その1 来訪者達
この作品に登場するのは私の作品の登場人物達です。
この作品はイベント的なものなので、この作品単体で楽しむことは難しいと思います。
もし、それでも興味がお有りでしたら、どれか一作でも私の作品を読んでから読み始めることをお勧めします。
私の作品を読まれた方でも、全ての作品を読んだ方はあまりいらっしゃらないと思います。
各作品の最新章「番外編 SUMMER VACATION 2019プロローグ」を読めば、その作品の大体のあらすじと直前の繋がりが分かると思いますので、そちらを読まれてからの方がより本編を楽しんで頂けるかと思います。
最後にもう一度。この作品は本編のストーリーには何の関係も無いイベントのようなものになります。
(すでに完結済みの「5億7600万年の寿命で魔王を倒す」のみ、後日談的な話になっていますが・・・)
そのことを念頭に置いて楽しんでいただければと思います。
王都の近海に突然現れた怪しい島。
しかし、その島が人々の話題に上る事は無かった。
「どうやら人払いの精神魔法が働いているみたいだね。」
藪を踏み固められた道を歩く一人の少年。
カイである。
カイは神に要請された調査のためにこの島を訪れていた。
とは言うものの、島の植生は王都近郊の森に普通に生えている木や草と何ら変わらない。
こうして見渡しても、どこもおかしなところのない普通の島にしか見えなかった。
しかし、それよりも、カイにはどうにも納得いかない事があった。
「これって、どういう原理なんだろうか?」
そう、人払いの精神魔法を維持している方法が分からないのだ。
彼の知る限り、かつての魔王ですら継続的に魔法を使い続けることは不可能だった。
しかしこの島には恒常的に人払いの精神魔法が発動しているようである。
直前の漁師の様子からもそのことがうかがわれた。
ちなみに魔王は水属性魔法との合わせ技ーー霧を使うという方法を編み出すことでこの難問を解決した。
霧は常に発生させなくても時々追加してやれば一定の濃度を保っておける。
魔王はその霧を吸った者が幻術にかかるように霧の方に細工を施したのである。
魔王の砦はその霧によって守られ、人々は”霧の森”と呼んで恐れることとなった。
しかし、カイが見る限りこの島にそんな仕掛けがされている様子は無い。
ならば、誰がどうやってこの島に人払いの精神魔法をかけているのだろうか?
「大気中のマナの濃度が有り得ないほど高い・・・。これが原因か?」
体内に疑似魔法発動器官を埋め込まれたカイは、魔族ほどではないがマナの流れを感じ取る事ができる。
とはいえ普段は大気中のマナを感じられるほどではない。それほど大気中のマナは希薄なのだ。
そのカイに分かるくらいだ。この島のマナは異常な濃度であることは間違いない。
「!」
突然、濃いマナの流れを感じ、警戒するカイ。
マナは一点に集まると竜巻のようにその場で渦を巻く。
まるで大気が震えているような・・・いや、実際に地面の震えを感じる。
マナの異常が大地をも震わせているのだろうか?
「このまま放っておいては危険か? 今のうちに渦の中心を攻撃する? いや、何が起きるか分からない。爆発の危険があるかもしれない・・・」
さしものカイも、この異常事態にはいつものように冷静ではいられない。珍しく焦りと迷いの表情を浮かべる。
カイが手を出しあぐねている間にも、渦はどんどんと密度を増していき・・・
フッ
何事も無かったかのように消え去った。
「何だ? 外に出たのか?」
「ここは・・・どこだ?」
そこにいるのは一組の男女。
地面に伏せているのは20歳ほどの地味な見た目の青年。
立ち上がり、銀色のナイフを構えているのは、頭にウサギのような耳を生やしたまだ幼い少女。
「君達は・・・島の人間かい?」
カイは油断なく杖を構えたまま二人に声を掛けた。
「島? 私達はダンジョンの中にいたはずだが?」
「待て、ティルシア。」
青年は少女を止めると、カイを警戒しながら立ち上がる。
「俺達の事を聞くより先ずお前の事を話せ。俺達は二人、お前は一人。この意味は分かるな?」
青年の脅しとも取れる言葉に、しかしカイは軽いシンパシーを感じた。
青年の態度に、誰にも頼らず一人で戦ってきた者に共通する用心深さを見たのだ。
カイは青年の要求に従う事にした。そもそも喋って困る内容じゃない。
「僕の名前はカイ。この島にはさっき船で到着したばかり・・・と言っても船で来たのは沖までで、そこから泳いできたんだけどね。」
「島と言ったな? この島はどこにある何と言う島だ。」
青年の言葉からカイはいくつかの情報を得た。
先ずこの二人は自分の置かれた状況が分かっていない。
そして彼らはこの島の住人ではない。
直前のマナの異常から、何か魔法的な事故か何かでこの島に飛ばされて来たのかもしれない。
恰好から見て山賊・・・にしては身なりが良すぎるから、傭兵か何かだろうか?
