27.罠
「モグラが在りそうな場所は、一カ所しかない」
そうクロードは言った。
リュウは船内をクロードと移動しながら、テレサとの交戦に至るまでの経緯を説明した。
そして、彼女がモグラを使って脱出することを企んでいるとクロードに報告すると、彼は思い当たる処があるようにリュウの先を走り出す。
「確かに、この≪ウルトラシング≫にはDデッキにハッチがあった。まさか本当にモグラが収納されているとは思わなかったがな」
リュウは怪我のため、クロードについて行くのに精一杯である。
クロードはそんなリュウに合わせるように、速度を緩めているようだった。
一人ではなく、リュウと共闘した方が、テレサを捕らえやすいと判断したのだろう。
「このクジラの構造を知ってたのか?」
「当然だ。捜査にあたり、設計書を手に入れて目を通した」
――すげえ。普通に会話してる。
つい先程まで対立していたクロードだが、ルアノの叫びによりリュウの処遇を後回しにすることにしたようである。
果たして、テレサを倒した後も彼は味方でいるのだろうか?
「なあ、奇手には能力を発動するときの癖みたいなモンがあるって、本当か?」
これは以前、アルフィから聞かされた話だ。
ウィルクの≪振り直し≫をリュウが使うことができないのは、何らかの発動条件があるから。そんな彼女の予想のついでに説明されたことである。
奇手がその奇跡を起こす際に、何かしらの予備動作を行うことがあるというのだ。
それは儀式行為とさえ言われており、メンタルが起因するのだろうか、それを怠ると能力が発動しないことも有り得るという。
逆にポジティブな表現をするなら、アスリートにおけるルーティンだ。たとえば、バッターが打席に入った際に、構えに推移する間に行われる独特の動き。それを行うことにより、最もその者らしく自然な形で集中力を高めるといわれている。
奇手も同様に、どこか条件めいた何かを充足させる者がいるそうだ。
もっとも、アルフィ自身にはそんなものはなさそうだったが。
「そういう奇手もいる、というだけの話だ。――気が付いたのか? あの女のそれに」
「そりゃ、あんだけ見れば気付くだろ。まあ、途中まではそういうもんだと思っちまったけど」
テレサは光線を放つ際に、必ずある動作を行っていた。
「右手だ。アイツの光線は手首らへんから発生していた。もしかしたら、右手を対象の方に向けなきゃ、光線撃てねえんじゃねえか?」
「その可能性は高い」
階段を駆け下りながら、クロードはリュウの考察を肯定した。
ならば、とリュウは思う。
「アンタの鎖で、何とか右手を縛れないのかよ?」
「間もなく、ハッチだ」
クロードは質問に答えなかった。両脇に複数扉がある通路を、迷いなく進んでいく。
そして返事の代わりに、彼はリュウに訊いた。
「貴様のそれは、アーミーブーツだな?」
唐突なクロードの質問に面食らうが、すぐにリュウの靴を指していると思い至る。
「ああ、それがどうしたよ?」
クロードは『ここだ』と言い、廊下の突き当たりにある防火壁のような扉の前で止まった。
白い扉には微かに血が付着している。おそらくは、テレサのものだ。
「靴紐をよこせ」
***
警戒しながら防火壁を開けると、青白い常夜灯で照らされた、立体的に開けた空間が広がっていた。
平面的な広さだけでなく、高さもあり、低さもある。
壁が無骨な鉄から成り、足場となるのは一本の鉄の格子床の通路。その両脇にはこれまた鉄で出来た手すりがある。
常夜灯は通路から離れた鉄壁に備えられており、上を見上げれば光が届ないほど天井が多く、通路の下はといえば底なしの大穴のように暗がりが広がっている。もっとも、ここは階層で言えばマイナスにあたるため、それほど深いとは思えないが。
注目すべきは二つ。
まず、通路の向こうにある円形のハッチが開いていること。
おそらく、その先はモグラへと続いているはずである。
もう一つは、リュウ達の足下に、無造作に脱ぎ捨てられたヒールがあることだ。
通路が格子床であるため、やむなくテレサが脱いだのだろう。
――バリバリッ!
