どないせいっちゅうねん
スイコウ先輩となんとか前のような関係に戻りたくて、ついにファンタジーを書いてしまった。
手応えとしてはなんだか勝手が違うからなのか、しっくりきていない。
でも少し楽しかった。
今までは心を痛めつけるようにして文章を絞り出していた。
100パーセント空想な世界を書き上げるのは、まるでパズルを組み立てるような感覚だ。
このこともぜひスイコウ先輩に伝えたい。
私は意気込んで朝の休憩室へと入った。
「おはようございます」
すでに出勤していたスイコウ先輩は眠たそうに顔を上げる。
「スイコウ先輩!エンタメ、書いてきました!」
スイコウ先輩が口を開く前に私は言い放った。
「……そうか」
感情が読み取れない真顔でスイコウ先輩は右手を差し出してくれた。
その時の私と言ったら、まるでその差し出された右手が地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように感じて、七転八倒するくらいに心の中で喜び叫んだ。
「……泣くな……ほんましんどい奴やの」
スイコウ先輩が迷惑そうに言い、伸ばしたその右手で私に軽くデコピンする。
涙で歪んだスイコウ先輩は、困ったように微笑んでいたことは私の思い込みだろうか?
それでもこの喜びは抑えきれなくて、私はスイコウ先輩に泣きながら笑う。
「………」
今度は目をそらさないで彼は私をちゃんと見てくれた。
「どないせいっちゅうねん……」
不意に身体が傾き、あたたかい体温に私は包まれる。
「鼻水つけたら許さんで」
私の頭頂部に顎を乗せたスイコウ先輩が頭蓋骨を揺らす。
「……は、はい……」
私は急いで鼻をすする。
「……アホ」
一瞬だけきつく抱きしめられ私はすぐに解放された。
「おばさんらが来る前に顔洗ってきい」
「は、はい……」
おばさん、というワードに現実が一気に浮かれた気持ちを蹴り飛ばした。
化粧室で顔を洗い、鏡に映った自分はまるで知らない女の顔をしている。
スイコウ先輩に抱きしめられた女が確かにそこに存在していた。
私じゃない私だけど私に間違いない。
「うへへ……」
どうしよう。今日一日この締まりのない顔を隠せるだろうか。




