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閑人の戯言「君の作品は音色がラファエロが描いたマドンナのようで」

作者: 中仙堂


私は或日

目覚めた

高い山間の斜面を

切り開く斧が

私の静かな

二百年の眠りを。


私は谷間に響き渡る

悲鳴をあげた。


その声は

長い長い余韻を残して

みしり、みしりと

私のひざ頭を砕き


私はその苦痛に

意識を失った。


それから幾年経ったのだろうか。


五体を切り削く鋸の音。

ゴシゴシ、ゴシゴシと

樵の規則正しい、

鋸を引く音たに


いつしか

私は深い眠りに着いた。

何が始まるのか

私には

ついぞ

知る由も無かった。


何十年経ったのか、

私は薄暗い

黴臭い納屋にいつまでも!眠り続けた。


「君、良いのが届いたね。」


木屑の臭いと強いニスが鼻をつく薄暗い部屋で、男達が三人、作業台を囲んで談笑して居た。

「そいつは締めが甘く無いかね。」

「あんたのは塗りが浅い。」

「未だ未だマスターには及ばないですね。」

奥の部屋から突然物を擦る音が聞こえて来た。

「マスター。こいつは素晴らしい。やっぱり貴方のは一級品だよ。」

突然私は男に掴まれ、眺め回された。

「こいつが良いか」

私は体中に木炭でスケッチをされ、

鋭い糸鋸で切り抜かれた。その苦痛に私は全身で叫び声を上げた。


そう、ここは

イタリア北部ロンバルジア地方の小都市「クレモナ」

の或る工房であった。

工房の前に一人の男が訪れた。

「ストラディバリウス氏はご在宅かね。」


「ご主人。お客さまで。」

先ほどのマスターが眼鏡をずり上げて客間へ入って来た。

「ああ、ココさま。」

「注文のモノはどうだね。」

「良いのが手に入りまして。」

「うむ。それは嬉しい。」

「はい。」

「こんな話を聞いたぞ。」

「はい。如何な話で。」

「君の作品は音色がラファエロが描いたマドンナのようで、

甘く、しなやかでやや鼻にかかった感じがするそうだ。」

「はっはっはっはっはっはっはっ。」

「はっはっはっはっは。それは嬉しい。」


その後私は腹部をくり抜かれ、小まめなヤスリ加工を施されると、膠を塗りたくられ、硬い型枠に嵌められると寸分も身動きを許され無かった。

随分と長い間寝かされ、空腹に耐え兼ねたが、生憎呻き声すら出す事は出来なかった。

目が醒めたと思ったが今度は全身に褐色のニスを二重三重に塗りたくられたのには往生した。

苦くてむせ返る悪臭に辟易した。

とある日彼は何か決心したらしく、私の喉と下腹部に小さな部品を取り付けると「ガット」と呼ばれる白い糸を張り巡らせたり。

じっと私を凝視すると飽きる程に肩に載せたり、ひっくり返しては何かを確かめた。

「…。」

突然「弓」とか云う長ったらしいものを「ガット」に当てては弾き始めた。

「嗚呼~。」

私は悶絶してしまった。

私の躯の奥、何も無い筈の空間から、えも言えぬ魂の叫びが聞こえて来たのだ。それは、音色がラファエロが描いたマドンナのようで、甘く、しなやかでやや鼻にかかった感じで有った。


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