


「野宿といえばむき出しの地面に毛布にくるまって寝っ転がるだけだからね。ムシロとはいえ壁があって床があって、ついでに屋根まであるんだから贅沢なものだよ。」


 人間は風に当たっているだけで体力を奪われる。野宿で寝ても疲れが取れないのはそのせいでもある。

 明け方になると寒くて目が覚めるし、夜露が下りれば毛布はしっとりと湿る。

 目が覚めて「疲れた」と感じるあの感覚は慣れるものではない。


(そういえば一度くらいサーラとヘンリッキに野宿を経験させてあげても良かったかな。)


 今は王都にいるであろう二人の事を思い出し、少し懐かしい気分になるカイであった。



 彼らは食事を取りながら雑談に興じていた。

 ちなみに今日の食事の材料はハヤテの荷物の中から出ている。

 ハヤテとティトゥは他国に招待された帰りに転移してきたそうで、お土産としてその国名産の食糧もいくらか貰っていた。

 珍しい異世界の食材に舌鼓を打つ仲間達。


「ハヤテがいてくれて助かったな。流石にこれだけの荷物を持って移動する気にはならない。」


 ちなみにムシロやその他、使えそうな物を彼らは色々と村から拝借していた。

 それらはみんなハヤテに積んで運ばれている。

 今、彼らが手にしているお椀やスプーンもその類だ。


「この食材を持たせてくれたマリエッタ様には感謝の言葉もありませんわ。」


 ティトゥは初日にハルトの提供した保存食がどうにも喉を通らなかったのだ。

 夜にこっそりハヤテがおにぎりを出してくれなかったら、あの日は空腹のあまり眠れなかったかもしれない。


「まあ、実際あれはヒドい味だからな。他に食べるものがあるなら無理に食べるものでもない。」


 ティルシアの言葉にハルトを見るエタン。

 実はハルトは戦闘が終わる度に、そのマズくて仕方のない保存食を口にしていたのだ。


「・・・言いたいことは分かるが、俺だって好きであんなものを食べているわけじゃないぞ。階位(レベル)が上がるとどうしても腹が減るから仕方が無く食べているんだ。」

「ああ、そういうのあるよね。」


 5年でレベルを上限まで上げたカイである。この中でハルトの事情を共感出来るのは彼くらいだろう。




「さて。ハヤテとお嬢さんの偵察では明日の昼には島の中心たどり着く予定だ。」


 食事も終わり、今からは明日の打ち合わせである。


「俺はこの島の中心には神がいると思っている。なぜならダンジョンは神がいる場所に出来るからだ。」


 ハルトの言葉に全員が驚きに息をのむ。


 ハルトはさらに説明を続ける。


「神は・・・何というか、”存在”なんだ。”質量を持つ力”そのものと言ってもいい。神が無限にマナを生み出し、そのマナがダンジョンの生態系を生み出す。そう考えてくれ。」


 実はハルトのこの説明は正確ではない。


 この宇宙には我々を構成する物質以外の質量が存在している。それらをダークマターと言う。

 ダークマターは我々の知る物質には干渉しない。それどころか光にすら反応しない。

 そんな観測することが出来ない謎の物質なのだ。(間接的な観測で存在するのではないかと考えられている。)

 そして、我々の知る通常の物質はこの宇宙全体の物質の5%に過ぎない、と言われている


 さて、ここに神が存在する。

 神は物質でありエネルギーだ。そこに存在するだけで常時周囲に強いエネルギーをまき散らす。

 そのエネルギーは特別で本来不干渉なはずのダークマターのある特定の物質に干渉する。

 この物質を仮に”作用素”と呼ぶ。

 ”作用素”は神のエネルギーを吸収すると変質して別の物質に変化する。

 その結果生まれるのが”マナ”と呼ばれる物質だ。

 つまりマナとはこの世界に元々は存在していない極めて不安定な高エネルギー物質なのだ。


 そしてそのマナが空間に作用して生まれるのがダンジョンである。

 ダンジョンにはその空間のマナを逃がさないように閉じ込める性質がある。

 また、一定濃度のマナは疑似的な生命をも生み出す。それが魔獣でありモンスターだ。

 体がマナで構成されたモンスターはマナさえ与えておけば我々のような食事を必要としない。

 モンスターが人間を攻撃するのは捕食のためではなく、根源的(プリミティブ)な狩猟本能に基づくものなのだ。

 そして魔法もこのマナの物質や空間に干渉する力を利用して発動されている。

 我々の地球に魔法やモンスター、その親元になるマナが存在しないのは、ひょっとして神の存在の有無が関係しているのかもしれない。



 ハルトはこれらの事を原初の神から教えられていたが、ここで詳しく仲間に説明する手間を惜しんだ。

 ・・・どのみちこんな証明も出来ない原理を理解してもらえるとも思えない。

 そこでハルトはこの場ではざっくりと結論だけを説明するに留めたのだ。


 ハルトは二つ椀を手に取ると、一つを自分の前、もう一つを隣に座るティルシアの前に置いた。

 そうしておいて適当にいくつか小石を拾うと自分の椀の中に入れた。


「この椀が世界、俺とティルシアがそれぞれの世界の神だとする。神は俺がこうして俺の椀からティルシアの椀に中の小石を移すように、自分の世界の人間を他の世界に移すことが出来るんだ。」


 そう言うと自分の椀から小石を拾い、ティルシアの椀に移した。


「神は基本世界に一柱きり。もし俺がティルシアの椀を奪おうと思ったらーー」


 ハルトは立ち上がるとティルシアを押して彼女の席に座った。


「こうやって前の神を押しのけて成り代わらなければならない。押しのけられた神はどうなるかーー」


 カイはピンと来たようだ。


「なるほど。押しのけられた神が他に行く当てがあればいいけど、そうじゃないんだね?」


 ハルトは元の席に戻りながら頷く。


「ああ、神は世界の底に封印される。その神から洩れるマナが作り出すのがダンジョン(・・・・・)だ。」




 灯りが消されるとテントの中は闇に包まれた。

 ちなみに灯りは村の村長の家から持ってきたロウソクである。

 エタンはロウソクを初めて見たようで興味深そうにしていた。

 実はロウソクは村長の貴重なとっておきなのである。


 ティトゥは地面で寝るのが寝苦しいのか、男性と雑魚寝をするのが気になるのか、何度も寝返りをうっている。

 そんな彼女が気になったのか隣で横になるティルシアは音を立てずに中腰になると、コッソリとテントを出て行った。


「彼女に悪い事をしたかしら・・・ ハヤテ?」

「ん。そうでもないみたい。ぼうっと立ってる。」


 ハヤテの言葉に暗闇の中でハルトが起き上がる。


「明日も早いからな。俺が呼んでくる。」


 ハルトはそう言うとテントの中から這い出して行った。

次回「最終日」

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