14.繋がり
クロードは麻薬の密輸が行われているという≪ウルトラシング≫に乗船し、船内の警らをしていた。
脱走したというルアノ王女のことは気掛かりではあるが、まずはこの任務に集中しなければならない。
おそらく、運び屋が個人の部屋に麻薬を隠し持っていることはないだろう。
それはクロードが他の≪現身≫から連携された、ルネで麻薬を卸しているギルドから一気に放出された金の額から推測できる。つまり、運搬量が個人で隠しきれる量ではないということだ。
ならば、可能性として考えられるのは、≪ウルトラシング≫の警備担当に通じている組織が、貨物室を利用するという大胆な運びの計画である。
ルネ到着までの間に、めぼしい箇所のガサ入れを行わなければならないわけだが、そのめぼしい箇所を完全に絞り切れているわけではない。この≪ウルトラシング≫には、企業が運搬を依頼している積荷の他にも、乗客の荷物を運んでいるからである。
それぞれの荷が積まれている貨物室は四カ所もあり、それら全てを漁るわけにはいかない。
あまり時間はないのだ。この捜査をしているのはクロード一人だけなのだから。
ルネに到着し、荷が降ろされてしまえば、その時点で捜査権限がルネのチームに移ってしまう。
一番怪しまれるのは、クルーズパーティに招かれた十二連盟出資者の荷が保管されている貨物室だ。そこでは、他にも多くの企業の人間の荷が管理されている。
黒服組による厳重な警備付きであり、都合が良すぎるほどに適した場所だ。
あるいは盲点を突いて、一般客の荷物に紛れ積まれているという可能性も棄てきれない。
ひとまず、警備の黒服組が制服組である自分に対し、どういう態度を取るのか確認するべきか。
もしも、彼らが守る貨物室が当たりならば、必然的に彼らに捜査の同意を得なければならないのだ。そこで協力的な態度を示してくれるのか、あるいは荒事になってしまうのか。その違いによって、クロードの動きの優先順位が変わってくるだろう。
そしてもう一つ。
実は、今回の運びに関与している人物をクロードは知っているのだ。知っているといっても、事前の調査の結果、容疑者として浮上しただけであり証拠等は一切ない。
エンジュ・スレイマン。≪シーリング≫の営業を務める従業員だ。
年齢は十五歳とのことだが、何故か彼は黒服を着用している。企業内でそれほど特別な地位でなく、ただのスタッフのはずなのだが。
彼について経歴を洗っても、特別目立ったプロフィールはない。二年前までは学校に通っていた普通の少年だ。
――何にせよ、この少年も後で探し出して、声を掛けてみるべきだろう。
そう考えながら、プロムナードを警らしていると。
間の悪いことに、クロードは見てしまった。
小さな身体に不釣り合いな大剣と、包帯巻きにした荷物を背中に背負っている、赤い長髪の子供を。
まさかの事態に、クロードの頭が重く痛んだ。
***
リュウはシロノと共にデッキに出た。強い潮の香りと強風。
本土の灯りはもう小さく、もはや海は夜の暗がりに飲まれて見えないほどだ。
リュウはそこで、赤髪の少女を見つけた。
エルシアだ。
彼女はデッキの転落防止の柵に両腕を預け、どこを見でもなく俯いてしまっている。
「よう。探したぜ」
エルシアは大げさに身体を揺らした。
恐る恐る、といった具合に振り返り、リュウの顔を認めた。
「あはは」
エルシアは気まずそうに笑ってみせた。だが、その声には力がなく、乾いている印象さえ覚える。
リュウはエルシアの隣まで近づき、柵に背中を預けて寄りかかった。
「飯食ったか? エルシア」
そうリュウは彼女に問いかける。
だが、彼女はふるふると首を横に振った。
「何か食欲なくなっちゃってさ」
「……何か、パーティ会場では無料で飲み食いできるらしいぜ。俺らと一緒なのが嫌なら――」
「リュウ」
エルシアは遮った。
「さっきは本当にごめんなさい。ワケわかんないことしゃべっちゃって。アレ、ホントに忘れて欲しい。それから、もうわたしに関わったらダメだよ」
リュウはエルシアの顔を見る。
彼女は俯きながら、切なげな笑みを浮かべていた。その顔にはまるで、逃げ場を失った執念が、彼女を追い詰める形で宿されているようにみえる。
