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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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08.貴女を選んだ理由(前篇)

 ルアノ=エルシア・ルクターレが十二歳になる年の、年度初め。

 お付きのロイヤルガードを指名する権利が、ルアノに与えられた。


 どうせ付くなら、もう一人は女の人がいいな。選定試験も面倒くさいし、女の人にしちゃえば、一発で決まるはずだ。

 そんな風に思っていたルアノだったが、希望的観測はいとも簡単に崩れ去ることになる。

 候補となる王国騎士四名が、なんと全員女性だったのだ。よく考えれば、当然の人事の配慮なのだが。


 ――なんだか、暗そうな人だな。


 というのが、簡単な顔合わせにて候補者の一人だったヴァネッサ・メロードルに対して抱いた、ルアノの第一印象である。


 飛び抜けて美人ではあるが、不機嫌なのかと疑ってしまうほど陰鬱とした雰囲気を感じ取ってしまい、むしろそれが怖いと思ってしまう。


 ルアノは選定試験が始まる前から、ヴァネッサではない別の者を選ぶことに決めた。


「あのメロードルってのは、選ばない方がよさそうです」


 というのが、ルアノのお付きのロイヤルガードである、ヴォルガ・シンクェルのアドバイスだった。


「なんで?」


外様(・・)なんですよ。彼女は実は王城監査官です」


「それって、≪フロアセブン≫をカンサ……? する目的でロイヤルガードになるってこと?」


「おそらく、そういうことでしょう。まあ、そもそも出願の際の提出書類に洗いざらい書いてありますから、向こうも隠す気はないのでしょうが」


 よくわからん。とルアノは首を捻る。

 何故、そんな意味不明な采配がまかり通ると思えるのか。もしかすると、≪現身(うつしみ)≫の人事、あるいは監査の人事は馬鹿なのでは?


 顔合わせの翌日、選定試験が始まった。

 この試験は初日の筆記試験と、二日目の実技試験と面接から成る。


 初日にルアノの仕事はない。筆記試験の様子など伺っても仕方がないからだ。

 ルアノはいつものように、帝王学の勉強をほっぽって脱走し、内緒で庭に匿っているホーンハウンドという種の魔獣と戯れていた。


 ホーンハウンドは気性が荒い魔物ではあるが、弱っていたところをハウネルの尾付近の山の中で、偶然発見してしまったのだ。試験の三日前、ルアノはホーンハウンドと≪契り(ちぎり)≫を交わした後、彼を庭園に匿って薬による治療を施した。素直に檻に入り、ルアノによく懐く。可愛くておとなしい魔獣だった。


 そして試験初日の夜、ルアノに筆記試験の結果が知らされようとしていた。

 あの人がトップだったらヤだなあ。とヴァネッサのことを考えるルアノである。


 そんなルアノの心配は、


「メロードルは筆記試験を放棄したそうです」


 ――全くの杞憂だった。


「筆記試験のトップは……二人もいますね。こりゃ、明日が見物ですよ、殿下」


 意地の悪そうな笑みを浮かべて、ヴォルガが言う。

 しかし、ルアノは正直、翌日が憂鬱でならなかった。

 実技試験の見物と候補者との面談。それが終わった後に、最終決定を下さなければならないのだ。

 はっきり言って、面倒くさい。


 そもそも、ルアノが選ぶ意味などあるのだろうか。

 どうせルアノは総合成績トップの者しか選びようがないではないか。


「ねえ、同僚になるんだし、ヴォルガが決めちゃえば?」


 そんなルアノの発言を聞き咎めたのだろう。

 『はぁ』とため息を吐くヴォルガ。


「あのですね、殿下。それはご自身でお決めになられることです。確かに、この手の人選が厄介なのは、私とて重々承知しております。ですが、彼女らは殿下に選ばれようと、必死に忠義心を示そうとしているのです」


 だが、そんな風に諫めるヴォルガに、


「べつに頼んでないもん」


 とルアノはそっぽを向いてやった。


「このクソガキ……」


 ヴォルガはサングラスの向こうの瞳を絞り、悪態を吐いた。


 ――また始まった。


 正直、いつも口うるさいヴォルガに、ルアノは若干辟易としていた。

 もし、もう一人お付きが増えたら、同じようにルアノにガミガミと言ってくるのだろうか?

 考えただけで寒気がする。


「あのさ、ぶっちゃけ要らなくない? ロイヤルガードなんて一人付いてればジューブンじゃないの? わたしだって、もっと強くなるよ?」


「今ロイヤルガードは人手不足です。まあその問題は管理畑のクソ共に責任があるとして。ルアノ様のお付きになるとはいえ、ルアノ様ばかりを御守りするとは限りません。これは≪フロアセブン≫全体の問題なんです。ちゃんとお決めになって下さい」


「……自分は先代のおかげで、まだロイヤルガードでいられるクセに」


「……何だと?」


 ――ヤバい。本気でキレる。


 思わず口が滑り、余計なことを言ってしまったルアノである。


「わかったよ! 決める! ちゃんと決めるってば!」


 やけになり、ルアノは叫んだ。

 それを受け、ヴォルガはため息を吐く。それが安堵によるものではなく、溜飲を下げたものであることくらい、ルアノでもわかった。


「では、明日の九時過ぎには準備を済ませておいて下さい。失礼いたします、殿下」


 そう言って、ヴォルガは“紅姫”の部屋を後にした。


 しんと静まりかえった部屋の中、ルアノはベットにダイブする。


「マズイこと言っちゃった」


 枕に顔を埋めながら、ルアノは呟く。

 胸中で後悔の念が、ルアノの良心を締め付けていた。


 ――謝った方がいいだろうか?


