月見里結衣の憂慮
月見里視点
あー頭が痛い。飲みすぎた。昨日は主任に呼び出されてから1人で飲みに行ったんだ。やけ酒しちゃったんだ。
「あー水…」
「はいどうぞ。」
「ありがと。………!?誰?」
知らない男が私の部屋に!え?なんで?頭が痛い。あたりを見回すが私の部屋でもない。
ホテル?しかも高そうな。連れ込まれた?
服は?着てる。大丈夫。そういう形跡もない。
水をくれた男をじっと見る。こっちを見ない。目も合わせない。やましいことがあるんだ。
「何したの?」
おそるおそる聞く、ナニしたのだろうか?
「え?」
驚いた顔で男がこちらを見る。
「覚えてませんか?」
困ったような顔をして答えてくる。
「しちゃったの?」
焦る。この年になってそんなバカなことするなんて。いくら仕事が上手くいかなくてやけ酒飲んでたとしてもこんな知らない男と…
顔を真っ赤にした男は顔を横にブンブンと振る。
よかった。でも油断ならない嘘かもしれない。
「昨日はどう言った経緯でここへ?」
私は詳しく話すように男に詰め寄った。
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「申し訳ありませんでした。」
土下座です。詳しくこの人、鈴木徹さんに聞いた。私は酔っ払って絡んだあげく、吐いて倒れたらしい。見事な放物線を描いたとか力説していた。褒めるとこ間違えてる。そこで鈴木さんは私の家もわからないし、仕方ないので近くにあったこのホテルを取ってくれたみたいだ。しかも彼はここで寝てもいない。野宿は慣れてるからと訳の分からない事を言っていたが外で寝たようだ。ホテルの人をわざわざ呼んで証言させてた。貞操は大事ですからと満面の笑みで答えられた。私、魅力ない?
あー申し訳ない。こんなに親切にしてくれたのに。
「いえいえ。覚えてないなら驚きますよね。じゃあ昨日の約束も覚えてません?」
ん?他に約束なんてしたの?怖い。
「えーっとちなみにどんな約束を?」
うわーなんか照れてる。やらかしたのか?
「僕が結衣さんのためにダンジョンに潜りますと!」
名前呼ばれた!なんか声も上ずっててキモい。ってかこの人何言ってんの?どうみても冒険者の風貌じゃない。どちらかというと引きこもり?
「あのーそんな約束を?酔ってて言ったことですし、なかったことで構いませんよ?」
あなたには無理でしょーと伝われと念を込める。
「いえ、僕も覚悟を決めました。貴女のために潜ります!」
めちゃくちゃやる気になってるキモい。どうしよう。
「経験もないでしょ?ダンジョンってそんな簡単なとこじゃないですよ?」
やめときましょう。あなたのためです。
「いえ、経験はあります!何箇所か潜りました。」
うわーやる気に満ちてる。何箇所?あーそうか、低層階の採取とかしたことあるんだ。私が求めてるのとは違うんだけどなー。
「いやー私研究者って話しましたっけ?成果を上げなきゃいけないってことも?あなたでは無理だと思うんですよね。体格もほら私と身長も変わらないし」
華奢にも見える体格だし、勢いで命を粗末にしたくはない。猫の手も借りたいほどだけど、さすがに申し訳ない。
「身長は170ほどあります。これでも戦えるんです!」
あ、ちょっと涙目。いやー無理だと私は思います。
「170ほどっていう人は170ないですよねー」
いつもの余計なことを言ってしまった。
「結衣さんと同じくらいだし、結衣も170あるでしょ?それくらいです!」
「私は169㎝です!!」
ここは譲れない!可愛い女の子でいたいんだ!
