10.再びの≪決戦≫
リア・ヴェンディと名乗った少女に連れられ、リュウは役所から徒歩数分ほどにある棟に訪れていた。
そこは、会議や講義等を目的とした貸しスペースを提供する建物だ。
「オイ。ちょっと待て」
ヴェンディは建物の中に直行しようとするが、それを制止する声をリュウが上げた。
リュウが自分についていくことに、何の疑いも抱いていないのだろうか?
「あん? 何だよ?」
およそ少女らしくない乱暴な言葉遣い。
面倒臭そうに、彼女はリュウを振り返る。
「まだ≪決戦≫をやるとは決めてねえ。それでも中に入っていいんだろうな?」
「オイオイ。そこは『受ける』の一択じゃねーのかよ」
「アホか。俺の旅券を盗んだバカタレと、≪決戦≫内容の確認が先だ」
「女々しい野郎だな。言っとくが、申請が受諾されてからじゃねえと、≪決戦≫の内容は説明できねえぞ?」
リュウは舌打ちをする。やはりそうだ。
確か本来の手順では、≪決戦≫の申請が受け入れられてから、その内容が決定されるものである。
つまり、リュウが≪決戦≫の参加を宣言していない今、建前上はまだ勝負内容が決まっていない状態のはずなのだ。
「ヴェンディさんの中じゃ、もう勝負内容は決まってるのか?」
「まあな。そして、その準備もしてある。一応教えられるのは、お前の相手の希望に沿った内容だってことだけだ」
「話にならねえじゃねえか!? 俺のリクエストは聴くまでもねえってか!?」
リュウの抗議を受け、ため息を吐くヴェンディである。
「いーだろーが別によォ。ただ、『暴力行為を一切禁ずる』ってだけだぜ?」
「は? それが相手のリクエストか?」
「そーだよ」
『戦闘なし』のオプション。
未だウィルクの力を引き出せないリュウにとっては、好都合かもしれない。
一見悪くない話に思えるが、相手の意図もわからない以上、ここでイエスと言うわけにはいかない。
「どーすんだ? ケツ捲んのか?」
「だから早えよ」
――どんだけ単細胞なんだよ。
急かしてくるヴェンディにリュウは心中で毒吐いた。
まばらな通行人達が、リュウ達に好奇の視線を向けてくる。
そんな彼らの流れを見ながら、リュウは考える。
少なくとも、ここで引き返すのは勿体ない。
せめて相手と顔を合わせ、話を聴かなければ、手ぶらで帰ることになる。
「とにかく、喧嘩吹っ掛けてきたヤツの面拝んでから決めるわ」
「あっそ。なら付いて来い。ジロジロ見られてうぜーったらねえ」
建物に入るヴェンディ。
それに続くリュウだが、途中でヴェンディが『カップルに見られたかもな』などとギャグを吐き、転けそうになった。
***
「ここだ」
とヴェンディが立ち止まったのは、大会議室と書かれた大部屋の扉の前だ。
「結構デケぇ部屋だな。おたくらが借りたのか?」
「ま、ここも十二連盟のグループ会社が管理してる施設だからな。ほとんどタダ同然の値段だと思うぜ」
ヴェンディが扉に手を掛けた。
何が待ち構えているか、わからない。
――バチ!
そう考えると、例の閃光がリュウの頭上で散る。
ギィ、と。扉が開かれる。
およそ二十×十メートルほどの部屋にみえるが、キャスター付きのデスクや椅子が窓際に集められているため、実際の広さはもう少しあるだろうか。
そんな大部屋は真っ白に塗装されており、掛け時計が一つ備えられているだけで、飾りっ気の一つもない。これまで、アンティーク調な造りの部屋が多かったため、その無機質な雰囲気にむしろ新鮮みを覚えるリュウである。
さらに奥には、隣接した部屋へ通じているであろう扉があり、その前に黒服の男二人が立っていた。
部屋の中央には二メートルないくらいの長さのテーブルが鎮座し、そこに一人の男がリュウ達に背を向けて座っている。
その男だけ、縁が青い白ジャケットを着用していた。
――制服組だ。
「おら。連れてきてやったぞ。メイガン」
そうヴェンディが声をかけると、メイガンと呼ばれた男はテーブルから降り、リュウ達の方を振り向いた。
黒いオールバック。ノーネクタイに第一ボタンを外した紺色のシャツといった出で立ちだが、着こなしは上等で、粗野ではあるが小綺麗な印象を抱かせた。
おそらく、二十代後半といったところだが、リュウにそう見えるだけであり、この世界の人間の感覚とは外れているかもしれない。
垂れた眉に冷たい瞳は、リュウを捉えると好奇な色を孕んだ。
「よく来たな。ウィルク・アルバーニア」
低いが友好的な声で、彼はそう挨拶した。
「そりゃ、旅券盗まれた上に、≪決戦≫の申し込みまでされちまったらな。――で」
リュウは眼を細める。
「誰なんだ?」
メイガンは口角を上げた。
「俺はグレイ=ミゼル・メイガンって者だ。よろしく頼む」
――“ミゼル”。
その名を聞き、リュウはプラチナブロンドの少女を思い出した。
脳裏に浮かんだ彼女の影を追い出し、目の前の相手に集中する。
彼は挨拶をしている相手の旅券を盗んだことを、ちゃんと自覚しているのだろうか?