「今までのこと、全部感謝してる。それをこんな感じで突き放すなんて、あんまりだと思うけど、これ以上わたしに優しくしないで欲しいんだ。きっと、二人のこと傷つけちゃうから……」
クジラが海上を駆ける水飛沫。かき分けられた大気により生じる強風。
その喧噪さえも忘れさせるほどの重たい空気が、場を粛然とさせていた。
デリカシーの観点からして、リュウはエルシアに事情を説明させるわけにはいかないのだろう。
何故なら、リュウは未だ彼女の言葉を妄言と思っており、そのことをルアノは承知している。そして、彼女の抱える何かに干渉して生じる責任を、リュウが背負うことができるのかという問題がある。
所詮は一期一会の間柄であり、互いが互いを信じられないという、当たり前の状態。
リュウとエルシアは、決定的なまでに赤の他人だった。
だからリュウは――、
「なあ、ルアノ」
と彼女を呼んだ。
ルアノは目を見開き、顔を上げる。
きっかけは掴めた。次は、今度こそ提示しなければならない。
あのとき、ルアノに問われた哲学的問題。
――その解を。
そして、リュウがそれを口にしようとしたとき、
「動くな」
という鋭い声が、リュウの二の句を制止した。
リュウは正面を見た。
青い頭髪の男が、こちらを見据えて近づいてくる。彼が着用しているのは、王国騎士団に支給される制服だ。
――いかんだろこれ。
ルアノの身の上を知った今、リュウは彼女の危機的状況を察知した。
彼女は振り返って男の姿を見る。
「クロード……」
「味方か?」
ルアノは答えなかったが、彼女の警戒態勢からして、どうやら信頼できる人物ではないようだ。
もしかしたら、彼女はこのクロードと呼ばれた制服組から逃げていたのかもしれない。
クロードはゆっくりだが着実に距離を詰めてくる。
リュウはひとまず彼の制止を、
「待って! クロード!」
リュウが呼びかけようとした制止は、赤髪の王女によって先んじられた。
その剣幕に押されたのか、クロードは足を止める。
「質問に答えて。誰の命令で追ってきたの?」
「私はルアノ様を追っていたわけではありません」
そんなルアノの質問に、クロードは首をゆるりと振った。
「クジラの警らをしていた際に、遠巻きに貴女様をお見かけしたので、失礼ながら後を付けさせて頂きました」
「何でわたしだってわかったの? わたしは王城にいることになってるはずだよね?」
「ミストレイから指令があったのです。ホガロでルアノ様をお見かけしたら、同行するようにと」
――おかしい。
リュウはクロードの言葉に違和感を覚えた。ルアノの身分を考えると、即身柄を確保されてもおかしくない。おそらく、彼の言う“同行”というのは、ルアノの面子を立てて“保護する”という表現を避けたものだ。
つまり、ここでの“同行”と“後を付ける”は矛盾している。ルアノを泳がせた理由について言及していない。
何にせよ、わかりきった結論だが、これはルアノにとって絶体絶命の展開だ。
「ホントにハーゼからの指示なの?」
「それ以外にこんな指令を下す者は、他のロイヤルガードくらいでしょう? ミストレイ以外の者に問題でも?」
リュウはアルフィの教えが正しかったことを痛感する。有事の際、武器を持っているとは限らないというものだ。リュウとシロノは獲物を自室に置いてきてしまっている。
今所有しているのは、腰のナイフと手錠くらいだ。
だが、ひとまず相手は一人だ。シロノと二人掛かりならば――、
「サレイネ」
刹那、ルアノが発したその名前に、リュウは耳朶が痺れる感覚に陥る。
「ホントはサレイネに命令されてるんじゃないの?」
「サレイネ? シグワルド・サレイネ特務大臣ですか? 何故彼の名が?」
蘇る。
リュウの脳裏に、二十日近くも前の出来事が蘇る。
『実験』、『人類の進歩』、『世界的革命』、そしてデュザ、
――≪摩天楼≫。
バチバチバチッ! という破竹音。
「なんてこった……」
リュウは顔を手で覆った。
まさか、繋がっている?
今、ルアノが立ち向かおうとしている預言とやらと、ウィルクの失踪、デュザとサレイネの企み。
それらは全て、繋がっている?




