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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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17.ルアノとシロノ

 ――コツン、コツン。


 機関室の大仰なエンジン音が鳴り響く中、不協和音が混じっていることに気が付いた。


 ルアノは伏せていた顔を上げる。瞑目して、集中力を上げた。

 そして、その微かな震えを聴き取る。それは足音だ。


 ――コツン、コツン。


 足音は着実にこちらに向かってきている。

 迂闊だった。見回りが来るであろう可能性を、完全に失念していたルアノである。

 あるいは、それは敵。追っ手なのかもしれない。


 ルアノはクロードのことを思い出す。そして、リュウとシロノの二人組も。


 ――もし彼らだったら、どうすればいいのだろう?


 ルアノはクレイモアをいつでも抜けるように覚悟を決めつつ、息を潜める。

 いくらなんでも一刀両断するわけにはいかないが、もし彼らが敵ならば戦わなければならない。


 ――本当に?

 ――本当に彼らは敵?


 そんなことを考えたくない。


 ――なら味方?


 そんなに容易く信じていいわけがない。かたや異教徒で、かたや制服組なのだ。


 己の中で導き出せない答えが、やらなければ世界が滅ぶという強迫観念と衝突する。

 ルアノはただ祈るばかりでしかない。このまま、自分を見つけずにどこかに行って欲しい。


 だが、その願いも虚しく、どんどんと足音は距離を詰めてくる。

 エンジンの駆動音で誤魔化されているが、ルアノの直感だともうすぐそこにいる。


 ルアノはクレイモアを抜いた。

 それと同時に、足音の主は姿を見せる。


 彼女(・・)は静かにルアノを見た。

 その人形のような顔立ちは、いっそ恐ろしいまでに美しさを保ち続けている。とても探し人を見つけた者の顔ではなかった。


 クレイモアを握るルアノを見ても、彼女は顔色一つ変えることはない。

 ある程度の間合いを残し、彼女は足を止めた。


「……来ないの? シロノさん」


 そう問われたシロノは、しかしながら返事をすることはなかった。


 ルアノは亡霊でもみているのだろうか?


 彼女はそこで佇んで、ルアノに何かをすることも、呼びかけることもしない。


 クレイモアが気になっているのだろうか?

 だから、何も言わないし、近づかない?


 ルアノの頭の中で、シロノに対する警戒心が肥大していく。

 おかしなものだ、などと場違いにも考える。

 いっそ何かアクションを起こしてくれれば、ルアノにとっては対応しやすく、逆にシロノの来訪をここまで危ぶむことはないはずなのに。


「私の仕事は、ただキミを探すことだけ、だから……」


 ややあって、シロノは口を開いた。


「探すだけ? どういうこと?」


「キミを見つけても、一緒にいるだけでいいとリュウが言った」


 そう答えたシロノは、一拍挟んで付け加える。


「それに、キミを無理に連れ出すほどの力は、私にはない」


 ――ただ一緒にいるだけでいい。


 そんな言葉を、ルアノは本心では望んでいた。寂しさに敗け、猜疑心に押し潰されそうになり。

 しかし、裏切られるかもしれないという恐怖が、『そんな甘美な言葉を鵜呑みにしてはいけない』と警鐘を鳴らすのだ。


「――異教徒、なの?」


 そんな疑問を、気が付けば口にしていた。

 質問に、シロノは頷くだけで返事をする。


「リュウがシロノさんは“記憶をなくしてる”って言ってた。ホントのこと?」


 探らずにはいられなかった。

 少しでも、シロノのことを知りたい。知らなければ、心を保っていられない。


 ――もしかしたら、自分はシロノを斬ってしまうかもしれない。


 突拍子もない考えが、ルアノの身体を強張らせる。

 信じたいという気持ちと、矛盾する凶行。シロノを疑いたくない、戦いたくない、そんな気持ちが強くなりすぎて、壊れてしまうのではないか。


 そんな取り留めのない考えが、ルアノの頭をぐるぐると廻っている。

 強迫観念による混乱特有の、全く根拠も脈絡もない不安感。

 そう考えたとき、ルアノはクレイモアを持つことの危険をはっきり自覚し、放り出したくなった。


「私は記憶を自在に制御する奇手(つかいて)


 そうシロノは静かに答える。


「自分がヘルゼノスの密偵であることは、自覚している。ヘルゼノスの指示で、リュウに付き添っていることも。けれど、それ以外のことは記憶から消されている」


 その言葉に、ルアノは目を見開いた。

 彼女の言っていることが、いまいちわからない。


「どういうこと?」


「?」


 逆に小首を傾げたシロノに、ルアノは頭を整理しながら、ぶつける疑問を構築する。


「えーと、……シロノさんは、ただ命令でリュウについているってこと?」


 シロノは頷いて肯定した。


「その目的も、記憶から消した?」


 同じく首肯。


「……でも密偵の仕事なんだし、リュウに何かしら秘密がある? から、リュウについているんでしょ?」


「……わからない」


 ――その回答を予期していても、唖然とせざるを得ない。


 一体、どういうことなのか?


