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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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20.判断の代償

『公安局海上警備隊の皆様へ通告いたします。我々は≪ウルトラシング≫のブリッジを、既に占拠しております』


 船内を走り回っているクロードは、流れ出した二度目の犯人のアナウンスに注意を向けた。

 今度は野太い男の声であり、外の海上警備隊へと向けた内容だ。


 既に船内は閑散としている。当然といえば当然だ。

 シージャックが起こった状況で、そこらを暢気にうろつくのは自殺行為である。大方の者が自分の部屋に隠れているはずだ。


 ――ルアノもそうであって欲しい。


『この≪ウルトラシング≫には、大量の爆弾が積まれており、その気になればクジラを沈めることも可能であります。また、乗船された十二連盟管理委員会の方々には、我々のご支援(・・・)を行っていただいております』


 だが、海上警備隊の到着により、ルアノがまたしても逃亡を図る可能性は大いにあり得る。船内をくまなく探すことは難しい。

 故にルアノの捜索にあたり、クロードは二つの方針を定めた。


 彼女が隠れそうな場所を探すことと、脱出用の小船(シャチ)の周辺を探すことだ。


 ――結局、クロードは麻薬捜査よりも、ルアノの護衛を選んだ。


 僅かな暇、クロードは任務を取ることを考えたのだが、麻薬を憎むことよりも、そのきっかけとなった己の過ちを二度と犯したくないと思ってしまったのだ。


『我々の要求は二つ。一つはそちらの救助隊と捜査隊を一切こちらに移乗させないこと。もう一つは、≪ウルトラシング≫乗船客の皆様を、そちらのクジラに受け入れていただくことです』


 クロードは舌打ちをした。


 ――今の放送で、ルアノは自身が逃げ場を失ったと錯覚してしまうことが危惧される。


 もう辛い思いはしないで欲しい。

 怖い思いはしないで欲しい。


 クロードは手前勝手にも、ルアノを重ねてしまう。

 それがどれほど筋違いなことか、理解していながら。


 ――あの日失った、大切な人に。



***



 クロード・ロイドは幼少より偏屈な(たち)を持った、変わり者だった。


 ロイド家は元々シェイリス王国からの移民であり、どこかカチリと畏まった気っ風のハウネル人とは異なり、どちらかといえばマイペースで奔放な性格の者が多い家系だった。

 クロードの祖父の代からその血も薄れてきたはずだが、どうしてかシェイリスの遺伝子が強く出てしまったのだろう。孫であるクロードと、年の離れた兄のベールも、どこか周囲の者達とは違った温度感を抱きながら大人になったものである。


 しかしながら、クロードにいわせてみれば、自分の“マイペース”は他のロイド家の者達のそれとは真反対の性格だった。

 父もベールも、どこか飄々(ひょうひょう)とした態度で人と接するが、コミュニケーションにおいて問題はない。むしろ有利だ。その点、クロードはといえば他者と接することを苦手とし、長い時間を自分一人で過ごしたものである。

 クロードはどこか神経質で不器用だった。冗談を真に受けて喧嘩にまで発展させたり、逆に人の地雷を踏むことを過剰に嫌って言葉に躊躇う。


 そんなクロードが選び、選ばれた職は、地方公安局の国立兵。ただし、資料編集を担当する、安月給の閑職――であるはずだった。

 クロードがその職場の恐ろしさを識ったのは、まさに配属された当日のことである。


「ヤメロー!? その調書絶対ナメナメしてるでしょお!? クローズ逝きはダメだああ! 放せよ新人ッ! 待ってボス持ってちゃダメええ!」


 クロードの拘束から逃れようとする女性は、顔面から唾と涙と鼻水をまき散らしながら絶叫していた。彼女の体液が新品の制服に降りかかったのを、今でもクロードは覚えている。


 クロードに割り当てられた初仕事は、子供のように駄々をこねる先輩のお守りだったのだ。


 アルミエル・キャスラーは、クロードにとって人生で一番苦手な類いの情熱家だった。アルミエルが自分の先輩であることに、当初は頭を抱えたクロードだったが、そんな彼女に対する印象が変わったのは僅かその二十四時間ほど後のことだった。


