11.ルール説明(前篇)
ルアノはリュウが役所の前で黒服の少女に絡まれ、連れて行かれるのを確認すると、シロノと共にその後を尾行した。
二人が大会議室と書かれた扉の向こうに消えた後、その扉に耳を寄せ、中の様子を伺っていたシロノ。どうやら、その段階ではリュウに大きな危険はないようだった。
そして、タイミングを見計らって、シロノを先頭にして会議室に入ったのだ。
その後の話の流れから、大体状況は掴めた。
あれよあれよという間に、≪決戦≫となだれ込んでしまったが、監督官とおぼしき少女が相手の名前を宣言したのを聞き、ルアノは内心でリュウの相当な不利を悟ってしまった。
――グレイ=“ミゼル”・メイガン。
「リュウ――、大丈夫? “ミゼル持ち”相手に勝算あるの?」
そう問い掛けると、リュウは怪訝な表情をルアノに向けた。
「“ミゼル餅”って何だ?」
「おもちじゃないよ!? 識らないで≪決戦≫受けちゃったの!?」
――アホだ!
そう心の中で絶叫するルアノだが、もう逃げることは許されない。監督官は≪決戦≫の開始を宣言してしまったのだ。
監督官の少女が大きな笑い声を上げた。
「オイオイ、マジで言ってんのかコイツ? こりゃ勝負にならねえんじゃねーの?」
「タイム! 教えてあげる猶予だけ下さい監督官様!」
「許すッ!」
監督官の許しを得たルアノは、未だに何も事態を理解していないような顔のリュウに説明を始める。
「リュウ。ミゼルっていうのは、ルーセアノの七人の弟子の一人なんだよ」
「へへぇ。そんんじゃ、メイガンさんはその末裔ってわけか? うさんくせえな」
「マジメに聞く! 要は、あの人はミゼルが創った能力の奇手ってこと」
全く真に受ける様子のないリュウに一喝。
ルアノは説明を続ける。
現代まで遺伝子を残しているルーセアノの弟子は、七人中、四人しかいないとされている。
剣、火蜥蜴、姿見、そして創造。
ただし、ミゼルの遺伝子は“血”ではなく、“名”によって残されている。
ミゼルは奇跡を生み出す能力の奇手だった。
ミゼルの死後、彼が創造した奇跡を宿したと主張する奇手が現れるようになる。彼ら曰く、名にミゼルを冠するという制約の下で、ミゼルが創った奇跡を使うことが出来るというのだ。
そして、彼らはミゼルの遺伝子を受け継いだ者と呼ばれるようになる。
「じゃあ、名前に“ミゼル”って付いてるヤツは、ちょっと毛色が違う感じの奇手ってことか」
「“ちょっと”どころじゃない。人が考えた能力なんだから、実用性がメチャクチャ高いに決まってる」
あくまで余裕なリュウに対し、ルアノは若干声を荒げる。
にもかかわらず、リュウは未だに軽薄な態度を控える様子はない。
「自分から『特別な能力が使えます』って名乗るのが制約なわけだ」
「痛いとこ突くな。まあ、相手の想像力次第で有利にもなるぜ」
メイガンは口元を歪めながら、人差し指でこめかみを叩く。
「ま、問題ねーだろ」
リュウはルアノに不敵な笑みを浮かべた。
『問題ねえ』などと言われても、何故そんなに自信があるのか、ルアノには一切理解不能なのだが。
「メイガンさんの能力が、この≪決戦≫で有利に働くとは限らねえだろ? 内容を決めるのは中立であるヴェンディさんなんだからよ」
「そういうことだ。俺の経験上、ビビるだけ損だぞ?」
だが、ルアノはリュウの言い分に、疑いを乗せた眼差しを向けてしまう。
だって、それはどう聞いても、ただ警戒を怠るだけにしかならない。ミゼルの制約を都合よく解釈し、ガードを放棄する。そんな暴論ではないのか。
唸るでもなく、考え込むルアノだが――、
――パン!