 シロノは自分がヘルゼノスの密偵であると言っている。そして、ヘルゼノスの指示に従ってリュウにくっついている、とも。

 一方で、彼女はそれ以外の命令は受けていないようである。


 すなわち、リュウを監視しろ、その成果を報告しろ。といったことはないということだ。


 その目的も知らされず、というか忘れてしまっても、シロノは平気そうに命令に従っている。

 そんな彼女に、ルアノは先程までとは別の理由で恐怖を感じた。


 リュウもリュウだ。

 一体どんな理由があるのかわからないが、そんな人間を旅に同行させるものだろうか?

 普通、不気味がって突っぱねるものではないのか?


 しかしながら、ルアノはその謎の関係に納得しつつある。


 容赦なく表現するなら、リュウは――異常だ。


 あれがルアノに近づくための偽りの優しさなら、まだ納得できるだろう。

 しかし、素ならヤバすぎる。何の下心もなく、他人にあそこまで施す人間など存在し得ない。

 ルアノはこの薄暗く何処よりも温もりに遠い機関室で、頭を冷やしてそう振り返ったのだ。


 しかし、そんな“存在し得ない”人間なら、シロノを受け入れることさえあり得るではないか。


 なんだか、ルアノの方がリュウの無防備(ノーガード)に頭が痛くなってきた。

 ふと力を抜き、クレイモアを鞘に収める。


 そんなルアノを見ても、まだ躍りかかってくる様子のないシロノを認めると、少しだけ安心感が沸いた。

 ルアノは力なく床に座る。


「そこ、暑くない? 壁際に座りなよ」


 そうルアノが言うと、シロノは距離を保ったまま壁に寄りかかり、腰を下ろした。


 ――ヴォオオ!


 そんな聞き慣れたエンジン音を背景にして、二人は近くとも遠くとも表しきれない間を置いて座っている。

 ともすれば、この関係は一瞬で崩れ去ってしまうだろう。どんな言葉が地雷になるかわからない。

 リュウはもちろん、シロノだってルアノが逃げたことに対し、快く思っていないはずだ。


 薄氷を思わせるそんな空気の中、ルアノは何故だろう、どうでもいいことを思いついた。


「あの、クロードの言ってたことって、勘違いだったんだよね?」


 否、これは大事なことだ。

 考えようによっては、クロードの証言が正しいのか、そうでないのか。誰の証言を信じるべきかの取り調べができるのだから。


 シロノはルアノの意図がわからないようで、首を捻ることもなくルアノを見つめている。


「いや、クロードがリュウを『異教徒だ』ーって言ってたでしょ? 一年前に、デュザレイドさんが養成学校に連れてきたんだって」


 シロノに反応はない。

 まるで促されたかのように、ルアノはテンポを保って続けた。


「でも、実際ウィルクって≪現身(うつしみ)≫の最終選抜を受験してたし、いくらなんでも、一年生じゃないでしょ? それに、さっきからシロノさんの言ってることからすると、リュウは異教徒じゃないよね? そもそも、本人否定してたし……」


 流れるように続けるルアノ。


 これは、よくよく考えればクロードがおかしいと思えるような証言だ。

 もしリュウが異教徒なら、シロノがリュウに付いていく理由など知れているはずだし、リュウことウィルク・アルバー、


「もしかしたら、ルアノは勘違いしてる」


 だが、そんなルアノの言葉をシロノが遮った。


「クロードが言っていた異教徒というのは、おそらく私のことだ。少なくとも、リュウじゃないよ」


「へ?」


 思わぬシロノの反論に、ルアノは間抜け声の後、絶句してしまう。


「私の記憶にねつ造がないのなら、ウィルク・アルバーニアが養成学校に入学したのは、新理歴七十年。つまり、二年前。そして、デュザレイドという名に覚えはないけど、私が養成学校に転入したのが、一年前と聞かされている」


 いや、それはおかしい。

 だって、クロードは言っていた。


「だからおそらく、クロードが指摘したのは、私だよ」


 ――長髪の“男”。

 クロードは“男”だと、そう言っていたのだ。


 いや、ルアノも何かが変だなとは思っていた。


 そもそもリュウは長髪じゃないしあの話の流れで異教徒という身分をシロノに押し付けるのもおかしいしでも今のシロノの言いっぷりからしてクロードが指す男というのはもしかしてこんなに色っぽくてもしかしたら自分よりも肌が綺麗で、