 ――クロードは思い知ることになる。いかに自分の考えが甘かったのかを。


「ねえ。新人君って、戦闘実技の評価Aだったんでしょ? ちょっと今から会計事務所に書類()りに行くんだけど、ついてきてくんない?」


 彼女がクロードを更なる心労の日常へと導くのは、もしかしたら最悪の運命だったのかもしれない。


 だから、クロードは自分に対して、これほどまで驚愕の念を抱いたことはなかった。


 彼女の文書偽造の捜査に向ける姿勢に惹かれ、気が付けば恋人という関係になっていたとき。

 そして、そんな彼女を死に至らしめた原因である麻薬を取り締まるため、王国騎士団≪剣竜の現身(けんりゅうのうつしみ)≫に志願した、己の底知れぬ執念を識ったとき。





「キャスラー君は私の母校の後輩でね。彼女のことはよく知ってるよ。世間ではすっかり風化してしまった事件だが、私の中で彼女の死は、未だに強く記憶に残っている」


 ≪現身(うつしみ)≫の隊長であるラウエ=ミゼル・ダークロウはどこか遠い目をしてクロードに言った。


「しかし、いくら君が彼女と親しかったからといって――、いや、だからこそ、君には麻薬捜査の仕事をさせるわけにはいかない」


 ――まあ、もともと人事など、事情関係なく常に気まぐれなものだがね。


 ゾッとするほど冷たい瞳で、ダークロウ隊長はクロードの配属希望を却下した。

 彼女の冷徹なまでに抑揚のない声は、聴いた者に“絶対”を感じさせる。クロードが聞き及んでいた通りだった。やり場のない激情に、奥歯を噛みしめることしかできない。


 そんなクロードを見て、彼女はため息を吐いた。


「何故、そこまでこだわる?」


 不意に問い掛けられた隊長の疑問に、クロードは戸惑いながらも顔を上げた。


「これは、この面談の結果に反映される質問ではない。ただの私の好奇心で恐縮なのだがね。差し支えなければ教えて貰えるだろうか?」


 その真摯な瞳は、今しがた植え付けられたクロードの敗北感を溶かすようだった。

 それが逆に不気味に映り、クロードは少し目線を逸らす。


 それでも、クロードは誰かに言いたかったのかもしれない。この隊長に対して喋る義理もないが、喋らないことでアルミエルの何かが守られるわけでもない。


「……アルミエルの死は、半ば俺の責任だからだ」


 続きを促すように、彼女は首を傾げた。


「あの事件には揉み消された事実がある。当時、彼女の捜査に協力していた地方公安局の職員だった俺の、判断ミスだ」


 取締官による、麻薬調書のねつ造。

 その事件の深淵に足を踏み入れ、そのままアルミエルが戻ることはなかった。


 彼女もクロードも、どこか熱に浮かされたところがあったのだろう。この世のどんな闇さえも白日の下にさらし、歪んでしまったあらゆる道理を正すことが、自分達の使命だと思っていた。


 ――アルミエルは捜査協力者の女性に裏切られ、殺された。


 自分達の正義をそんな風に踏みにじられたとき――、

 クロードは思い知る。いかに自分の考えが甘かったのかを。


「君は気が付いていたんだな。その協力者が危険な人物であることを」


「だが、それでもアルミエルは彼女(ヤツ)を信じた」


「合理性を欠いた判断だ。彼女はともかく、キミは客観的な立ち位置にいながら、彼女のことを止めることができなかった」


 ダークロウ隊長は立ち上がり、窓際に寄って外を眺めた。

 そして、やはり無感情な声で言い放つ。


「なるほど、それで隠蔽されてしまったわけだ。確かに、公安局にしてみれば情けないことこの上ないな」


 クロードは机の下で両手を組んで、事切れたアルミエルの死体を回想する。

 その記憶が時が経つごとに薄れていくことに、恐怖を感じていた。


「俺は信じてしまった。協力者を信じたアルミエルの判断と信念を……」


「実に愚かな若気の至り……、のつもりか?」


 彼女は振り返り、クロードに絶対の事実を突き付けた。


「クロード・ロイド。断言する。君に麻薬捜査官の任務は与えない。“表”でも、そして君達(・・)が大嫌いな“裏”でもだ」


 ときに人は、己の信じたい何かのために、大切なものを失うことがある。これは誰しもが抱えるジレンマであり、理想に惑わされない体系的ともいえる論理思考は、絶対に必要とされる生きる術だ。


 だから人は疑うべきなのだ。

 たとえそれが、どんなに大切な人の言葉であっても。





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