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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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16.信疑の狭間

 リュウの事情聴取は、ごく僅かな時間で終わった。

 どうやら、ルアノが暴漢に襲われかけたところを、リュウ達に助けられたという証言をしてくれたようだった。それが有利になったのだ。


 問題は聴取が個別に行われ、何も証言しないシロノがなかなか解放されなかったことだった。

 彼がようやくとしてリュウの元に戻ってきたとき、ルアノの聴取はとっくに終わっていたらしく、彼女に逃げる時間を十分に与えてしまった。


「悪い奴にそそのかされてなきゃいんだがな」


 とリュウはシロノに言った。


 もちろん、リュウは自覚している。ルアノの視点を含め、端から見ればリュウ達も十分悪そうな奴らだということくらいは。

 そして、あの手この手で人の信用を強引にもぎ取るのが悪というなら、リュウよりも悪い人間はこのクジラにいないかもしれない。


「シロノってかくれんぼ強い?」


「……多分」


「俺より?」


「……多分」


 なら、決まりである。

 リュウはシロノと別行動を取ることにした。


「ルアノを探してきてくれ。見つけたら、張り付いて離れるな。特に引っ張り出して来ないでいいから」


「いいよ」


「あと、アイツの質問には、なるたけ答えてやってくれ」


 シロノは何の疑問も呈さず頷くと、静かにリュウの元を去って行った。


 ああもあっさりと承諾されると、それはそれでコミュニケーションに問題がある気もする。しかし、何も言わずに自分の指示に従ってくれるシロノに、ありがたさを感じる面もあるリュウである。


 シロノに意見を言って欲しいという気持ちと、自分の言うことを聞いて欲しいという気持ち。その両方をも彼に求めるのは都合が良すぎるし、エンジュの言葉によれば、いつかシロノは自らの意思で動くときが来るはずだ。


 ――そのとき、リュウはシロノのことを信じるべきなのだろうか?


 彼はリュウにとって、信じるに値する存在になっている?

 信じきれない存在になっている?

 疑わしい存在になっている?

 それとも、疑いたくない存在になっている?


 もしかすると、リュウにはその判断を下す権利さえ、持っていないのかもしれない。



***



 ――できない。

 信じることも、疑うことも。


 ルアノは機関室に侵入し、隅で丸まるようにして体育座りをしていた。

 クジラは外部からヴェノによって供給されるエネルギーだけでなく、その内側で熱エネルギーを生成するエンジンを搭載している。

 特にこの≪ウルトラシング≫ほどの大きさとなると、比例してエンジンの出力も増すため、熱が周囲に伝搬するのを防ぐ冷却装置の真下で縮こまっていなければ、暑くてしかたがない。


 ――どうしてこうなってしまったんだろう?

 ルアノはため息を吐き出した。


 誰からも力を借りることができない寂しさを、ルアノは感じていたはずだった。それがリュウとシロノに会い、僅かに安らぎ、今度は逆に切なくなって二人から離れた。

 この時点で、ルアノは自分の気持ちがごちゃつき始め、整理が付かなくなっていたというのに。


 次にクロードに見つかり、リュウが異教徒であると告げられて、リュウがそれをシロノに擦り付けてしまった。

 それが事実かどうかは考えたくもない。


 信じてしまった人達を信じられないことに恐怖して突き放し、今度は彼らがコレ(・・)を狙って近づいたのではないかという猜疑心に蝕まれつつある。


 ――疑いたくない。けど信じることもできない。


 クロードに対しても同様の思いを抱いていた。

 ルアノとクロードは、そこまで多く会話を交わした間柄ではないが、少なくともルアノは善人だという印象を抱いていたし、ハーゼも彼に対して信頼を置いているようにみえた。


 信じたいものをズバッと決めて、それを貫けるのが理想の自分のはずだった。

 しかし、どうしてもコレ(・・)の重みが、ルアノに面倒くさい煩雑とした感情を抱かせる。


 皮肉な話だ。もう一度、ルアノはため息を吐いた。

 今やルアノは、誰にも見られない孤独ではなく、誰も見ることができない孤独に苛まれているのだから。


 ――(さび)しい。


 こうして冷たくほの暗い処で、ダンゴムシのように丸まっていることしかできない自分の無力さに、ルアノは嘆いた。


 何にせよ、最善の選択は決まっている。

 このまま隠れているのだ。リュウとシロノ、そしてクロード、他の誰からも見つからないように。


 時計もない場所で、ルアノは永遠にも思えるほどの時間を、ただ耐えるようにじっとしているしかない。神経が細っていき、動いてもいないのに疲弊は蓄積されていく。


 ――(さびし)い。


 どうして一人で居るだけなのに、こんなにも周囲が暗く映る? 空腹も眠気も忘れて、ただただ朝を待つしかないほど、弱くなっている?

 どうしてこんな面倒くさいことを考えてしまうのだろう?


 ≪傾国の魔剣≫が、こんなにも憎い。

 さっさと手放してしまいたい。


 これが≪魔剣≫と呼ばれるのには、歴とした所以があるのかもしれない。今それを所持しているルアノが、こうして孤独を噛みしめているように。



***



「こ、困りますぅ……」


 そんな舌っ足らずな口調でリュウに反発するのは、清掃員の娘だ。まだ年端もいかぬ少女であるのに、こんな時間まで仕事をしている。


 ――労働基準法ってもんが整備されてねえんじゃねえの?