それほどまでにメイガンは穏やかにリュウに語りかける。
「わかってると思うが、テメエがしでかしたのは立派な違法行為だぞ」
「俺は一応、上層調査局の人間でね。公安局に籍を置いていて、こうしてお前さんの旅券を取り上げたのも、捜査の一環なのさ」
メイガンは肩をすくめた。
リュウは彼が旅券を盗めた理由に合点がいった。捜査権限を行使すれば、旅券の申請を参照出来るし、その気になれば、役所の帳簿を書き換えて、状態を弄ってしまうことも可能だろう。
「なんだろうな。俺は容疑者にでもされちまってんのか? 悪いが心当たりはねえぞ」
大嘘。
リュウはこの世界に来てから、何度も違法行為を行っている。黒の棟への侵入、暴力沙汰、ウルトラシングでの蛮行。
メイガンが笑う。
「それが事実かは疑わしいが、俺はただお前さんと≪決戦≫がしたいだけだ」
「驚くべきことに、マジでそれがテメエの仕事みてえだな」
メイガンに≪決戦≫以上の目的があれば、彼の権限を使ってとっくに果たしているはずだ。
リュウはここにノコノコ現れたところを集団に襲われることさえ想定していたが、メイガンからはリュウをシメようとする意思がみられない。
「万が一、お前さんが勝ったら旅券を返してやるよ」
「当たり前だバカ野郎。つーか、狙いを言ってくれりゃ≪決戦≫なんざするまでもねえ」
彼はリュウに≪決戦≫を受けさせるために、旅券を奪い楯にしている。
――ならば、≪決戦≫の狙いは?
「誰かに頼まれてんだろ? いくら貰ってんだ?」
「ハハッ!」
リュウの問いに、メイガンは今度は声を出して笑う。
「金の問題じゃねえさ。悪いが、お前さんは俺の挑戦を受けるしかない」
「いや、金の問題だろ。いくら欲しい?」
「交渉は受け付けない」
余裕の態度をみせるメイガン。
だが、誰かに依頼されたということまでは否定しなかった。もちろん、否定しないだけかもしれないが。
そして、リュウはその“誰か”という人物に当たりを付けていた。
――そろそろだろ。
「じゃあ、≪決戦≫しねえで、今からテメエをボコボコにして取り返すってのは?」
『ハァ?』と声を上げたのはヴェンディだ。
みやると、彼女は不機嫌そうに眉をひそめている。グダグダと続けるリュウに苛立っているのだろう。
「勝てると思ってんのか?」
とメイガン。
「お前さん一人で、この俺に」
「一人じゃねえよ」
リュウがそう言い放ったとき、
――ギィ、
と会議室の扉が開く。
「こっちは三に」
そうリュウが言葉にしようとした瞬間、メイガンは腰からナイフを抜き投擲。
刹那にリュウは反応するが、ナイフが“自分を狙ったものではない”とその軌道を見極めた。
そして、縦回転をしたナイフは、リュウの顔面すれすれを通り抜ける。
振り向くと、メイガンのナイフは黒い手袋にその刃を握られていた。
この会議室に現れた乱入者であるシロノは、ナイフの白刃を左手で受け止めていた。後ろに続くルアノが、その様子に殺気立っている。
――ヒュウ。
メイガンは口笛を吹いてシロノを称える。
「やるじゃねえか。別嬪さん」
「シロノ、平気か?」
シロノは静かにナイフの柄を右手で持ち、頷いた。
「つーわけで、こっちは三人だ。どうするよ?」
「どうもこうも、≪決戦≫を蹴るまで、申請者へ危害を加えることは認められねえぞ」
「何!?」
ヴェンディが口を挟んだ。
彼女の言う規則を初めて知り、数の暴力というアテが外れるリュウである。
「つーかよ。さっきから、何ゴチャゴチャぶうたれてんだ? 勝てば旅券を取り戻せて、一発解決だろ?」
旅券がなければ、ルアノについて行くことは出来ない。
旅券が有効である期間は、再発行が出来ないのだ。
ならば、リュウの取るべき選択肢は一つ。
「あぁあ! わーったよ、しゃあねえ!」
リュウは頭を掻きながら、腹を括った。
『ミは勝てな』『つ成し遂げていな』『条件を満た』
何故か、そんな言葉が脳裏をよぎる。
否定される実力。この世界に来てから、どこか冴えない自分を自覚させられる。
リュウは心の奥で閉じ込めていた恐怖心と、はっきり向き合わなければならない。
それは、神坐流はゲームタワーでしか力を出せないという可能性。強かった神坐流は、もう死んだ。あるいは、あのときの連勝は、ただのまぐれ。強かった神坐流は、ただの幻想。
リュウに――、
――神坐流に、力などない。
そんな、恐怖心。それを、
――バリバリバリッ!
「ぶちのめす」
これから行われる≪決戦≫で賭けているのは、取り戻すのは、旅券などではない。
――己のプライドだ。
「ウィルク・アルバーニアが≪決戦≫の参加を表明した!」
ヴェンディが声高に宣言する。
「これより、グレイ=ミゼル・メイガンとウィルク・アルバーニアの≪決戦≫を始める!」
「バックレんじゃねえぞ。必ず旅券は返してもらう」
「安心しろ」
そんなリュウの言葉に、メイガンは肩をすくめた。
「この≪決戦≫、必ず俺が勝つんだからな」
白い歯を剥き出しにして、邪に嗤うメイガン。その猛獣のような笑みをみせられたとき、リュウの眼前に再び火花が散った。
――リュウの二度目の≪決戦≫が、今始まろうとしていた。