 考えずともわかる。謝った方がいい。


 そもそも、自分はどうしてあんなことを言ってしまったのか。

 それは、先代巫女であるエルシアに抱く、ルアノの複雑な感情がそうさせているに決まっているのだが。


「だいっキライ……。先代……」


 独りごちる。

 一度そう考えると、ルアノの中でこの一連のヴォルガとのやりとりが、全て先代の責任のように思えてきた。


 ――そうだ。わたしは悪くない。


 別に自分は、何も間違っていることは思っていないではないか。それなのに、どうして自分がまるで不真面目で我が儘、どうしようもない王女のようにいわれなければならないのか。


 だんだんと腹が立ってくるルアノである。


 ――わたしは、ただ先代や王族という立場に振り回されてるだけだ。


 そして翌朝、ルアノは実技試験の立会いをサボった。



***



「ヴァネッサだけど、リュウが旅券受け取る日に合流するって」


 お茶会の次の日の午後一番で、リュウはルアノからそう報告を受けた。


 ルアノはシロノと共に中心街の掲示板まで行き、ヴァネッサの返信を確認したのだ。

 リュウは近くにある喫茶店で、そんな二人を見届けながらコーヒーを飲んでいた。

 シロノをルアノに付けたのは護衛のためであり、リュウが残ったのは三人で目立つのを避けるため、そして万が一に一網打尽にされるのを避けるためだ。


「なら、三日後になるな」


 と呟きながら、リュウは疑問を口にした。


「なあ、おかしくねえか? 何で今すぐに現れねえんだよ? ヴァネッサさんは」


「検問を通るための準備をしてるんだって」


 そんなルアノの答えを聞いても、まだ納得できないリュウである。

 いくら準備をしているといっても、丸一日を費やすわけもないだろう。まともな神経をしていれば、一刻でも早くルアノの顔を見ようとするものではないか。


「その掲示板を介してのやりとりだけど、ちゃんと本物なんだろうな?」


「あ、それは間違いない。符丁でやり取りしてるから」


 なら大丈夫か。とリュウは胸をなで下ろす。


 だが、ヴァネッサが未だに現れない理由は気になることに変わりはない。

 カップに口を付けながら、リュウは思案にふける。


 真っ先に思い付くのが、ヴァネッサが厄介事を抱えている真っ最中だ、という可能性。例えば何者かに追われているが、解決の見込みがあるため、ルアノには敢えて報告していない。そういうことなら、姿を見せないことに筋が通る。


 だが、リュウは別の可能性を思い付く。


 それは――。


「ヴァネッサなら大丈夫だよ」


 とルアノの太鼓判で我に返るリュウ。


「メチャクチャ優秀だからね。もうビックリするくらい」


「本当かぁ? ヴォルガさんだって、相当せっかちな野郎だったろ」


 意地悪く口元を吊り上げてみせるリュウだが、ルアノはどこ吹く風といったように、つーんと鼻を高々にしている。


「ヴォルガとは一味違うんだなあ。いつでも冷静で、凜々しくてさ。何ていうの? 清廉かつ強かな一輪の百合の花みたいな? 会ったらもうビックリするよ?」


 惚れるなよ。と念押しまでしてくれたものである。


 そこまで言われては、リュウとて期待するほかない。


「そりゃ、楽しみだ。俺らも恥かかねえようにしねえとな? シロノ」


 とシロノに言った後、再びカップに口を付ける。


「リュウなら大丈夫」


 リュウは口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。

 軽くむせてから、顔をシロノに向ける。


「――どうしたシロノ!?」


 真顔でまさかの発言をしたシロノに、リュウは戦慄さえしてしまった。

 そんな風に、シロノが他人に対して心象のようなものを抱いていることに驚愕する。


「ケレン味が全くない……。嫌味でもお世辞でもない……、だと? これはリュウが凄いとみるか、シロノが優しいとみるか……」


 ルアノは顎に手を添えて、『まぁ、ヴァネッサにしろ別にキツい性格してるわけじゃないしなぁ』と呟いた。


「ルアノとヴァネッサは仲がいい」


 そんなシロノの冷然とした声に、リュウとルアノは静まり返る。


「そして、ルアノとリュウは仲がいい」


 今のシロノの言に、リュウは思わずルアノの顔を見るが、ルアノは顔を縦長に伸ばして驚愕を示している。

 リュウと仲がいいと言われたのが、よほど衝撃的だったのか。


「なら、リュウとヴァネッサは気が合うかもしれない」


「子供の理屈!?」


 あまりに無邪気な三段論法を言い放ったシロノに、ルアノは目を丸めてふるふる震える。彼の純粋無垢なありように恐れさえ抱いた様子である。

 だが、リュウの方はシロノの発言の真意を汲み取っていた。


 ――おかげで、今の状況が少しだが掴めてきた。


 どうやら、ヴァネッサとは『気が合わないかもしれない』、ということらしい。





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