 そんなことを考えながら、リュウは彼女を口説く。


「いや、困りゃしねえだろ。テメエだってホントは俺にして欲しいんだろ?」


 そのはずだ。

 この世界の何処にも、このような少女ならなおのこと、して欲しくないはずがない。


「ダメですっ!」


 しかし、頑として少女は首を縦に振らない。


「そんなのダメですよぉ!」


 そのしぶとさにリュウは思わず舌打ちをした。

 何故そうまでしてリュウを拒むというのか。そうまでコイツが好きなのか。


 そう考えたとき、リュウは忌々しげに口にしていた。


「金ならある」


 刹那、彼女の顔面が蒼白に染まる。

 その涙目には変質者と相対した恐怖と、嫌悪感が零れそうになるほど宿しており。


「へ……変態っ!」


 ――いや、何でだよ?


 そうリュウが抗議しようとした瞬間、彼女は叫ぶ。


「お金を払ってまで『お仕事(そうじ)がしたい』なんて、とんでもない変態さんですぅーー!!」



***



「退屈ね。シャンパンでも開けようかしら」


 テレサはロイヤルスイートの個室の高級ソファで、脚を組みながら、ぼやいた。


「仕事中ですよ。(あね)さん」


 坊主頭の部下が、そんなテレサを窘める。

 この大男はいつも通り、休めの姿勢で直立不動だ。もう一人の黒服――、顔面にタトゥーを入れた男などは、欠伸をかみ殺しながら、壁に背を預けてポケットに手を入れているというのに。


「それに、もうそろそろ始める時間なのでは?」


「まだ予定より数十分早いわ。……なーんだ、貴方も暇なんじゃない」


 ゲームを始めるのは、日付が変わってからの予定だ。しかし、思いの外早く“下準備”が済んだため、テレサとその部下は暇を持て余しているのだった。


「はあ。あのコ、やっぱり残しておいて今イジメればよかったわ」


「勘弁してやって下さいよ。姐さんの冗談真に受けて、今頃どう自殺しようか悩んでますよ、彼女」


 テレサが支援していたギルドの娘。

 名前は忘れてしまったが、彼女の可愛らしい桜色の頬が、徐々に温度を失っていく様子を思い出し、テレサは愉快げな笑みを浮かべた。


 ソルカードを渡してからの変態倶楽部に売り飛ばすと脅しを言ったときの、あの表情。

 助かったと思った安堵の直後に、地獄に叩き落とされたときの人の絶望は、何度味わっても飽き足らない。


 そう、ただからかっただけだ。

 テレサにそんなツテは存在しないし、ルネにそんな処が存在するのかも怪しいものだ。


「そもそも、このクジラはルネに到着しねーっすからねェ」


 タトゥーの黒服がヒヒッと笑い声を上げた。


 そう、このクジラがルネに到着することはない。

 理由はごく単純で、テレサ達が妨害するからだ。


「思い出したら、何だか疼いてきたわ。一人くらい、穴だらけにしてもいいかしら?」


「止して下さい。大事な人質です」


 テレサは鼻を鳴らし、ソファに歩き戻った。

 大胆にも、椅子が壊れかけるほど派手に落ち着ける。


 テレサ達が居座っている部屋。そこは、テレサの部屋ではない。


 パーティが終わった後、ボディーガードの黒服を張り倒し、誘拐してきた十二連盟出資者の部屋だ。彼は≪シーリング≫の執行役員であり、この≪ウルトラシング≫開発計画の立案者だった。

 他にも二人、人質として十二連盟管理委員会の人間を捕らえている。


 彼らには大事な役割があるのだが、別に一人くらいいなくなっても問題はないとテレサは思う。


 そんなテレサに、


「ねえ、そんなに暇なら計画前倒しにしたら?」


 と少年が呼びかけた。


 ――エンジュ・スレイマン。


 異教徒組織ヘルゼノスから送り込まれた密偵だ。


「貴方は、もうやることはないのかしら? コトを始めたらてんやわんやよ?」


「あんたらが上手くやってくれれば、別に僕が何かする必要なんてないんだよね」


「お目付役なら、それらしく私の相手をしてくれると嬉しいのだけれど?」


「僕くらいの年代だと、好きでもない女性(ひと)とは遊ばないヤツが多いと思うけどー?」


 エンジュの声色はあからさまに尖っている。

 食事から戻ったときから、彼はずっとむっつりしているのだ。何かつまらないことでもあったのだろう。可愛いものだとテレサは思う。


「それにしても、人数少なくない? 大丈夫なの?」


 そうエンジュは言った。

 彼の言うことは正しい。当初、十五人以上の人数が揃う計画であったが、色々あって半分以下に減ってしまったのだ。


「確かに少ないわねえ。例のギルドはいいタイミングでしくじるし。筋肉ダルマ達も結局来ないし」


「仕置きの手配をしますか?」


「どうでもいいわよ。あんな役立たず(インポ)共」


 坊主頭の提言に、テレサは吐き捨てる。

 一番の山場である出資者達の誘拐は、あっさりすぎるほど簡単に済んだのだ。

 あとは、このクジラを占拠する状態を、可能な限り続けるだけ。


 そう考えると、やはり時間は少し早い。だが、それもたったの数十分だ。


 ――別に問題ないか。


「それじゃあ、ちょっと計画を前倒ししましょう」


 テレサは立ち上がる。

 それを受けて、坊主頭は休めの姿勢を解き、タトゥーは大きく背伸びした。


「外のチンピラ達に連絡なさい」


 テレサは優美に嗤った。


「――キックオフよ」





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