だとすれば、魔族との戦いで何らかの魔法を受けて飛ばされた、という可能性もある。
「王都近海の島だよ。名前は知らない。」「王都だと?!」
青年はかたわらの少女を見る。青年の視線に頷く少女。頭のウサ耳が大きく揺れ、カイは「あの耳は本物なのだろうか?」と少しばかり好奇心が刺激される。
「王都の近くとはツイてたな。マルティン様に連絡を取ろう。王都のボスマン商会にいるはずだ。」
「マルティンにあまり借りは作りたくないが・・・仕方が無いか。」
聞きなれない商会名に少し頭をひねるカイ。とは言うものの、王都でも難民区画に住む彼は自分がその手の情報に疎いことも自覚している。
その時、再び大気が震えた。
「何だ?! 何が起こっている?!」
「ハルト! また地震だ!」
「これはさっきの・・・」
大地の揺れにうろたえる二人。
そしてカイは先程と同じ現象に目を見張る。
マナの流れは今度は彼らの上空で収束している。
さっきとは比べ物にならないほどの大きさだ。
「お前、何を見ているんだ?!」
「何か見えるのか?!」
やはり二人にはマナの流れが見えないようだ。
カイは、ウサ耳の少女はひょっとして魔族ではないか、と警戒していたが、どうやらその可能性は低いようだ。
魔法発動器官を持つ生物はマナの流れを感じることが出来る。
それは疑似魔法発動器官を持つカイですら例外ではない。
そうでなければ魔法を使うことなど出来はしないのだ。
大気の渦は先程同様、どんどんと密度を増していき・・・
フッ
やはり何事も無かったかのように消え去った。
そこに巨大な物体を残したまま。
「鳥型の魔獣?! かなり大型だ。」
「魔獣? モンスターじゃないのか?」
カイの言葉にウサ耳少女が反応する。
確か魔獣の事をモンスターと呼ぶ国がどこかにあったような・・・ 思わず考えが横に逸れるカイの耳に青年の呟きが届く。
「馬鹿な・・・零戦だと? ここは地球なのか?」
聞きなれない単語にカイの警戒心が上がる。
彼は何か知っているのか?
しかし、青年の方はさっきまでの猜疑心が嘘のように全くの無防備な姿をさらしている。
実はこの時、島の空に現れたのはハルトの言う零式艦上戦闘機ーーいわゆる”零戦”ではなく、同時代の日本陸軍の戦闘機、四式戦闘機”疾風”だったのだが、この場にその間違いを正せる知識を持つ者はいなかった。
鳥型の魔獣?四式戦は爆音を上げながら彼らの上を越え、島の奥へと飛んで行った。
ホッと警戒を解く少女。
しかし彼女の長い耳がピクリと動くと、茂みに向かって誰何の声を上げた。
「そこに誰かいるのか!」
油断なく杖を構えるカイ。
茂みがガサガサと揺れると、あどけない顔をしたまだ幼い少年が現れた。
見た目はウサ耳の少女と同年代だろうか?
「待って! 怪しい者じゃないから!」
武器を構える二人に少年は必死で呼びかける。
「なんだ? 盗賊にでも遭って身ぐるみはがされたのか?」
今時そんなヤツいるのか? 少女は無遠慮に少年を上から下まで眺める。
少年は全裸に裸足だったのだ。
両手で大事な箇所だけはピンポイントに死守する少年。
「き・・・気が付いたらそこで倒れていて・・・。ここはペリヤ村の近くの森じゃないんですか?」
少年の質問に顔を見合わせる二人。
どうやらお互いにペリヤ村の名前を聞いたことがないようだ。
二人の様子から事情を察したのか、「そんなぁ」と、情けない顔になる少年。
「まあいいか、詳しい話は後で聞こう。私の名前はティルシア、見ての通りウサギ獣人だ。おいお前、何か着るものを持っているならコイツに貸してやれ。ブラブラされているのも目障りだ。」
少女ーーティルシアの言葉に肩をすくめるカイ。
そしてウサギ獣人という聞き慣れない単語に内心頭をひねる。
「そうだね。僕の替えの服を貸すからそれを着ればいいよ。あ、僕の名前はカイ。よろしくね。」
「あ、ありがとうございますカイさん。僕はエタンです。こちらこそよろしくお願いします。」
握手を求めて手を差し出すエタンだが、出会ったばかりの見ず知らずの相手の手を取るようなカイではない。
出した手のやり場に困ったエタンだったが、そういえばこの手は自分の股間に当てられていたんだった、と気が付いた。
「ご・・・ごめんなさい! 汚かったですよね!」
慌てるエタンに苦笑しながら荷物から予備の服を取り出すカイ。
そんな二人を興味なさそうに見つめるティルシア。
周りの騒ぎをよそに青年は一人じっと島の奥ーー謎の飛行物体が去った方向を見つめていた。
次回「ハヤテ」