「あ、は、は。ごめんなさい……勘違いしてたの、わたしだ。それもめちゃくちゃ失礼な」


 ルアノは後ろ首に手を当てて、とりあえず謝った。

 頬が引きつっていくのを感じる。


 ――が、不思議そうに首を傾げるシロノを見て、


「ふ、……ふふふっ」


 自分が情けなくて馬鹿馬鹿しい、と。

 ゆるやかな笑いを久々に発したルアノである。


「ごめん。変なこと、言った?」


 逆に謝罪を示すシロノに対して、ルアノはふるふると首を振った。


「違うんだ。わたしさ、とんでもないバカで。どうしようもないこと、ホントに自分じゃどうにもならないこと、堂々巡りに考えてて」


「……」


「『さみしいさみしい。ああ、なんでこんなに面倒くさい人間なんだろ』なんて、そんな風に自分のことばっかりで。シロノさん達やクロードと、全然まともに会話しようとか思ってなかったなって」


 口に出し、身勝手ながらもすこし心が軽くなる。


「変な猜疑心で、皆を信じることも疑うこともできなくて。でも、今シロノさんのこと少しだけ知れて、ちょっと前向きになれた」


「こんなにも、少しの会話で?」


 ルアノは微笑んだ。


「ん。きっと、楽しかったんだね」


 『楽ぅーになるぞ』と、プロムナードでリュウが言っていたのを思い出す。


 あのときの言葉を羨ましく思い、ルアノは自分の事情を支離滅裂な言葉にしてぶちまけた。

 そして今、同じようにしてシロノに己の感情を思い切り吐き出した。


 けど、今はあのときとは違う。逃げ出したりしない。

 わかってもらえるまで、しっかり伝えよう。相手をわかるまで、ちゃんと聴こう。


 ――言葉を交わそう、とルアノは思う。


 ルアノは忘れていたのだ。


 信じること、疑うこと。


 たとえその板挟みの苦しみに圧したとしても、きちんと相手と向き合わなければ、その先はない。

 そして、その苦しみは対話というシンプルなコミュニケーションによって、和らげられる望みだってある。


 ルアノは≪傾国の魔剣≫を引き留める己の背負いベルトを、強く握りしめた。

 もちろん、これは万が一にも誰にも渡さない。渡すわけにはいかない。

 けれども、だからといってクロードから逃げても駄目だ。疑心暗鬼の堂々巡りに落ち込むだけ。


 リュウに対してももちろんだが、クロードからもしっかり話を聴いたり聴かされたり聴かしたりしよう。

 そんなルアノの決意を見透かしたかのように、


「クロードは、キミが抱える事情を知らない可能性が、高い」


 とシロノが言った。


 ルアノはシロノの顔をみやる。

 “彼”はそんなルアノの表情を観察するでもなく、ただ静かに淡々と、それでいてゆっくりと述べる。


「クロードはキミを見つけたとき、接触をせずに尾行で済ませようとした。本来、王女殿下の身柄を確保するよう命じられた制服組ならば、見つけたその場でキミに接触している」


 シロノがゆっくりと話す言葉の内容を噛みしめ、ルアノは確かにクロードの動きがおかしいことに気が付いた。


「そして、クロードは私とリュウとの戦闘の途中、第三者――黒服組による介入があり、姿をくらました」


 そのクロードの行動は適切だとルアノは思う。制服組である彼が、黒服組に因縁をつけられのは不味いだろう。


 ルアノとてあの場をさっさと離れたかったが、その後にリュウとシロノが自分のせいで詰問されるのが心苦しく、二人に有利な証言をするために残ったのだ。


「クロードは、黒服組による取り調べを受けることを嫌った。それは、彼が何度か口にしていた、彼の任務遂行の為だ」


「あ……」


 そこで、ルアノは彼の言わんとすることを理解した。


 ハーゼから指示を受けたクロードは、内心では本来の自分の仕事を優先したかったのだ。

 だから、積極的にルアノに関わることを避け、尾行に留めた。


「運悪くキミの姿を見かけたクロードは、キミが奇妙な動きをしないか、キミに危険が及ばないかを少しの間だけ注視し、何事もなければ元の任務に戻るつもりだった」


「けど、わたしがシロノさんとリュウとデッキで接触したから、クロードは姿を現した? 私の安全のために?」


 シロノはそれ以上、クロードについての意見を発さなかった。

 おそらく、それはシロノの個人的な想像だからだろう。


 ――クロードの真偽は、ルアノ自身が定めるべきだ。


「ありがとう。シロノさん」


 なんとなくだが、物事が好い方向に進んでいる気がする。

 実に単純な(アタマ)のつくりだ、と自嘲する。


「リュウのところに行こうか。また謝りたいし」


 ルアノは立ち上がった。


「ちゃんと話さないと」


 ルアノはシロノに近づいて、まだ座っている彼に手を差し伸べる。

 そして、シロノはルアノの手を取ろうと右手を持ち上げ、二人の手が握られそうになる、


 ――その(いとま)に、機関室全体を揺るがすほどの爆振が轟いた。





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