リュウの眼前で火花が散る、例の錯覚。
周囲は薄暗く警戒すべきだが、ここで足を止めても仕方がない。
リュウは屈んで、靴紐を結んだ。
クロードを見上げると、彼は僅かに眠たげな印象を与える目を見開く。
だが、その意図に気が付いたのだろう。リュウが立ち上がると、彼は『行くぞ』と小声で呟き、ハッチへと進む。
リュウもそれに続き、神経を研ぎ澄ませながら歩いた。
――背後。
「今だ!」
そのリュウの叫びよりも早く、殺気を感じ取っていたクロードが振り向き、能力を発動させていた。
テレサの右手を、リュウのブーツの靴紐が拘束。
靴紐は、格子床にしっかりと結ばれていた。
テレサは右手を持ち上げることができず、リュウ達の背後を取った奇襲に失敗した、
「貴方達、本物のマヌケなの?」
――はずだった。
テレサは悠然と左腕を持ち上げ、光線を発射した。
***
「靴紐をよこせ」
ぶっきらぼうに放たれたクロードの言葉に、リュウは驚愕を通り越して、呆れに近い感情を覚えたものである。
彼の真の切り札は、“切り離された鎖を動かす”ことではなかったのだ。
リュウは靴紐をほどきながらクロードに尋ねる。
「アンタ、鎖じゃなくても操れたのかよ?」
「無論、抵抗係数の関係で制限はある。その中で、鎖が一番使い勝手がいい」
やはり、奇跡というのは厄介だ。
アルフィやテレサのように、シンプルに魔弾を放ってくるとは限らない。もっと特殊な奇跡が起こせる、クロードのような奇手も存在するのだ。
ならば、奇手という生き物は性格が歪んでいる連中ばかりに違いない。
今更になって、そのことに気が付いたリュウである。
「だが、持ち前の鎖はもう一本しかない。少しでも武器は用意しておいた方がいい」
「なら、アンタもネクタイ外せ」
そしてリュウはクロードに左右の靴紐を結んで作った、鎖の代用を渡した。
「視界にさえ入れば、俺はこの靴紐を自在に操ることができる」
そう言うと、クロードはそれを一回手に取るだけで、リュウに返してしまう。
「ただし、およそ三分だ」
そうクロードはリュウに告げた。
「その程度の紐でも、今から三分ほどが操れる時間の限界だ。これは貴様が持て」
***
テレサが左手をリュウ達に向け、光線を放つ。
――その瞬間。
テレサの手首から炎が上がった。
「何よッ!?」
悲鳴を上げるテレサ。
リュウは手すりの上を蹴り、跳躍でテレサに向かいながら光線を回避する。
「テレサアァ――ッ!!」
パニックを起こしたテレサの顔面に、リュウの跳び蹴りがめり込む。
鼻やその他諸々の骨が折れる感触を、リュウは靴底越しに感じ取った。
ぶっ飛んだテレサの意識は、今度こそブラックアウトしているはずだ。
それを改めるべく、リュウはダウンした彼女の顔を覗き込んだ。
そしてその惨状に、リュウはクロードに振り返って、自分の顔を両手で覆い隠すジェスチャーをしてみせた。
テレサの光線は、日光をレンズ越しに照射するのと同じ性質を持っているのだろう、とリュウは予想していた。
すなわち、電磁波にヴェノによる干渉を与えて集約させているということだ。
どうやって発射しているのかは知らないが、光線のエネルギーについてはそれくらいしか思い付かなかった。
リュウは手錠にシャチの燃料を塗っておいたのだ。
それをテレサの手首にかけることで、彼女の能力が発動した際に発火する罠を仕掛けた。
彼女の右手首に手錠をかけることも考えたが、ただ右手の光線で発火させるだけでは、テレサの平常心は崩せないと思った。
いずれクロードとの戦いの中でテレサは追い詰められ、両手で光線を放つだろう。そうリュウは踏んでいたのだ。
ならば、そんな切り札をテレサが使ったタイミングで発火した方が面白かろう。
その後、テレサは一貫して右手を使っていたため、リュウは彼女の能力は“右手ではないと使えない奇跡”なのかと勘違いをし、そこから右手ルーティン説に辿り着いたわけだが。
――何が益になるかわからない。
だからこそ、たとえ不発に終わろうと、仕込みは多くしておくべきだ。リュウは改めて実感した。
「その女が後ろから奇襲することに、どうして気が付いた?」
そうクロードが尋ねてきた。
それに関しては、リュウも自分の推測が論理立てて説明できる気がしない。
そう。リュウはこの鉄の格子床のエリアに訪れ、転がっていたテレサのヒールを見て、彼女が通路の先にはいないことを予感した。
だからリュウはクロードの能力が付与された靴紐を格子床に縛り、罠を仕掛けてからハッチへと向かうことができたのだ。
「『真の淑女は何があってもヒールを脱がない』、――らしいぜ?」
いつだったか、ゲームタワーである女性が得意気に流にそう言った。
テレサのヒールを見たときに、その言葉を思い出してしまったのだ。
すると、その脱ぎ捨てられていたヒールが、わざとらしくみえてくる。
ホガロの勾配でも、戦闘中でも、テレサはヒールを脱ごうとしなかった。にもかかわらず、たかだか格子床の通路のために脱ぐはずがない。
リュウの言葉の意図がわからなかったのだろう。クロードは首を傾げながら、解説を促している。
「安心しろ。俺にもよくわかんねえ」
頭を掻きながらクロードに答えるリュウ。
「貴様、頭はだい……いやいい」
リュウの返事に、クロードは呆れたようにため息を吐いた。
そして、リュウから視線を外して気絶したテレサに近づいていく。
「訊くまでもない」




