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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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26.誤算

 そしてクロードは、己の思考が的の外れた方向に逸れていたことを改める。

 誰が誰を信じようと、クロードには関係ない。


 選択は何処(どこ)にでもある。

 例えば、ここに至る前、クロードは任務を取るべきかルアノの捜索を取るべきかの選択を強いられた。


 そして、クロードは麻薬がシェイリスに渡ることは“取り返しのつくこと”と判断し、まだ船内にいるかもわからないルアノを探した。


 結果、ルアノはどういう経緯(いきさつ)か謎の黒服組と抗戦していた。

 ここで選択を誤っていれば、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


 ――つまるところ、クロードが克服すべきは、トラウマよりも重みの計算。


 クロードはただ冷徹に計算し、最善の選択肢を選べばいいだけ。

 偏屈な自分は、それが下手であるということを、ハーゼの下で随分と思い知ったものだが。


 この場での合理的選択。それはどう考えても、ドレスの女とリュウ少年、どちらも捕縛することだ。

 ルアノの願いとクロードが取るべき行動に、何の矛盾も発生しない。


「ルアノ様。この少年には事情を聴かなければなりません。もとより、死なせるはずがない」


 そう答えたクロードの鎖が、ドレスの女の光線によって二本失われた。

 クロードは惜しむことなく残りの全ての鎖を、テレサへ向けて放った。


「シロノという異教徒も同じです!」


「ありがとう! クロード!」


 ルアノは大声でクロードに言うと、船内へと駆け込んだ。


「余裕じゃない、シェイリス人クン!」


 ドレスの女が右手を鎖へと向けると、先程とは倍ほどの量の光線が放射される。

 その鋭い光に当てられ、切断されてしまう二本の鎖。


 いよいよクロードの鎖は残り二本にまで減ってしまう。

 クロードは彼女の能力の弱点に気が付いていたが、どうしてもそれを突く隙が見当たらない。

 まして、ここにきて光線の数が増えるというなら、殊更に厄介だ。


 次の瞬間、ドレスの女は跳び蹴りを喰らい、横に吹っ飛んだ。


「勝手にリタイアさせてんじゃねえよ……ッ!」



***



 エンジュ・スレイマンは舌打ちをした。

 既に二分、いや三分は稼がれている。


 目前の“器”はエンジュから距離を取ると、プッと血塊を地面に吹き出した。

 その後、すました様子でエンジュを観察している。


 ――ああ、もう汚いなあ。


 エンジュはそう心中で悪態を吐いた。

 せっかく綺麗な容姿をしているのだから、もう少し女の子らしく振る舞うよう、何とかならないものなのか。お得意の記憶の改ざんで、お嬢様の記憶を植え付けるとかで。


 まあいい。そうエンジュは思い直す。

 そんなことは彼女の自由だ。


「次のリセットまで、せいぜい楽しみなよ。“シロノ”としての残りの人生をさ」


 息を整えながら、そうエンジュはシロノと名付けられた存在(少女)に皮肉った。


 ――!?


 エンジュが抱いていた違和感が、突如として矛盾に変わる。


 シロノは全く息を乱していない。加えて、あの出血量は少なすぎる。

 エンジュは先程から、シロノに対して何発も蹴りを入れている。彼女の隙を突いて、何発もだ。

 そして、エンジュは一撃も攻撃を貰っていない。


 なのに、自分は息を整えた。対してシロノは涼しい顔。

 これでは立場があべこべだ。


 ――どうなっている?


 まさか、間に合っていなかったのか?

 自分がシロノの硬直の暇に入れた攻撃。それら全てが、彼女に受ける準備を与えるほどに遅かったとでも?


 攻撃が全て、受け流されていた?