「タイム終了!」
と監督官――ヴェンディと呼ばれた少女が景気よく両手を叩いた。
「≪決戦≫の説明を始めるぜ。耳かっぽじってよく聴いとけ」
リュウはジャンパーのポケットからペットボトルを出して一口飲み、またジャンパーにしまう。
テーブルを挟んでメイガンの前に立った。
静寂。
聞こえるのはモスキート音だけ。
――すごい集中力。
すうっ、と空気が引き締まっていく錯覚。
ルアノは若干息苦しささえ感じてしまう。
リュウとメイガンの洗練された在り様は、いつも戦闘の訓練でラアル達が放つ威圧感とは、別種の何かを携えていた。
すなわち、純粋な肉体の強度の計り合いではなく、どう相手の闇を打ち払うかを探ろうとする監視のし合い。
まだ説明だというのに、この張り詰め方である。
ちらり、と横目でシロノの様子を伺うが、彼はナイフを掴んだ手を凝視し、首を傾げていた。
そこで、ルアノは彼が怪我をしていたことに初めて気が付く。
――彼の治癒術を使っても治らないのだろうか?
「その昔、一人の美女を巡って二人の男が決闘をした」
そんなヴェンディの言葉に、意識を≪決戦≫に戻すルアノ。
「用意したのは二つのグラス。中身は赤ワインだが、一方は毒入りだ。二人で交互に何回もシャッフルした後、せーので飲む。生き残った方の、勝ち」
謡うように語るヴェンディ、そして彼女は眼を光らせて言った。
「お前らは、この説話を模した≪決戦≫で勝敗を決することになる」
毒味対決というわけだ。ルアノは毒のワインを想像し、分泌された唾液を飲み込んだ。
だが、今の話の決闘をそのまま採用するわけがない。
「コイツは度胸試しであると同時に、ちょっとした戦略性を交えた、暴力ナシの勝負だ」
――暴力なし。
それはもしかすると、リュウに有利に働くかもしれない。リュウは確かに強いが、流石に腕利き相手だと、後れをとりそうな不安要素がある。
ヴェンディがパチンと指を鳴らすと、黒服の男が隣の部屋からサービスワゴンを押してきた。
ワゴンの上には、赤色のグラスと青色のグラスが複数ずつ、巨大な銀のトレーに並べられていた。
「使用するのは赤と青の杯、九個ずつ。水の入ったそれらを二列にして並べる」
そのヴェンディの言葉と同時に、黒服が二人でトレーを会議室の机に移動させた。
そこでルアノは、それぞれのグラスに数字が刻まれていることに気が付く。青も赤も、それぞれ順番に、1から9までだ。
「赤の杯の列を【レッドライン】、青の杯の列を【ブルーライン】と呼ぼう。見ての通り、各ラインの杯は順番に1から9までの番号が振られている、その杯の中に――」
言いながら、ポケットから二本のアンプルを出すヴェンディ。二本とも、ヴェンディの手のひらに収まるサイズだ。
「この二種類の薬を入れる。当然、一方は“毒”――無味無臭の神経毒さ。コイツの効き目は量に依存するが、勝負中で致死量に達することは多分ねえから心配すんな」
毒を飲む――。
その趣味の悪い勝負内容に、ルアノは悪寒が走るのを感じた。単純な暴力とはまた違う、粘着質のある湿気混じりの悪意。
「もう一方は、毒を無効化する“中和剤”だ。これも無味無臭で、基本的に毒と同じ量に対して有効。例えば、中和剤の量1が、毒の量1の杯に投入されれば、中和剤が毒を打ち消しその杯は安全。毒の量2の杯に投入されれば、その杯は毒の量1の状態になる。わかるか?」
「毒と同じ量だけ打ち消してくれる。単純に毒の効果を引き算するってことだな?」
ヴェンディの確認に、メイガンが応じた。
「その認識で正しい」
そう言って、彼女は二本のアンプルを差し出した。
「手にとって嗅いでみ? 何も臭いしねえし、色でわかることもない」
『黒いラベルが毒、白いラベルが中和剤だ』とヴェンディは付け加えた。
それは、アンプルを手にとってみろということだろうか?
