08.素性
“最終選抜”。
その存在が確定されたとき、流は心中で怒号を上げる。もちろん、ただの逆恨みである。
久々に、勝手な思い込みや推理の危うさを実感した。
「どうしたの? ウィルク」
タオイェンに、やや引き気味に問われる。
どうやら、つい殺気立ってしまったようだった。
「いや、内容が気になってよ……」
「ああ、それな。≪決戦≫ってことしかわかんねーからな。例年そうらしいけどよ」
興奮を抑えて確認すべきことを確認すると、デュナスが話に乗った。
――≪決戦≫。
不穏な響きに、またしても流は頭を抱える。
「最終選抜試験が≪決戦≫になったのって、結構最近らしいよ。試験官が雇われの人になって、合格率が下がったとか……」
タオイェンが頬杖をつく。
呆れたような口調は、試験のシステムに対する不満や疑念を垣間見せた。
「四人しか残ってねーのに、更にふるいにかける意味が理解できねえな……」
デュナスも渋面を作り、水が入ったコップに口をつける。
「それだけ、≪現身≫の質を上げたいってことじゃないの?」
二人の会話を聞いていると、本来は丈夫なはずの胃と頭が痛くなってくる。
今出てきた情報を整理すると、ウィルクは≪現身≫入隊最終試験を控えており、それは合格率が近年から低くなるほどの難易度で、その受験者は四人だけ。
それも、試験内容は≪決戦≫と呼ばれる、いかにも戦闘が行われそうな響きのものだ。
最終選抜までに今の状態が解決すれば、それでいい。
だが、間に合わなかった場合、流は最悪ウィルクの身体を死なせてしまう可能性さえ考えられる。
このままでは、どう考えてもまずい。
「アルフィと対策について話し合ったりしてないの?」
そのタオイェンの言葉に、流は一つ大きな博打を思い付く。
ウィルクが倒れたとき、真っ先に駆けつけた少女の顔が頭に浮かんだ。
医務室ではあまり喋らなかったが、それが逆にウィルクに対して言いたいことがあるような印象を受けた。加えて、去り際のあの眼。
アルフィという少女は、ウィルクとはただの友達ではないことは明らかだ。
「ああ、アルフィね……」
流はウィルクとアルフィの距離を確かめる問いを選ぶ。
「なあ、アルフィって可愛いよな?」
その言葉に、タオイェンとデュナスが硬直した。
地雷を踏んだかと思い、背筋に悪寒が走るが、それも一瞬だった。
「ついに……、告白するの?」
とタオイェン。
その一言で、ウィルクとアルフィの距離感を大まかに掴めた。
「最終選抜に受かったら考える」
「オイどっちか落ちそうだな今の台詞……」
「冗談だって」
引きつった顔で言うデュナスに、流は笑って返す。
――この世界でも、死亡フラグの概念が存在するんだな。
そう思いながら、残りのオムライスにスプーンを突っ込んだ。
***
「いい部屋だなオイ……。永住したくなるぜ」
食事を終えた流は、タオイェンとデュナスに部屋まで送ってもらった。
流はウィルクの部屋にガサを入れ、色々と調査をしなければならない。なにせ、わからないことが山積みなのだ。
二人に礼を言い、さっさと閉じこもってしまおうとした流だが、一緒にデュナスが部屋に入ってこようとしたので、首を絞めて追い返した。
王国騎士養成学校は全寮制。男子寮が四棟、女子寮が三棟もあり、全生徒が一人一部屋割り当てられているそうだ。
ウィルクの部屋は、収容人数がおよそ一五〇名にもなる、第三男子寮の四階にあるという。
第三男子寮の部屋はワンルームだが、目測で十畳ほどもスペースがあり、流の元々の暮らしよりも随分と良いことに驚いた。
ウィルクの部屋は綺麗に片付けられていた。
衣類はもちろんのこと、教科書やプリントの類い、食べ物の容器などがその辺りに放り出されている形跡はない。
ベッドの掛け布団は捲られているものの、几帳面にたたまれている。
ウィルクが綺麗好きなのか、友達が遊びに来たときに備えて、きちんとしているのか。
だが、どうにも流は違和感を覚えて首を傾げた。
何にせよ、ここまで整頓されていれば、荒らし甲斐があるというものだ。
流が最初に目星をつけたのは、定番の勉強机である。勉強机にはサイドテーブルがあり、そこに置かれている本棚に書類がまとめられているようだ。
流はその書類から手をつけることにした。
バサバサと書類の束と格闘する流だが、どれもこれも流の知らない文字が印字されている。
それを、何故か読めてしまうのが、相変わらず不気味で仕方がない。
内容については、ほとんどがこの学校で施されている教育で、教員が授業の補助のため作成したものだろう。
ぱっと見ただけでは意味がわからない内容から、いつか覚えた数字の羅列や専門用語まであった。
ざっと目を通すのに、十分ほど掛かっただろうか。
「かったりぃ……」
本棚の全書類を消化したが、特別な収穫はなかった。
ちらほらと、ヴェノや【奇跡】といった非常に気になるキーワードを見かけたが、それをいちいち読み込んでいては、夜が明けてしまいそうだ。
本棚には他に、十冊以上も本があるが、見たところそれらは教科書のようだ。それらを読んでいたみたい気がするが、直ちに必要な知識があるとは思えない。
――俺が知りたいのはお前のことなんだよ。日記くらいつけてんだろ?
自分の事を棚に上げ、ウィルクが手記をしたためていることを期待して、今度は勉強机の引き出しに手をつけた。
三段あるうち、めぼしいものが見つかったのは、一番下の引き出しだった。
淡い緑色の冊子で、表紙に『ハウネル王国騎士団附王国騎士養成学校・訓練学習計画案内』と印字されていた。
流は履修要項のようなものをイメージした。その想像が正しければ、ここには養成学校の進級システムについての記述があるはずである。
流は冊子をベッドの上に放り投げた。
続いて流が手に取ったのは、白封筒だ。
A4サイズほどのそれには、十枚以上もプリントが入っていた。
読み進めると、どうやらウィルクが入学や進級の手続きをする際に使用した、重要書類の写しのようだ。
その中の一枚に、流は眉を寄せる。
『第Ⅰ種特別待遇制度に関する契約・条件』という記述が見つかったのだ。
「――マジかよ」
想像もしていなかった。
流は勝手に、ウィルクを完全無欠のエリート――特別な教育が与えられた、貴族のボンボンだろうと考えていたのだ。
そもそも、王国騎士養成学校などと大層なものに、まさか“特待生”というシステムがあるという発想がなかった。
だが実際に、入学費や学費等を全額免除とする旨が、書類に記載されている。
流は自分の生まれた環境を恨んではいない。
しかし一方で、自分のような者は、一生尊いものを手にすることはないのだと、心のどこかで諦めていた。
それは例えば、名誉や地位、あるいは愛する者。たったの一つも確かな何かは、掴み取れることなどないのだと諦め、自殺未遂までした。
ゲームタワーが存在しなければ、流は生きてはいなかっただろう。
だが、ウィルクも条件は自分と同じではないか。にもかかわらず、ウィルクの方はここまでまっとうに、王国騎士養成学校を卒業しようとしている。
流は一枚の書類に目を通す。ウィルクが入学の手続きのために作った履歴書だ。
ウィルクの出身を確認したとき、流のショックは胸の痛みへと変わっていた。
ウィルクへの敬意で、喉が詰まる。
――お前、苦学生だったのか。
『アルバーニア孤児院』。
履歴書の住所欄には、そう書かれていた。