 そんなはずはない。

 何故なら、彼女はリセットして間もないはずだからだ。


 確かに彼女の成長能力は、目覚ましいものがあるとエンジュも聞いている。だが、これまでの密偵としての実戦経験をロストしておきながら、エンジュに対してそのような芸当をできるだけの力があるはずがない。


 そんなエンジュの動揺が、シロノに攻撃の契機を与えてしまう。


 シロノは壁を蹴り、三角跳びで一瞬にエンジュに迫る。


 ――ほら、遅い。


 エンジュは繰り出された彼女の右脚を掴む。

 が、シロノはもう一方の脚を器用に曲げて、エンジュの首に左脚を巻き付けた。


 そのまま後方に重心が傾けられて、ほどなくそれが失われた感覚。


 エンジュの足は地から離れていた。


 対して、両手を地面についたシロノは、倒立のまま脚に纏わり付いているエンジュを投げ飛ばす。


 だが、飛ばされたエンジュは宙で体勢を整えて事なく着地。

 そんなエンジュに迫るシロノを、左のストレートで迎撃する。


 シロノは身体を捻って右回転。ストレートをひらりと避けながら、そのままエンジュとすれ違った。


 ――小賢しい。フェイントか。


 エンジュはストレートでよれた身体を右回転させ、跳躍。右脚を伸ばして、後方にいるシロノに回し蹴りを決める、


 ほんの一秒を幾らにかち割った、一瞬の交錯。

 競り勝つようにして、シロノの回し蹴りが先んじてエンジュに届いた。


「ッ!?」


 エンジュは宙に舞ったまま、背中に衝撃を受けて前方に飛んだ。

 床に転がり、壁に身体を打ち付けてしまう。



 小数点以下の差で競り負けたのを悟ったとき、エンジュは思い付いた。


 何故かはわからない。

 だが、エンジュの密偵としての勘が、ある可能性を導き出して唐突に警鐘を鳴らし始めた。


 “アレ”がその本分を目覚めさせるまでの間、その能力は最も適した密偵として使われることになった。

 そして、“アレ”は任務を終える度に、セキュリティ対策のため記憶を飛ばすのだ。

 やがてそれは、その存在を知る者の間で“リセット”という符丁で呼ばれることになる。


 だが、それが大きな過ちである可能性に、エンジュは気が付いてしまったのだ。

 いくら記憶が消えようと、彼女が密偵として積んできた経験は、無かったことにならない。


 彼女はたとえ頭で忘れてしまっても、その身に刻みつけているのだ。

 これまでの修羅場の数々を。


 エンジュは体勢を立て直し、向かってくるシロノの左のパンチを右手で弾いた。


 ――だとすれば、それは怖ろしい事実だ!


 エンジュは開いたシロノの脇腹目掛けて蹴りを放つ。

 それを、彼女は垂直跳びで回避した。


『“ソレ”はあんたが思っているような存在じゃないってこと』


 エンジュはアルバーニアに対して、わけ知り顔で放った己の言葉を思い出した。

 ならば、自分は知っていたとでも?