ルアノは参加者二人の動きを目で追う。
メイガンがリュウに視線を配り、リュウはメイガンに譲るように手のひらを差し出した。
メイガンはヴェンディに近づき、アンプルの蓋を開けて臭いを嗅いだ。
「なるほど、こりゃわからねえな」
そう呟くと、メイガンはリュウにアンプルを軽く投げて寄越す。
投げられた二本をリュウは器用に両手で受け、左手に持ち替えた。
そして、右手で同時に蓋を開け、鼻を近づける。
――くんくん。
今度は片方だけの臭いを嗅ぐ。
――くんくん。
また持ち替え、臭いを嗅ぐ。
――くんくんくんくん。
「どんだけ嗅ぐの!?」
ルアノは思い切り突っ込んだ。
どうしたというのか? そんなに中毒性があるのか?
そんなに嗅いで、馬鹿になりはしないかと心配するルアノである。
「いや、やっぱり臭わねえな」
と言いながら、リュウはヴェンディに近づいた。
そして、アンプルを彼女に差し出しながら問い掛ける。
「なあ、薬で微妙にかさが増して、量がわかっちまうってことはねえよな?」
「コイツらは実際に使われる薬の1単位量の四倍の量が入っている。アンプルに量を示す線が三本入っていたことに気付いたろ? あの線が薬の1単位量を示してる。そんな量の違いが見てわかるか?」
ヴェンディはアンプルを受け取り、『まあ、そんなのは関係ねーがな』と零した。
「杯によって水の量は違う。見た目じゃ判断出来ねえようにするさ」
「ふーん」
ドライな呟き。
リュウは元いた位置に戻ると、ヴェンディを向き直った。
それを改めたヴェンディは、説明を再開する。
「さて、お待ちかねの薬の入れ方だが、それは参加者二人に決めてもらう。全部で十八ある杯に、毒と中和剤のそれぞれ4単位量分を、自由に分配するんだ。ただし、当然相手参加者の分配はお互いにわからない。どの杯に何がどれだけ入っているか、それを把握できるのは、自分が入れた薬だけだ」
4単位量。
それが毒と中和剤の二種類で、計8単位量分の薬を自由に分配する。
二人の参加者がそれをするわけだから、計16単位量の薬が十八の杯にまちまちに入ることになる。
ややこしくなってきた。ルアノは眉間に皺を寄せて集中する。
「先攻後攻を決めた後、参加者には交互に杯を一つ選んで飲み干してもらう。ただし、選び方にはルールがある。まず、レッドラインかブルーラインのどちらかの列を選ぶ。そのラインの最も低い番号か、それを飛ばして次の番号の杯、選べる杯はそのどちらかだ」
――!?
いきなりルールが複雑になってしまう。
ぎりぎりで、なんとなくわかる。そんな己の理解力に、思わず待ったの声を発しそうになるルアノ。
「飲み干した杯は伏せる。そして、それ以下の番号の杯はクローズだ、――つまり選べなくなる」
「――例えば、デフォルトのこの状態で選べる杯は四つ」
メイガンがプレートに並ぶ杯を指し、確認するように口を挟んだ。
「まず、先攻がブルーラインかレッドラインを選択。ここでブルーラインを選んだとする。すると、青①の杯か青②の杯のうち、どちらかを飲むしかない」
「ああ、そうだ」
「ここで先攻が青②の杯を飲み干した。青①②はクローズだ。後攻の参加者がブルーラインを選択するなら、選べる杯は青③か青④になる。①②のクローズはブルーラインのみで、レッドラインにまでは影響しない。すなわち、後攻の選択肢は赤①②青③④となる」
「いーじゃねえか。物わかりがよォ!」
拍手するヴェンディ。
ルアノも思わずつられて拍手をしてしまう。今の説明のおかげで、ルアノにも理解が出来た。
リュウは大丈夫だろうか?
ルアノは彼がウィルク・アルバーニアとして参加した≪決戦≫を思い出す。確か、彼はいち早くルールの本質を見極めていた、とクレイスが言っていたものである。
リュウは頭を掻いていた。
――大丈夫すか!?