「なんかすいません。」
謝られた。というか余計なところでムキになって揉めてる場合じゃなかった。なんとか諦めてもらわなきゃ。
「大丈夫です。昨日酔ってて私が何言ったか覚えてませんがそんなに困ってませんから」
大丈夫です。あなたがいい人なのは伝わってます。無理しないでください。
「いえ、貴女が覚えてなくても僕は約束しました。約束は守ります。必ず貴女とダンジョンに潜ります」
意地になってる。仕方ないか。一度ダンジョン潜って適当なところで切り上げよう。最後にいい思い出にもなるかもしれないし。前向きに考えよう。
「わかりました。そこまでおっしゃっていただけるのなら一緒にダンジョンに潜りましょう」
笑った。笑った顔は少し可愛かった。
あれからシャワー浴びて支度をしてホテルを出た。シャワーを浴びると言うと挙動不審な感じで部屋を出ていった。覗いてないよね?
ホテルのロビーでまたあったらぼっーと見つめられた。この人は基本が挙動不審なんだ。そう思おう。
「さて、潜りたいダンジョンってあります?」
最後の思い出だし、どこがいいかな?鈴木さんの意見も聞いて準備しないと。
「どこでもいいですよ。」
ダンジョンを舐めてますね。相性とかあると思うんですが。
「ちなみに失礼ですがスキルや魔法とかお待ちですか?」
ないんだろうなーと思いながら聞く。私のスキルは『鑑定』。スキルはダンジョン由来のものなのでダンジョン産のみに有効だ。有機物、無機物に関わらずどういったものか情報が読み取れる。
「スキルや魔法は使えません…」
やっぱり。素人だ。困った私に手を差し伸べてくれる優しくていい人だし、最後はこの人とダンジョンで思い出を作ってすっぱりと諦めよう。決心がついてなんだかスッキリした。
「そうですか。では山由来のダンジョンとかどうですか?景色も綺麗ですし、気をつけていればそんなにモンスターに出くわすこともありませんし。」
少し悩んだ顔をするが気を使ったのが伝わっちゃったかな?
「構いません。今から行きましょう!」
え?やる気満々過ぎない?
「いやーこれからすぐは…準備もあるし、研究所にも届けでないと。」
「あ、そうですね。すいません。」
「今日はまず研究所に鈴木さんの登録にいきましょう!それに潜るダンジョンも相談したいし」
「わかりました!向かいましょう!」
やる気に溢れてるなー。とりあえず今日は登録と申請を済ませて、あとダンジョンの説明もして、無茶させないようにしないと。なんだか子供みたいな鈴木さんを見て微笑ましかった。
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「まずはこれに名前などのパーソナルデータを記入してください。出来るだけ埋めてくださいね?血液型や緊急連絡先とか大事ですから。あと経験したことのあるダンジョン名も分かれば書いてください」
ダンジョン冒険者登録票を見せながら記入方法を説明していく。本来は事務員の仕事だが、採用を手伝わされていたこともあって慣れたものだ。慣れたくはなかってけど…
鈴木さんは根が真面目なのだろう。黙々と記入している。記入内容に問題ないか除きこむ。
身長170cm…これはいいっか。年下だったんだ。
緊急連絡先の欄で手が止まっている。
「緊急連絡先の欄はなければなしと記入してください。仕事柄上、結構多いので」
命をかけるダンジョン冒険者になるような人には身寄りや頼ることのない人が多い。その方が研究所にとって都合もよいので特に問題はない。因果な商売だと思う。鈴木さんは記入を終わらせて登録票を私に差し出した。
「経験したダンジョン名はわかりませんか?」
「はい。こういうところに登録したのも初めてでダンジョン名も聞いたことなくて。」
申し訳なさそう顔をしながら答えてくる。
「そうですか。登録はちゃんとした方がいいですよ?帰還しなければ救助にいくことも出来ますし、ダンジョンの情報も先に入ります。現在は義務化されてますので罰則もありますから次からは気をつけましょう!」
いつも低層冒険者に言うことをそのまま言ってしまった。研究者というよりも、事務員が板についてしまったのかもしれない。
「はい。気をつけます。」
反省してる。本当に真面目なんだ。反発されなくてもムッとする人の方が多いのに。