 エンジュの左頭部に、シロノの右脚が叩き込まれた。


 時の流れが緩やかになった錯覚。

 ようやくエンジュは確信した。

 “コレ”は自分達が思っているような存在ではない。


 床にその身を打ち付け、エンジュは壁際まで滑った。

 もう上下すらも認識できず、身体が言うことをきかない。


 徐々に、エンジュの視界は狭まっていった。


 薄れていく意識の中、エンジュは思う。


 ――ヨミ……。コイツ、ヤバい。



***



 シロノを残した場所まで辿り着いたルアノは、驚愕の光景に目を見開いた。


 壁に背を預けて床に座り込んでいるシロノが、ルアノに視線をちらりと向ける。そして、彼の隣には、スレイマンと呼ばれた異教徒の少年がシロノと同じように座っていた。


 驚いたことに、スレイマンは力なく脚を伸ばし、シロノの左肩に頭を乗せていたのだ。

 大きな怪我は見当たらないが、彼は気を失っているようだった。


 それはつまり、シロノがスレイマンに肩を貸したということであり。

 下手をすると、治癒術なども施してしまっているということさえも。


「え? 仲直り?」


 まさかの展開に、ルアノは目を丸くして、頭上にクエスチョンマークを浮かべた。


「――? 仲、直り?」


 とシロノが不思議そうに呟く。

 その様子を見て、何だかわからないが、どうやらシロノが無事なのは確かであることを改めたルアノである。


「まあ、無事だったならいいよ。それより、デッキに行こう。脱出方法が見つかったかもしれないし、ちょっとリュウがピンチ」


 ルアノは気を取り直して、そうシロノに報告する。


 テレサのことは道すがらでいいだろう。クロードはきっと彼女に勝ってくれているはずだ。

 問題はリュウの怪我だ。無事でいてくれないと困る。


「わかった」


 シロノはスレイマンの頭を支えながら立ち上がり、彼を丁寧に寝かせた。

 そんなスレイマンを見て、ルアノはシロノに訊いてみる。


「えっと、その人そのままでいいの?」


「……先に脱出方法を確保しないと、どうすることもできない」


 そのシロノの指摘に、ルアノは『あ』と声を上げた。

 確かに、彼の言は正しい。デッキまでスレイマンを運んでも、脱出ルートが確保できていなければ、その場に放り出すことに変わりないのだ。


「そうだね。とりあえずほっといていっか。行こ!」


 シロノが頷いたのを認め、ルアノはデッキへと先導した。



***



 右肩、左腕、そして右の太股を光線に貫かれたリュウは、激痛のあまり器用に動くことができなかった。

 急所は外れているようで、まだ闘えるという勘、もとい確信めいたものが、まだリュウをテレサに立ち向かわせた。


「めんどッくさいわねえ――!」


 テレサは怒号を上げて、右手をリュウに向けた。

 そこから放たれる光線は十数本にも及び、リュウは着地後のリスクを顧みる(いとま)さえなく横っ飛びで回避する。


 何とか光線が浴びせられる範囲を抜け、転がり込んだリュウの身体に鎖が巻き付いた。

 そのまま引っ張り上げられるように、リュウの身体はテレサとの距離を取る。


 もう一本、クロードの鎖は伸びていた。対象はテレサだ。

 テレサはその鎖を跳躍で回避。勢いを失った鎖を、空中で光線を放って切断する。


 その隙に、リュウの身体を捕らえている鎖が動く。

 テレサの着地に追いつくように、リュウの身体は彼女の方へ勢いよく投げ飛ばされた。


 リュウはクロードの意図を悟り、そのままテレサに向けて跳び蹴りを放つ。


 だが、テレサはそんなリュウの攻撃にさえ、対応してしまう。

 彼女が宙にいるリュウを迎撃しようと腰を落としたとき、


 今しがた切断されたはずのクロードの鎖が、蘇った蛇のようにテレサに躍りかかった。


「な!?」


 その鎖の奇襲に気取られたテレサは、リュウに対する反撃に失敗する。

 右手で鎖を薙ぎ払ったテレサの胸部に、リュウのブーツの靴底が入った。


 その瞬間、リュウはクロードのもう一つの能力が発動したのを理解する。


 数時間前にリュウとシロノが彼と闘ったとき、シロノが引きちぎったはずの鎖が、自ら勢いよく動いたのを思い出した。


 ――自分の手元から離れた鎖も操ることができる。おそらく、条件付きで。


 それが、クロードの切り札だったのだ。


 文句なしの会心の蹴り。

 直撃したテレサは血を吐き出しながら宙を舞った。


 リュウは着地することができず、そのまま地べたに倒れ込む。

 テレサも同じくその身を打ち付けると、人質(・・)の元まで転がった。


 ――は?


 リュウは瞼を開く。

 何故彼らは逃げていない?


 刹那、リュウはその理由に思い至った。


 ――サクラ(・・・)が混じってんのか!


 彼ら三人の身体は一本のロープで数珠つなぎにされている。

 一人のサクラが逃げないことで、他二人が逃げられなかったのだ。


 そして、最悪の想像が具現化してしまった。


「がはっ! ごほっ!」


 テレサが起き上がった。

 その異常なまでの頑丈さがリュウの度肝を抜くが、そんなことに気を取られている場合ではない。


 リュウは起き上がり、テレサに突進しようと痛む脚に力を入れた。

 だが、テレサの行動がそれより早い。


 テレサはロープを引きちぎり、彼女の倍は体重がありそうな小太りの人質の一人の首根っこを掴む。

 そして、そのまま彼を海へ向かって放った。


「んんんんん!?」


 口をロープで拘束されていた小太りの人質は、信じられないほど高く空を舞い、転落防止用の柵を超えようとしている。


 リュウは床を蹴り、飛ばされた人質の方へと走った。

 だが、彼には僅かに届かず、彼が柵の上を通り過ぎるのを許してしまう。


 ――ビシィ!


 間一髪。

 人質の身体がクジラと絶望的な距離を開ける直前に、クロードの鎖が彼の身体に絡みついた。


 それを確認したリュウは振り返る。


 ――デッキから、テレサの姿は消えていた。





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