「そんなに気にしなくても大丈夫です。結構多いんで。さて、次はダンジョンを選びましょうか?」
ダンジョン研究所には基本的に様々なダンジョンのデータがある。閲覧規制もあるので全ては見ることは出来ないが今回の目的のダンジョン低層の情報は登録さえすれば見れることになっている。発見されるダンジョン産の植物や鉱物。また、出現するモンスターの種類など。ただ、ここで調べることが出来ることは発見されているということなので価値は低いものばかりなんだけど。
「ここなんかどうです?木槌山。主に出てくるモンスターはオークですが職業を持ったような高レベルのオークは出ませんし、足も遅いのでいざとなれば逃げれます。景色もいいと聞きますよ?」
こういった知識がないのだろう。ひたすら関心している。本当に潜ったことあるのかな?あったとしたら何も学ばずに潜ってたのか。危ないなー。
「すいません。こういうところがあったって全く知らなくて。予習は大事ですよね。慎重にいかないと。僕はあまり賢くないので教えてくれると助かります。あ、出来れば他にも出現する種族があれば教えてください。弱点とか逆に気をつけないといけないことってあります?」
「そうですね。例えば…」
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あ、しまった。話すぎた。もう30分は語っている。豚のモンスターを熱く語る女性はさすがに引かれたかな?恐る恐る鈴木さんを見ると熱心にメモをとり、絵なども描いて自分なりに理解しているようだ。絵が上手い。
「すいません。話長くなってしまって。知識をひけらかすのはお前の悪い癖と同僚にも言われてて…」
聞いてもいないことを得意満面に話、見下した態度をとる。私の悪評の一つだ。見下してるつもりはないんだけど…
「いえいえ。勉強になりました。ありがとうございます。」
久しぶりに感謝された。みんな途中からめんどくさそうにしてるのに気づかずに話すから後で嫌われたって毎回へこむのに。
「いえ、私の悪癖なので。ところで絵が上手いですね。オークが可愛い豚さんになってますが特徴を捉えてますね。牙とか。見たことありました?」
「はい。何度か遭遇したことがありますね。」
潜ってたのは本当みたい。
「危ないですよー近づきませんでした?」
「はい。離れて対処しました!」
対処??
「おー。月見里やん!潜る相手見つかったんか?」
関西弁…嫌な奴に見つかってしまった。
「はい。北山主任」
「なんや返事に元気がないなー?彼は?彼と潜るんか?」
あなたが元気すぎるだけです。
「はい。彼は鈴木徹さんです。ダンジョン低層の経験はあるようです。」
「そっかーいい人そうやん?鈴木さん月見里をよろしく!でもまー自分、華奢やなーひょろっとしてるやん?戦えるん?武器持てる?おっさん教えたろか?」
「あ、はい。大丈夫です。多少の戦闘経験はあります。」
「そか?ええか?無理せんようにな?命は大事に!お大事にや!」
早口な関西弁でまくしたてて北山主任は帰っていった。
「はー。すいません。いつもあんな調子で。気にしないでくださいね?」
いつもながら強烈なキャラクターに胸焼けがする。
「大丈夫です。会社勤めの時になれてますから」
働いてたことあったんだ。冒険者より会社員と言われた方がしっくりくるから納得だ。
「さて、潜るダンジョンも決まりましたし、私たちも帰りましょうか?」
「はい。」
「じゃあ明日の朝8時にまたここでいいですか?ここから目的のダンジョンまでバスが出てますし、それに乗っていきましょう!」
「はい。」
ん?調子悪いのかな?元気がなくなった。いよいよダンジョンに潜るので緊張でもしてきたかな?
「私のために潜ってもらいますし、昨日のこともありますので準備はすべてこちらでしておきます。それからわかっているとは思いますけど防具や武器はありますか?なければここで初心者用のレンタルもありますのでそちらで借りてください。リュックなども必要ですからね。」
経験者なのでわかってると思うがどこか抜けている印象があるので念押しをしておいた。
「はい」
あーダメだ。明日までに緊張がとければいいけど。でも、危険も少ないところだし、問題ないか。
その後、追加の注意事項を述べて別れた。やっぱり心配だなー私は入念に用意をしていこう!
お読みいただきありがとうございました。